ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

サヨナラだけが人生だ ~合縁奇縁~

原作: ONE PIECE 作者: 柚月
目次

決戦の号砲

それはまさに、光の宿った生きる目をしていた。
言葉はなくともシンから溢れる感謝の感情を読み取ったローは、シンの頭にポン、と手を置く。
「少々、妬けるな。」
「え?」
シンの目から感じられるのは、真っ直ぐな好意だ。
それが親愛以外の何物でもない事など容易く理解したローは、自分の中にくすぶった感情を留める事なくシンに告げる。
「麦わら屋が、そんなにいいかよ?」
まるで子供の我が儘のような台詞に、ローは自分に向けて心の中で悪態をつく。
何でここまで、人の物に執着しそうになっているのか、と。
目の前の、自分より遥かに年下であろう少女がルフィに向ける一途な感情を面白く思わない自分に対し、ほとほと呆れた苦笑いしか浮かばない。
そんなローの考えている事などまるで察する事の出来ないシンは、ローを見上げながら小さく口元を緩ませた。
「人から優しくされるのは、なんだかくすぐったい。」
ルフィ達と行動を共にし、何度も感じた感情。
自分に敵意以外を向けてくる人間の存在を生まれてこの方殆ど感じた事のなかったシンにとって、今の状況はただただ真綿に包まれているような不安定なふわふわとした感覚に陥らせてくれた。
それが幸せであると気付いてはいても、どうしても感情がついていかない。
それをくすぐったいと表現したシンに、ローは思わず動きを止めた。
「麦わら屋たちに、不用心だと言われなかったか?」
そして、呆れたため息と共にシンに問いかけを投げ掛ける。
「…言われ、ました。」
「だろうな。お前に対してあれだけ過保護な連中が、言わねぇはずがねえ。」
「過保護…?」
「どこからどう見ても、だろ。」
先程感じたシンの闇を、ルフィ達は知っている。
直観でそれを察したローは、初めて麦わらの一味と対面した際に自分がシンに近付いた時の、麦わらの一味の視線を思い出して苦笑を浮かべる。
あの、親鳥が雛を守ろうとしんばかりの殺意に満ちた視線は、恐らくそうそう感じられる圧のものではなかっただろう。
そんな連中が、だ。
「お前のそんな無防備な様子を、咎めねぇはずがねえ」
「…だって、敵意がない人に警戒しても仕方ないじゃないですか」
「それを気を付けろと、麦わら屋たちは言いたいんだろうよ」
言葉の真意を理解していないのだろう。
困った様に言うシンに、ローは再びため息を吐き出した。
捨てられた犬猫の様に警戒心をむき出しにしたかと思えば、緊張が解ければまるで警戒心など微塵も滲ませずに歩み寄ってくる。
これを注意しないなど、まず考えられないだろう。
ローの呆れた様子にシンは首を傾げたままで、そんなシンの様子にローは麦わらの一味達の気苦労を僅かながら心の中で労った。

それから、シンの頭を優しく撫でたローはシンに横になるように促す。
「着いたら、起こす。それまでは大人しく寝ていろ。体力は温存しといた方が得だろ?」
ローの言葉に促されるままに、シンは頷くと再び寝台に体を預ける。
驚く程素直なシンに更なる危機感を覚えながらも、ローはシンが横になったのを見届けてから船室を後にした。

到着まで、あとどれくらいかかるだろうか。
マリンフォード付近に到着する頃には、恐らく想像に絶する戦闘がかの場所では起きているのだろう。
その中に身を投じようとする一人の少女を、止める術などローは知らなかった。

「生き急いでんのか、死にたがりなのか、」

部屋の外で、閉じた扉に向けてローの深いため息が地面に落とされた。
たかだか数時間前に出会った少女に、なぜもこんなに心を砕かないといけないのか。
落とされたため息が消える前に、ローは更に思いため息を吐き出した。

そんなローの様子を、船室内のシンは知る由もない。
けれどローが自分に対して悪意を持っている訳ではないと分かっているシンは、ローの言葉に従って瞼を閉じて再び夢の中へと意識を落とす事にした。

自分の望む事の、果たして幾つが達成できるのだろうか。
だからこそ、未だ分からぬ戦況と戦力、そこに身を投じようとしているルフィの姿を想えば、シンの意識は中々闇の中へは消えてくれない。

けれど、と。
深く深く深呼吸をしたシンは、出来る事が出来るだけの体力を取り戻さんと、必死で眠る事に集中する。


迫りくる、決戦の時。
自分の過去を捨てる為の、未来を変える為の、そんな戦いだ。

そこに居るのはかけがえのない恩人で。
決して失う事が許されない、希望の光で。

それを想えば、自分の命の寿命がその場で尽きても構わない、と。
それが天命であれば、その中でルフィの命だけでも救えれば御の字だ、と。

まだ見ぬ戦場で対峙するであろう、過去の上司たち。
それらの強さを知っているからこそ、シンは文字通り「命を懸ける」覚悟を誓っていた。


生きろ、と心の中でローはシンに向けて告げた。
死んでも構わない、とシンは命に覚悟を告げた。

互いの想いなど、知る術はない。
すべての想いは決戦の地マリンフォードへと向けられ、

今、始まりと終わりの号砲が、同時に高らかと鳴り響く。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。