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すずらん美容室

原作: その他 (原作:GIANT KILLING) 作者: QQ
目次

すずらん美容室5話

(9)





 後藤の家は古い。

 リフォームしたと聞いていたが、どこをどう直したのか達海には分からない。



「お邪魔しまーす」



 勝手知ったる、とは昔の話だ。達海が後藤宅に踏み込むのは中学1年生以来。二十数年ぶりである。

 繰り返しになり恐縮だが、後藤と達海は「コウちゃん」「タッケ」と呼び合っていた幼馴染みであり、4つ年が離れている。だからタッケが中学1年生の時、コウちゃんは高校1年生だ。一方は下半身がチクチクしてきた頃で、もう一方はボーボーのチリチリなのである。会話はあっても噛み合うはずがない。ストレスだ。ストレスを与え合うのはよろしくない。それで聡明で察しの良いタッケは、二十数年もの間、この家に来なかったのである。

 つまり、タッケはコウちゃんに嫌われたくなかったのである。



「電気くらいつけとけよなー」



 前記の通り、達海は聡明である。そして後藤に関する事柄は何でも理解しているのである。後藤宅のどこに何の部屋があり、どのあたりに照明スイッチがあるのかなど、達海にとってたいした問題ではない。

 しかし、達海は予想外の出来事に遭遇して戸惑ってしまった。



「……なんだよこれー」



 後藤の部屋へとつながる階段。そのすべての段に書物が積み重なったり崩れたりしている。

 どうやらそれは2階の廊下にまで続いているようで、達海は戸惑った後、すっかり呆れてしまった。

 両親健在とはいえ、所詮、男の一人暮らしなのだ。



「ちょっとは片付けろって……ははっ」



 呆れてしまったが、達海はうれしいのである。



――ふーん

――誰も連れ込んでない、ってわけね。



 確証と確信を得て、うれしくなったのである。



「よいしょっと」



 なんとか後藤の部屋に到達したものの、やはり部屋中書物の類が散乱していて、達海は足の置き場所とルートの確保に苦心しながら時間をかけてバルコニーに出た。そこから柵をつたって、屋根にのぼる。

 遠い昔、こんな風に後藤と一緒に屋根に上がり、後藤の母親にたびたび叱られた。その母親も、父親も、そして達海の両親もこの街にはいない。

 二十数年経た今宵、ここは後藤と達海だけの空間になった。



「お、いい感じ」



 花火が打ちあがる様子が完全ではないが見える。

 屋根の下から聞こえてくる後藤の騒々しい足音を聞きながら、やはり達海はうれしいのである。

 息を切らし屋根にのぼってきた後藤の髪は濡れていて、頬はピンク色である。



「……はあ……はあ……すまない、待たせた」

「うん」



 半乾きの髪とピンク色の頬に達海は思う。ここが攻め時だよな、と。



「ん?お前飲んでるのか?」

「うん。さっき松っちゃんの店でね」

「そうか」

「でも頭はっきりしてるから平気」

「そうか……で、それなんだ?」

「……あーこれ、あとで説明する」



 達海のわきに置かれたものを指差し、不思議そうに首をひねる後藤が、達海には大きな犬に見える。

 しつこいようだが、達海が手入れをしなければ後藤はボサボサボーボーの雪男、ムック、あるいは仙人、はたまたチャウチャウなのである。



「立派なワンコになったねー」

「?」

「よかったね、髪もヒゲもさっぱりして」

「ああ、ありがとう」



――俺の言いつけちゃんと守って。

――かわいいワンコ。

――かわいい後藤。



 達海はうれしくてうれしくて、夜空を輝く星や花火の仲間になってしまいそうなのである。



「なあ後藤、あそこのマンションさ、やっぱ邪魔だよね」

「まあな」

「いいよなーあそこに住んでる奴らは。花火ひとり占めできんじゃん」

「ああ、住人にはその権利があるだろうからな」



 花火がクライマックスに向けて激しく打ち鳴らされる。後藤の家のあるすずらん商店街は花火会場である河川敷と距離が近い。そのため、かなりの音量である。



「……」

「……」

「……権利ね」

「ん?」

「んじゃこれ、俺から」

「?」

「権利書」

「え?権利書?」

「そーだよ」

「まさか店のか?」



 しかし、達海が後藤に手渡したものは、登記済証などではない。ただのノート数冊である。

 表紙部分には『ごとうvol.3』『ごとうvol.9』とある。

 それを花火のあかりで確認した後藤は、ますます首をひねった。



「手元にあった分だけ持ってきた。あとは俺の部屋のどっかにあるはず」

「……なんだこれは。日記か?俺の?」

「ばーか、なんでお前の日記を俺が持ってるんだよ」

「だよな……じゃあなんだこれ」



 後藤はお勉強がとてもできるが、ボサボサボーボーのターキー野郎で、さらに愚鈍なのである。それは後藤がしたためた手紙の中でも触れられており、後藤自身が認めていたことだ。



「だからー、これは、俺がお前を観察した日記!」

「え?」

「俺お前のことずっと見てきたの、その証。お前も俺もこの街いったん離れちゃったから、そん時の分はさすがにないよ」

「……日記」

「だってさーこういうものないと、お前は納得できないんでしょ、職業柄さー」



 後藤はお勉強がとてもできるから准教授なのである。

 院生からはナメられているが、研究家とは裏づけをもとに、結論を導き出すのである。その気が遠くなるような地道な作業と努力があるからこそ、実務家ではない後藤が順調にキャリアステップ中なのである。

 それを達海はやはりちゃんと分かっているのである。



「俺はお前のこと、ずっと見てきたよ」

「……」

「そん中に何が書いてあるか、今は暗くて見えないだろうから、あとで確認して」

「……」

「今、こうしていることも、幼馴染みである俺の権利でしょ?」

「……」

「お前の髪切ったりヒゲ剃ったり、それも俺の権利だし」

「……」

「まあ、仕事だからってのもあるけど」

「……」

「とにかく、俺は生まれたときからお前を独占していいって権利持ってる」



 後藤は口下手である。これまで達海に鎌をかけられても沈黙するばかりだった。

 今も達海の言葉に答えない。もしかすると何らかの返答があったのかもしれない。しかし、花火の音があまりにも大きすぎて達海には聞こえなかった。

 なのに達海は満たされているのである。

 馴染み深いこの街の花火も、後藤の腕の中からでは、まったく違って見えるのである。





(10)



 後藤と達海は額や頬を寄せ合った。次に唇を重ね合わせ、胸と腹部を押し付け合う。

 後藤は実験の如く、達海は子どものように、何度も何度も体のところどころを合わせる。

 後藤の唇は達海には熱く、達海の唇は後藤には甘い、達海は後藤の背中が広いと感じ、後藤は達海の肩幅が狭いと言った。

 後藤は好きだとつぶやき、達海は遅いよと笑った。



「昔からお前のことが好きだったのかな」

「昔のことはいいから今は?もっかい言って、あの手紙じゃ難しくて俺わかんなかったからさ」

「……好きだ」

「にひひ、もっかい」

「好きだ」

「足んない、もっと」

「好き……好きといえば、好きがましや好き撓むなど、古くは浮気の意味であり、」

「あーはいはい、お勉強のことは今は忘れてさ、もっかい、もっかい」

「もう勘弁してくれ、どうも直接的表現は恥ずかしい」



 大きなお友達だった二人は、ようやく思い合わせたのである。



「……達海、すまない」

「なに?」

「……」

「え、だからなに?」



 後藤は書籍やファイル類にまみれたベッドの上にあぐらをかき、達海と向き合っているが、その顔は天井だ。達海の質問に答えもせず、眉間に皺を刻み、腕を組んだままじっとしている。まさか眼力で天井に穴でも開けるつもりなのかしらと達海は首をかしげた。

 しばらくそうして状況をうかがったけれど後藤に変化はない。そのため達海は曲げた首を収まりのよい位置に修正し、目前でごろごろ動くのどぼとけを観察し、それから胸元に触れてみた。



「へえ、けっこう鍛えてんじゃん」

「……ん」

 

 後藤は声を発したが、やはり心ここにあらずといった状態で、達海は仕方なく胸元から手を外して再び後藤と向き合う姿勢をとった。それから視線を下げ、生い茂る体毛を見つめ、これもいいあれもおもしろいと、さまざまなヘアカットのイメージを描いたのだった。

 ちなみに、さらに下で息づく後藤の(秘)は、後藤の顔と同様にじっと天井を向いているのである。



――あらやだ。

――こんなにおっきくなって。



 達海はもはや、おばちゃんたちの気分である。



「やっぱりだめだ、達海」

「あ?」

「この先の方法が分からない」

「……あ、うん、だから、それは俺が、」

「そこで導き出した結論だが……こうか?」

「!!」

「もしくは、こうか?」

「っ!」

 

 後藤39歳、達海35歳。コウちゃんもタッケもすでに大人である。大人の男なのである。

 大人の男は忙しい。毎日の主役は仕事である。とにかく忙しいので、もとい、忙しいときこそ、自己活動に精を出す。

 精を出す。文字通りなのだ。

 つまり、後藤も達海もマスターベーションの日々である。

 大人の男だが、大人のいろいろは大変ごぶさたなのである。



「どうだ?吸ったほうがいいのか、それとも舐めたほうがいいか?」

「……うん」

「どっちだ?」

「もーどっちでもいいって」

「でも……」

「いい、早くして、俺もう無理、お前どんだけ待たせれば気が済むの?」

「ごめん……でも……いや、分かった」



 ましてや互いに同性経験はなく、後藤にいたっては達海を恋愛対象として強く意識したのは最近であったから、子どもの頃から見知った年下の幼馴染みの股の間でニョッキリそそりたつ土筆のような達海の(秘)を、どう扱っていいのか分からない。

 したがって、試行錯誤の連続なのである。



「あ、やっ」

「すまない、いやだったか?」

「……違うよ、そうじゃなくて」

「違う……違う……ならば…」

「んあっ!……あ、ああ、」

「ほえははほうあ?」

「しゃべんな!」



 強調するが後藤は准教授の研究家である。研究家は好奇心旺盛である。



「……ん、……んん」

「あ、な、なあ、後藤っ、ちょっと待てってば」

「…ふう……口はなかなか疲れるもんだな、お前も手のほうがいいか?こうして……」

「や、あっ、ちょっ、あ、だから、だから」

「ええっと、こうなのかな?」

「あとは、俺が、お、教えるから、は、あ、」



 達海は(秘)を握っている後藤の手をとり、いったん離れるよう促した。それから四つんばいになり、尻を突き出す。

 今度は後藤が首をかしげる番である。
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