ようこそ「達海猛クリニック」
ここは達海猛が院長を務める肛門治療専門の小さな病院である。
高度先進医療うんぬん叫ばれる昨今において、彼は利き手である右手ひとつ、主に指先のみを使って治療を施す。その技術は「黄金の中指」と称されるほどだ。
「あー」
達海は今日も黒皮の椅子にゆったり腰掛け、時々回転したりあぐらをかいたり、アイスを舐めたりしながら悩み人の到来を落ち着きなく待つのだが、午後2時を過ぎたというのに、いまだに達海のもとを訪れる人はない。
達海は名医である。ただ実際には達海猛クリニックを訪れるものは多くない。専門が肛門限定だからだ。
しかし達海にとってそれは都合がいい。達海は素手1本で施術する。だから診られるのはせいぜい1日5人が限界だった。
また、このクリニックには、いわゆる常連患者といった類もいない。達海の腕がもとい中指が、あまりにも見事なため、たった一度の診察でみな完治してしまう。だからここでは通院や入院など有り得ないのだ。
さらに、達海猛クリニックにはナースや医療事務といったスタッフもいない。すべて院長である達海が一人こなしている。なにせ患者は最高で5人。一人で十分だった。
果たして彼は開業医として正しく成立しているのだろうか。
それはこの話を書いている本人が一番わかっていないのだ。
「ACHICHIACHI」
達海は気に入りの歌を口ずさみながら、人差し指を折り曲げたり、甘皮やささくれを削ったりして患者を待つ。彼はなんとなく、これから患者が来るような気配を感じていた。
「あ、あの……」
ほどなくして予想通り、男が達海の前に現れた。
「燃えてるんだろうかー、あ?」
達海は歌うのをやめて、男に向き直る。
キョロキョロあたりを見回している男は、長身で体格もよく、顔もいい。年齢は30代後半といったところ。達海は男の頭のてっぺんからつま先までじっとり眺めた。
「あ、あの、受付の人がいないので、勝手にここ入っちゃったんですけど、よかったんでしょうか?」
「いいよー全部俺やるから」
達海の不躾な視線に男は困惑し、より緊張が増したようで、達海から少し離れた位置で尻を両手で押さえ、気恥ずかしげに振る舞っている。
「ここ座って」
「はい」
「んじゃ名前書いて」
「はい」
「えーっと、後藤さんね」
「はい」
「ごとうつねおさん」
「いえ、ごとう、こうせいです」
「あーむずかしい読み方だね」
「よく言われます」
「職業お坊さん?」
「会社員です」
「なんだつまんね」
「たまに言われます」
苦笑いしている男の顔を、達海は凝視する。
「で、どしたの?」
観察に満足した達海が簡単に受付めいた作業を終え、問診を始めた途端、男は「あの、お尻が、ちょっと…」「その、かゆみ、があって…」など口ごもる。
『ゴトウ オシリ チョット カユイ』
男のセリフをカルテに記入をするその字は大変汚い。さらに達海は余白部分に『ゴトウイイネ◎』と書き添えた。
「じゃあそっち行って」
達海はベッドに移動するよう促した。男は指示に従うもののモジモジしている。
「ズボン脱いでね」
ベッドに座った男は今にも泣き出しそう顔をして達海を見上げる。その表情に達海は後頭部をバッドで殴られたような大きな衝撃を受けた。
「治してあげたい」という医者としての自覚と使命、「いじりたい」という加虐心、そして「抱きたい抱かれたい」との欲望があふれ出し、達海は自分の中心と右手がちりちりと痺れるのを感じた。
ファスナーに手をあてがう男の手が震えている。見かねた達海が、その戸惑う大きな手をつかんで勢いよくファスナーとズボンをおろした。
「あっ!」
「ほらー四つんばいになってよー」
達海がせかすので、男は「す、すみません」と一言詫び、焦った様子でズボンを脱いだ。
「ねえ後藤さん」
「は、はい」
「わんわんって言ってみて」
「……は?」
「いいからーかゆいの治してやっからさー」
「え、それは治療に関係あるんですか?」
「あるよ」
「ほ、ホントに?」
「うん」
「……わ、わかりました」
「はいどーぞ」
「……」
「……」
「わ、ワンワーン!」
「……」
「ワンワンワン!」
達海は男のブラックホールを見ながら考える。いったいどこの世界に犬の鳴き声を強いる肛門医がいるのだろうか。場合によっては裁判ものだ。なのにこの男はこうして実践してみせる。
達海は目の前の男に夢中になった。
「オッケー完璧だよ」
「あ、ありがとうございます」
「一発で治っちゃうよ」
「よろしくお願いします!」
「わんわん」
「……わんわん」
「…ぐっ!」
達海は心臓が高鳴りすぎているのを自覚して、理性を保つために少し強く叩いた。
「あっち向いててね」
男は頷きもせずにビシっと石の如くかたまっている。呼吸は荒い。その激しい息遣いに合わせるようにブラックホールもパクパク開閉を繰り返している。
「緊張してる?」
「……ええ」
男の顔が青ざめ、視線はさだまらない。またしても達海はたまらない気持ちになった。
「かわいい」
「え?」
「後藤さん」
「え? あ、あ」
達海は男の耳元に唇を寄せて「動かないでね」とささやいた。そして欲望のままにもっちりと弾力のある男の尻を撫でたりさすったり揉んだり、爪を立て自分の名前を描いたりして存分に堪能した。不可解な治療にも関わらず、男は疑問を口にすることなくじっと耐えていた。
「んー…おケツの外側は問題ないっぽい」
「そ、そうですか」
「いいケツだね」
「はあ……初めて言われました」
「サッカーやってた?」
「え?」
「だってこの筋肉のつきかた」
「触っただけでわかるんですか!?」
「うん、俺、名医だもん」
自信満々な達海のセリフに、男ははっとした表情で振り返る。そして達海の顔をまっすぐ見つめて「ならば安心ですね」と言った。
またしても達海はドキドキした。もう一度心臓を叩きながら「すぐにヨクなるよ」といろいろな意味を含め、笑ってみせた。その笑顔に男は一瞬だけ大きく目を見開いたが、達海に促されて再び体勢を戻した。
「ふーん」
達海は改めて男のブラックホールを鑑賞する。男のそこはこれまで診察治療してきた人たちと大差ない。一般的な孔なのだ。それなのに達海は深く吸い寄せられそうになる。
男の尻に顔を近づけた際、達海はあることに気づいた。
「ゴトウさん、でかいのね」
「え?」
「ナニが」
「……え? 何がって何がですか?」
男は返答に困っている。カルテを引き寄せて『ゴトウ テンネン』と追記した。
「ま、いいや」
「はあ」
「んじゃいくよー」
「え、あっ、まってく」
「だいじょぶ」
「や、あ、ちょ、」
「指ぬらすからさ、痛くないよ」
「ちょ、ちょ」
「OH,UPSIDEINSIDEOUT 濡れた指先で~」
「な、なんでその歌、」
「懐かしいよね、俺この歌、好きだよ、っと!」
「―――ヒぃ!!」
のけぞった男のブラックホールに、容赦なく達海の黄金の中指がめりこんでいく。
孔に指を突っ込まれた男が喘ぐ。低いそれはいやらしい音だ。ナニは直立し、先端から喜びの汁をあふれさせている。そこに達海は手をかけた。男は達海にすっかり甘えてうんうんあんあん言いながら、腰を前後左右に揺らしている。
これまでの患者も同じような状態になったが、こうして手を差し伸べたのはこの男が初めてだ。そもそも医療行為で射精をさせることはまずないし、実際に射精してしまった患者もいない。
達海は左手で白衣の袖をまくり、達海の指をくわえたまま腰を振っている男に、背後から声をかけた。
「後藤さん、気持ちいい?」
「……あ、あ、」
「こことか、」
「あーー!!」
前立腺に触れられた男が高い声を上げて体を硬直させた。あらかじめ塗りつけたものなのか、男のものなのか判断できない液体が、達海の手首をひとすじ伝い、達海は興奮した。
「触られるの初めて?」
「はあ、は、はい」
男は首をがくがくさせる。米搗きバッタのように滑稽で愛らしい姿に、達海はもっといじわるをしたくなり、突き入れた指をぐるりぐるりと回転させる。
「あ!やめっ、ああ」
「ほれほれー」
かよわい町娘をいたぶる悪代官よろしく、達海は思うままに10分くらい、男の孔をもてあそんだ。
「ねえ、後藤さん」
「……は、は、」
「イキたい?」
「は、は、」
「ねえってば、イキたい?」
「……は、はい」
「ダメー」
「えっ!?」
「残念でした」
達海は勢いをつけて中指を引き抜いた。きゅぽんという腑抜けた音を奏でたそこは、すごい力で達海の指に吸着していたため、達海は少々手間取った。
振り返った男は瞳をうるませ、達海を見つめて「先生」と言う。
「なに?」
「俺の純情をもてあそんだんですか?」
「後藤さんは痔です」
「……は?」
「後藤さんは痔なので、これ以上やったら大変です」
「……痔」
「後藤さんの痔はやっかいなので、また明日も来てください」
「……何痔ですか?」
「うーん、それも明日教えてあげる」
男は納得いかない様子で下穿きとズボンをあげ、しばらく呆然とベッドに腰掛けていたが、ナニの調子も落ち着いたらしく、静かに財布を開き「おいくらですか?」と尋ねた。だが達海は「お金はしこたまあるからいんない」とつき返した。その異常な状況にすらうまく反応できない男に、達海は「じゃあね」と笑顔で声をかけた。
「明日も待ってるね」
「……」
「必ず来なきゃだめだかんね」
「……ええ」
「後藤さんのは俺にしか治せない特別な痔なんだからさー」
「え?」
「ほっとくと孔閉じちゃうよ」
「ええ?」
「嘘だけどさ、かゆくなんないようにしてあげる」
「はあ、ありがとうございます」
一礼し、扉を閉めた男が内股で帰っていくのを見送ってから、達海はスキップして黒皮の椅子に飛び乗り、ぐるぐる回転してもうひとつの気に入りの歌を熱唱した。
「あしたー、きょおよりもすきになれるぅー」
男は初期の切れ痔だった。薬を塗ればあっさり治る。
しかし達海は1週間の通院が必要だと考えている。1週間、あの男に黄金の指を体感させ、学ばせ、来るべきその日に備えるつもりなのだ。
自分の技を習得した男に、自分は占有されるのだ。
達海は尻の疼きを感じながら、椅子の上でよこしまな気持ちを抱えてダンスするのだった。
高度先進医療うんぬん叫ばれる昨今において、彼は利き手である右手ひとつ、主に指先のみを使って治療を施す。その技術は「黄金の中指」と称されるほどだ。
「あー」
達海は今日も黒皮の椅子にゆったり腰掛け、時々回転したりあぐらをかいたり、アイスを舐めたりしながら悩み人の到来を落ち着きなく待つのだが、午後2時を過ぎたというのに、いまだに達海のもとを訪れる人はない。
達海は名医である。ただ実際には達海猛クリニックを訪れるものは多くない。専門が肛門限定だからだ。
しかし達海にとってそれは都合がいい。達海は素手1本で施術する。だから診られるのはせいぜい1日5人が限界だった。
また、このクリニックには、いわゆる常連患者といった類もいない。達海の腕がもとい中指が、あまりにも見事なため、たった一度の診察でみな完治してしまう。だからここでは通院や入院など有り得ないのだ。
さらに、達海猛クリニックにはナースや医療事務といったスタッフもいない。すべて院長である達海が一人こなしている。なにせ患者は最高で5人。一人で十分だった。
果たして彼は開業医として正しく成立しているのだろうか。
それはこの話を書いている本人が一番わかっていないのだ。
「ACHICHIACHI」
達海は気に入りの歌を口ずさみながら、人差し指を折り曲げたり、甘皮やささくれを削ったりして患者を待つ。彼はなんとなく、これから患者が来るような気配を感じていた。
「あ、あの……」
ほどなくして予想通り、男が達海の前に現れた。
「燃えてるんだろうかー、あ?」
達海は歌うのをやめて、男に向き直る。
キョロキョロあたりを見回している男は、長身で体格もよく、顔もいい。年齢は30代後半といったところ。達海は男の頭のてっぺんからつま先までじっとり眺めた。
「あ、あの、受付の人がいないので、勝手にここ入っちゃったんですけど、よかったんでしょうか?」
「いいよー全部俺やるから」
達海の不躾な視線に男は困惑し、より緊張が増したようで、達海から少し離れた位置で尻を両手で押さえ、気恥ずかしげに振る舞っている。
「ここ座って」
「はい」
「んじゃ名前書いて」
「はい」
「えーっと、後藤さんね」
「はい」
「ごとうつねおさん」
「いえ、ごとう、こうせいです」
「あーむずかしい読み方だね」
「よく言われます」
「職業お坊さん?」
「会社員です」
「なんだつまんね」
「たまに言われます」
苦笑いしている男の顔を、達海は凝視する。
「で、どしたの?」
観察に満足した達海が簡単に受付めいた作業を終え、問診を始めた途端、男は「あの、お尻が、ちょっと…」「その、かゆみ、があって…」など口ごもる。
『ゴトウ オシリ チョット カユイ』
男のセリフをカルテに記入をするその字は大変汚い。さらに達海は余白部分に『ゴトウイイネ◎』と書き添えた。
「じゃあそっち行って」
達海はベッドに移動するよう促した。男は指示に従うもののモジモジしている。
「ズボン脱いでね」
ベッドに座った男は今にも泣き出しそう顔をして達海を見上げる。その表情に達海は後頭部をバッドで殴られたような大きな衝撃を受けた。
「治してあげたい」という医者としての自覚と使命、「いじりたい」という加虐心、そして「抱きたい抱かれたい」との欲望があふれ出し、達海は自分の中心と右手がちりちりと痺れるのを感じた。
ファスナーに手をあてがう男の手が震えている。見かねた達海が、その戸惑う大きな手をつかんで勢いよくファスナーとズボンをおろした。
「あっ!」
「ほらー四つんばいになってよー」
達海がせかすので、男は「す、すみません」と一言詫び、焦った様子でズボンを脱いだ。
「ねえ後藤さん」
「は、はい」
「わんわんって言ってみて」
「……は?」
「いいからーかゆいの治してやっからさー」
「え、それは治療に関係あるんですか?」
「あるよ」
「ほ、ホントに?」
「うん」
「……わ、わかりました」
「はいどーぞ」
「……」
「……」
「わ、ワンワーン!」
「……」
「ワンワンワン!」
達海は男のブラックホールを見ながら考える。いったいどこの世界に犬の鳴き声を強いる肛門医がいるのだろうか。場合によっては裁判ものだ。なのにこの男はこうして実践してみせる。
達海は目の前の男に夢中になった。
「オッケー完璧だよ」
「あ、ありがとうございます」
「一発で治っちゃうよ」
「よろしくお願いします!」
「わんわん」
「……わんわん」
「…ぐっ!」
達海は心臓が高鳴りすぎているのを自覚して、理性を保つために少し強く叩いた。
「あっち向いててね」
男は頷きもせずにビシっと石の如くかたまっている。呼吸は荒い。その激しい息遣いに合わせるようにブラックホールもパクパク開閉を繰り返している。
「緊張してる?」
「……ええ」
男の顔が青ざめ、視線はさだまらない。またしても達海はたまらない気持ちになった。
「かわいい」
「え?」
「後藤さん」
「え? あ、あ」
達海は男の耳元に唇を寄せて「動かないでね」とささやいた。そして欲望のままにもっちりと弾力のある男の尻を撫でたりさすったり揉んだり、爪を立て自分の名前を描いたりして存分に堪能した。不可解な治療にも関わらず、男は疑問を口にすることなくじっと耐えていた。
「んー…おケツの外側は問題ないっぽい」
「そ、そうですか」
「いいケツだね」
「はあ……初めて言われました」
「サッカーやってた?」
「え?」
「だってこの筋肉のつきかた」
「触っただけでわかるんですか!?」
「うん、俺、名医だもん」
自信満々な達海のセリフに、男ははっとした表情で振り返る。そして達海の顔をまっすぐ見つめて「ならば安心ですね」と言った。
またしても達海はドキドキした。もう一度心臓を叩きながら「すぐにヨクなるよ」といろいろな意味を含め、笑ってみせた。その笑顔に男は一瞬だけ大きく目を見開いたが、達海に促されて再び体勢を戻した。
「ふーん」
達海は改めて男のブラックホールを鑑賞する。男のそこはこれまで診察治療してきた人たちと大差ない。一般的な孔なのだ。それなのに達海は深く吸い寄せられそうになる。
男の尻に顔を近づけた際、達海はあることに気づいた。
「ゴトウさん、でかいのね」
「え?」
「ナニが」
「……え? 何がって何がですか?」
男は返答に困っている。カルテを引き寄せて『ゴトウ テンネン』と追記した。
「ま、いいや」
「はあ」
「んじゃいくよー」
「え、あっ、まってく」
「だいじょぶ」
「や、あ、ちょ、」
「指ぬらすからさ、痛くないよ」
「ちょ、ちょ」
「OH,UPSIDEINSIDEOUT 濡れた指先で~」
「な、なんでその歌、」
「懐かしいよね、俺この歌、好きだよ、っと!」
「―――ヒぃ!!」
のけぞった男のブラックホールに、容赦なく達海の黄金の中指がめりこんでいく。
孔に指を突っ込まれた男が喘ぐ。低いそれはいやらしい音だ。ナニは直立し、先端から喜びの汁をあふれさせている。そこに達海は手をかけた。男は達海にすっかり甘えてうんうんあんあん言いながら、腰を前後左右に揺らしている。
これまでの患者も同じような状態になったが、こうして手を差し伸べたのはこの男が初めてだ。そもそも医療行為で射精をさせることはまずないし、実際に射精してしまった患者もいない。
達海は左手で白衣の袖をまくり、達海の指をくわえたまま腰を振っている男に、背後から声をかけた。
「後藤さん、気持ちいい?」
「……あ、あ、」
「こことか、」
「あーー!!」
前立腺に触れられた男が高い声を上げて体を硬直させた。あらかじめ塗りつけたものなのか、男のものなのか判断できない液体が、達海の手首をひとすじ伝い、達海は興奮した。
「触られるの初めて?」
「はあ、は、はい」
男は首をがくがくさせる。米搗きバッタのように滑稽で愛らしい姿に、達海はもっといじわるをしたくなり、突き入れた指をぐるりぐるりと回転させる。
「あ!やめっ、ああ」
「ほれほれー」
かよわい町娘をいたぶる悪代官よろしく、達海は思うままに10分くらい、男の孔をもてあそんだ。
「ねえ、後藤さん」
「……は、は、」
「イキたい?」
「は、は、」
「ねえってば、イキたい?」
「……は、はい」
「ダメー」
「えっ!?」
「残念でした」
達海は勢いをつけて中指を引き抜いた。きゅぽんという腑抜けた音を奏でたそこは、すごい力で達海の指に吸着していたため、達海は少々手間取った。
振り返った男は瞳をうるませ、達海を見つめて「先生」と言う。
「なに?」
「俺の純情をもてあそんだんですか?」
「後藤さんは痔です」
「……は?」
「後藤さんは痔なので、これ以上やったら大変です」
「……痔」
「後藤さんの痔はやっかいなので、また明日も来てください」
「……何痔ですか?」
「うーん、それも明日教えてあげる」
男は納得いかない様子で下穿きとズボンをあげ、しばらく呆然とベッドに腰掛けていたが、ナニの調子も落ち着いたらしく、静かに財布を開き「おいくらですか?」と尋ねた。だが達海は「お金はしこたまあるからいんない」とつき返した。その異常な状況にすらうまく反応できない男に、達海は「じゃあね」と笑顔で声をかけた。
「明日も待ってるね」
「……」
「必ず来なきゃだめだかんね」
「……ええ」
「後藤さんのは俺にしか治せない特別な痔なんだからさー」
「え?」
「ほっとくと孔閉じちゃうよ」
「ええ?」
「嘘だけどさ、かゆくなんないようにしてあげる」
「はあ、ありがとうございます」
一礼し、扉を閉めた男が内股で帰っていくのを見送ってから、達海はスキップして黒皮の椅子に飛び乗り、ぐるぐる回転してもうひとつの気に入りの歌を熱唱した。
「あしたー、きょおよりもすきになれるぅー」
男は初期の切れ痔だった。薬を塗ればあっさり治る。
しかし達海は1週間の通院が必要だと考えている。1週間、あの男に黄金の指を体感させ、学ばせ、来るべきその日に備えるつもりなのだ。
自分の技を習得した男に、自分は占有されるのだ。
達海は尻の疼きを感じながら、椅子の上でよこしまな気持ちを抱えてダンスするのだった。
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