なれあい
今、ラブホテルにいる。
知らない土地の「パンダ」という名の休憩3時間3,900円のラブホテル(延長追加金は10分1,000円高すぎる)。
ラブホテルなんて言い方は古いようだが、ここはどう見てもラブホテルだ。
だってこの部屋にはベッドしかない。
いや、テレビやテーブルもあるにはある。だが、それらを見落としてしまいそうなほど、あのベッドは異様な存在感を放っているのだ。
つまり、セックス以外のご利用お断り。そういうことだ。利用目的が明確ですがすがしい。
達海もまたすがすがしい。もう裸だ。でかすぎるベッドの中央で大の字になり俺を待っている。
「なあ後藤」
「な、なんだ?」
「このホテルの名前、考えたの誰?」
「さあ」
「ラブホってさ、ネーミングセンスゼロだよね」
「まあ、そうかもな」
不思議だ。俺はドキドキしている。達海とは何十回、いや何百回、もう数えきれないくらい寝ている(月平均2回だ)。
なのに、体が汗ばむ。おそらくこれは、環境の変化に伴う緊張だ。
「あとさ、ここ来てパチンコするヤツなんていんのかな?」
「え?」
「あれ見ろよ」
「……ああ」
達海は大の字のまま、指先だけで動かして部屋の隅に置かれたパチンコ台を示す。たしかに達海の言うとおりだ。
「うん、そうだな」
「おれさー、なんであれがあるのかって、昔から気になってたんだよ」
俺はシャツを脱ぐことをやめ、バスルームへ行こうと決めた。汗が引き、震え始めたこの体をあたためるのだ。
「このゴム穴開いてっかもしんないしさー」
「おもちゃの種類もいっぱいあっけど違いがよくわかんないしー」
「照明ボタンもありすぎだしさー」
扉を強く閉める。会話を遮られたため、達海は体を起こしてこちらを見たようだったが、俺は構うことができない。
達海は無邪気で残酷だ。
****
今、なんとかっつー町にいる。
現役の頃、おれを世話してくれた山田のおっちゃんが、店たたんでこっちに移って野菜作っているらしい(65歳だからもうじじいだ)。
十何年ぶりに会ったけど、相変わらず口うるさくておせっかいで、肉食え野菜食えってあれもこれも食わされた。もう選手じゃねえのに。
こっちで試合って聞いたとき、おれは山田のおっちゃんの存在をすっかり忘れてた。でも後藤は笠さんを通しておっちゃんの近況を掴んでいたようで、久しぶりなんだから顔見せてやれって言うから、帰りのバスには乗らず、こうして知らない町を走ってる、そういう状況。
明日から次のゲームまで間が開いてる。しかもインター付近の派手な灯りを見せつけられりゃ隣りにいる後藤を意識しないほうがおかしい。
「なあ、このへんでいったん降りよ」
「え?」
「おれ体痛いし、お前も運転疲れたでしょ。休もうぜ」
「あ、ああ」
横顔がひくついたのをおれが見逃すわけないのに、いかにもおれに言われてしょーがなく、といった感じで、後藤は高速降りてちゃっちぃラブホ街に車を進めた。
「あの『パンダ』がいい」
「え、あれ?」
「うん、あれ」
「わかった」
ルナティックなんちゃら、なんとかショコラ。どれもこれもひでえ名前で「パンダ」って看板が見えたとき、おれはなんだか爽快な気分だった。名前のわりに建物はおもしろみにかけてがっかりしたけど(後藤はずっとソワソワしてた)。
靴脱いで扉開けてちょっとビビった。真ん中にベッドがドーン。もうそれだけですって部屋。
だからさっさとやることやって気持ちよくなりましょアピールで、おれが服脱いで待ってんのに、後藤はギクシャクして、さっぱりこっちに来ない。
こういうときの後藤はすぐイッちゃう。緊張してトコロテン。つまんない。
それでちょっと手を打った。
後藤は単純で純粋だ。
****
俺は驚いた。達海のセリフに。
俺たちは出会って3年後に関係し(忘れもしない達海の誕生日だ)、今もこうして続いている。
俺は達海は愛しているし、達海も俺を愛してくれる。
だが、俺たちの間には10年もの空白期間があるのだ。
達海から別れを告げられていないし、俺も関係を解消したつもりはなかったが、さすがに10年間何もなかったわけではあるまい。
しかも俺たちがこうなる以前の時間だってある。その間達海がラブホテルを利用していないとは言い切れまい(18、19の頃は特にやんちゃなのだ)。
それをすっかり忘れていた。
隣りに達海がいることが当たり前になって麻痺していた。
そうだ。思えば最近めっきり回数が減った。昔は最低でも3回。
だが、今では多忙を理由に多くて2回だ。
これはまずい。とてもまずい。
そうだ。ここはラブホテルなのだ。
あの大きなベッドは何のためにあるのか。
そうだ。一つしかない。
ただ眠るためだけにあるわけではないのだ。
「よし」
俺も達海も明日はオフ。
「よし」
休憩3,900円(延長追加金は10分1,000円)。
宿泊平日9,800円(ご宿泊には22時から自動的に切り替わります)。
「よし」
今日俺は、力の限り達海を愛するのだ。
****
おれは驚いた。後藤のエロさに。
おれたちはいつからこういう関係になったのか忘れたけど、けっこう長く続いているほう。でもこんなにエロい後藤は過去に1度しかない。
それはおれが日本に帰ってきた日。すごかった(失神した)。
で、今2度目。
後藤が京都に行く前の日と、おれがあっちに行く決心をした日の夜もすごかったけど、こういうんじゃなかった。おれはこっそり泣いた。すんげえ悲しかった。できれば離れたくなかった。今生の別れってわけでもないのに。
だって後藤はおれを愛してるし、おれは後藤を愛しちゃってる。
だからあっちにいたときも、おれはやましいことなんて、何もしてない(後藤はしてる)。
おれは後藤がすべてだから。
だけど、最近はちょっとなーと思ってた。
おれたちは慣れすぎた。年も食った。隣りにいるのが当たり前になってた。
笠さんは男という生き物は年々すけべになっていくんだぞとか言ってたけど、おれたちはどんどんすけべにならなくなった。
たぶん、おれと後藤は混ざり合いすぎて、ひとつになってしまった。究極の関係と言えばそうかもしれないけど。
でも、おれはもっといろいろしてほしかった。いろいろな後藤を見たかった。
それで煽ってみただけ。
ここはラブホなんだし(名前は「パンダ」)。
けれど。
「あ、あ、」
それにしても。
「ん、ん、」
いくらなんでも。
「はぁ、んっ、」
ちょっとこれは。
「やぁ!ごと、それやだ!」
やりすぎだ。
「アッアッアーーーー!!!!」
※空白はイメージです。
****
陽が差し込まない空間に白く浮かんだ達海の背中を、後藤は腕を伸ばして抱きしめた。
達海はぴくりともしない。
(これで満足してくれたかな)
後藤は自信を持った。
つむじに鼻を押し当てると汗のにおいがした。
「達海?」
呼びかけるがやはり反応はない。
(もう寝ちゃったんだな)
後藤は幸せだった。
陽が降り注がない空間で白く発光しているシーツを、達海は薄目を開けて眺めていた。
後藤が腕を伸ばしてくる。
(まだ起きてたのかよ)
達海は驚いた。
頭はホカホカなのにさらに熱い息がかかった。
「達海?」
呼びかけられたが反応できない。
(早く寝てくれ)
達海は疲れ切っていた。
知らない土地の「パンダ」という名の休憩3時間3,900円のラブホテル(延長追加金は10分1,000円高すぎる)。
ラブホテルなんて言い方は古いようだが、ここはどう見てもラブホテルだ。
だってこの部屋にはベッドしかない。
いや、テレビやテーブルもあるにはある。だが、それらを見落としてしまいそうなほど、あのベッドは異様な存在感を放っているのだ。
つまり、セックス以外のご利用お断り。そういうことだ。利用目的が明確ですがすがしい。
達海もまたすがすがしい。もう裸だ。でかすぎるベッドの中央で大の字になり俺を待っている。
「なあ後藤」
「な、なんだ?」
「このホテルの名前、考えたの誰?」
「さあ」
「ラブホってさ、ネーミングセンスゼロだよね」
「まあ、そうかもな」
不思議だ。俺はドキドキしている。達海とは何十回、いや何百回、もう数えきれないくらい寝ている(月平均2回だ)。
なのに、体が汗ばむ。おそらくこれは、環境の変化に伴う緊張だ。
「あとさ、ここ来てパチンコするヤツなんていんのかな?」
「え?」
「あれ見ろよ」
「……ああ」
達海は大の字のまま、指先だけで動かして部屋の隅に置かれたパチンコ台を示す。たしかに達海の言うとおりだ。
「うん、そうだな」
「おれさー、なんであれがあるのかって、昔から気になってたんだよ」
俺はシャツを脱ぐことをやめ、バスルームへ行こうと決めた。汗が引き、震え始めたこの体をあたためるのだ。
「このゴム穴開いてっかもしんないしさー」
「おもちゃの種類もいっぱいあっけど違いがよくわかんないしー」
「照明ボタンもありすぎだしさー」
扉を強く閉める。会話を遮られたため、達海は体を起こしてこちらを見たようだったが、俺は構うことができない。
達海は無邪気で残酷だ。
****
今、なんとかっつー町にいる。
現役の頃、おれを世話してくれた山田のおっちゃんが、店たたんでこっちに移って野菜作っているらしい(65歳だからもうじじいだ)。
十何年ぶりに会ったけど、相変わらず口うるさくておせっかいで、肉食え野菜食えってあれもこれも食わされた。もう選手じゃねえのに。
こっちで試合って聞いたとき、おれは山田のおっちゃんの存在をすっかり忘れてた。でも後藤は笠さんを通しておっちゃんの近況を掴んでいたようで、久しぶりなんだから顔見せてやれって言うから、帰りのバスには乗らず、こうして知らない町を走ってる、そういう状況。
明日から次のゲームまで間が開いてる。しかもインター付近の派手な灯りを見せつけられりゃ隣りにいる後藤を意識しないほうがおかしい。
「なあ、このへんでいったん降りよ」
「え?」
「おれ体痛いし、お前も運転疲れたでしょ。休もうぜ」
「あ、ああ」
横顔がひくついたのをおれが見逃すわけないのに、いかにもおれに言われてしょーがなく、といった感じで、後藤は高速降りてちゃっちぃラブホ街に車を進めた。
「あの『パンダ』がいい」
「え、あれ?」
「うん、あれ」
「わかった」
ルナティックなんちゃら、なんとかショコラ。どれもこれもひでえ名前で「パンダ」って看板が見えたとき、おれはなんだか爽快な気分だった。名前のわりに建物はおもしろみにかけてがっかりしたけど(後藤はずっとソワソワしてた)。
靴脱いで扉開けてちょっとビビった。真ん中にベッドがドーン。もうそれだけですって部屋。
だからさっさとやることやって気持ちよくなりましょアピールで、おれが服脱いで待ってんのに、後藤はギクシャクして、さっぱりこっちに来ない。
こういうときの後藤はすぐイッちゃう。緊張してトコロテン。つまんない。
それでちょっと手を打った。
後藤は単純で純粋だ。
****
俺は驚いた。達海のセリフに。
俺たちは出会って3年後に関係し(忘れもしない達海の誕生日だ)、今もこうして続いている。
俺は達海は愛しているし、達海も俺を愛してくれる。
だが、俺たちの間には10年もの空白期間があるのだ。
達海から別れを告げられていないし、俺も関係を解消したつもりはなかったが、さすがに10年間何もなかったわけではあるまい。
しかも俺たちがこうなる以前の時間だってある。その間達海がラブホテルを利用していないとは言い切れまい(18、19の頃は特にやんちゃなのだ)。
それをすっかり忘れていた。
隣りに達海がいることが当たり前になって麻痺していた。
そうだ。思えば最近めっきり回数が減った。昔は最低でも3回。
だが、今では多忙を理由に多くて2回だ。
これはまずい。とてもまずい。
そうだ。ここはラブホテルなのだ。
あの大きなベッドは何のためにあるのか。
そうだ。一つしかない。
ただ眠るためだけにあるわけではないのだ。
「よし」
俺も達海も明日はオフ。
「よし」
休憩3,900円(延長追加金は10分1,000円)。
宿泊平日9,800円(ご宿泊には22時から自動的に切り替わります)。
「よし」
今日俺は、力の限り達海を愛するのだ。
****
おれは驚いた。後藤のエロさに。
おれたちはいつからこういう関係になったのか忘れたけど、けっこう長く続いているほう。でもこんなにエロい後藤は過去に1度しかない。
それはおれが日本に帰ってきた日。すごかった(失神した)。
で、今2度目。
後藤が京都に行く前の日と、おれがあっちに行く決心をした日の夜もすごかったけど、こういうんじゃなかった。おれはこっそり泣いた。すんげえ悲しかった。できれば離れたくなかった。今生の別れってわけでもないのに。
だって後藤はおれを愛してるし、おれは後藤を愛しちゃってる。
だからあっちにいたときも、おれはやましいことなんて、何もしてない(後藤はしてる)。
おれは後藤がすべてだから。
だけど、最近はちょっとなーと思ってた。
おれたちは慣れすぎた。年も食った。隣りにいるのが当たり前になってた。
笠さんは男という生き物は年々すけべになっていくんだぞとか言ってたけど、おれたちはどんどんすけべにならなくなった。
たぶん、おれと後藤は混ざり合いすぎて、ひとつになってしまった。究極の関係と言えばそうかもしれないけど。
でも、おれはもっといろいろしてほしかった。いろいろな後藤を見たかった。
それで煽ってみただけ。
ここはラブホなんだし(名前は「パンダ」)。
けれど。
「あ、あ、」
それにしても。
「ん、ん、」
いくらなんでも。
「はぁ、んっ、」
ちょっとこれは。
「やぁ!ごと、それやだ!」
やりすぎだ。
「アッアッアーーーー!!!!」
※空白はイメージです。
****
陽が差し込まない空間に白く浮かんだ達海の背中を、後藤は腕を伸ばして抱きしめた。
達海はぴくりともしない。
(これで満足してくれたかな)
後藤は自信を持った。
つむじに鼻を押し当てると汗のにおいがした。
「達海?」
呼びかけるがやはり反応はない。
(もう寝ちゃったんだな)
後藤は幸せだった。
陽が降り注がない空間で白く発光しているシーツを、達海は薄目を開けて眺めていた。
後藤が腕を伸ばしてくる。
(まだ起きてたのかよ)
達海は驚いた。
頭はホカホカなのにさらに熱い息がかかった。
「達海?」
呼びかけられたが反応できない。
(早く寝てくれ)
達海は疲れ切っていた。
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