みえたもの
さっそく神殿に戻ったウェルティルナは、禊の為に神殿の奥庭にある滝へとすすんだ。
元々この地にあった滝だ。初代が、この滝を背にして海賊砦を築いたと言われている。
ドレスを脱ぎ、全裸になる。つま先からそっと水に入って滝の下にまで進む。
強い水に打たれ、その白い肌がたちまち薄桃色に色づく。
ウェルティルナの唇の間から、不思議な文言が流れてくる。同時にその体が青白く輝き、濡れているはずの髪がふわりと浮き、ついにはウェルティルナの体も水面に浮いた。
そのまま陸まで戻ってくると、その身には青いドレスを纏い、髪も結いあがりメイクも施されている。
その姿は、神殿に祀られている『海の女神』そのものである。
ウェルティルナは、ゆったりと神殿へと戻っていく。そこには、側近と乳母をつれた宰相が待っていた。彼はウェルティルナを一目見るなり
「……っ……なんということだ……女神……」
と唸り、あわててその場に膝をついた。
「……王女殿下、本来のお姿はそちらだったのですね」
「はい。この国が危機に見舞われることがわかっていたため、第八王女として転生したのです。ウェルティルナ本人もそのことを承知しているので、こうして体を明け渡してくれます」
穏やかに微笑む女神は、宰相をそっと立たせた。
「宰相、あなたの国も我が国も、危難の時です。あなたの責任は大変なものになるでしょう。でも、どんなことがあっても、この国と支え合うのです」
「危難?」
宰相が眉根を寄せた。ウェルティルナ、いや、女神は悲しそうに頷いた。
「その王子の私物、借りても?」
「は、はい」
女神に導かれてたどり着いた先は、岩窟を整備して作ったような礼拝堂だった。
「ここは……」
重厚な造りである。ちょっとやそっとの攻撃では落とせないであろう。
「古来より、王族の隠れ家であり、修行の場であり、備蓄庫や逃走経路としても使われていた場所です」
「ほぉ……」
「さ、お座りくださいな」
どこに、と思う間もなく女神が指さした場所に、椅子と机が出現した。
「皆を、呼びますね」
女神がすっと片手をあげただけで、デニア王国国王夫妻に、ラウル老師、主だった大臣が一瞬にして姿をあらわした。彼らもまた、女神に指示された場所に座る。
続いて、グーゼレン側は宰相以下ほぼ全員が呼ばれたようだった。デニア王国の面々は神妙な面持ち、グーゼレン側はきょとんとしている。
「宰相、これから何が……?」
「わからん。が、今は、女神さまの仰せに従うしかない」
「宰相がそうおっしゃるなら我々は従います」
女神は、慈愛に満ちた表情で集まった人々を見守る。デニア王国の人々は、女神の前で跪き、祝福を授けてもらっている。
そのうち洞窟の扉がぴったりと閉じられ、入り口があった場所には滝が出現した。
「出られぬではないか!」
思わず宰相の腰が浮かぶが、女神が穏やかに「大丈夫だから、座りなさい」という。
そのまま、しばらく時間が流れた。
「女神さま……我らをここに御集めになった理由をお聞かせください」
デニア王が言う。
「――映像をお見せしましょう。わたくしが気配をたどり、」
細いが、よくとおる声は不思議と威厳に満ちている。
女神の背後にある壁に、映像が浮かび上がった。質素な服装の男女が、朝市を楽しんでいる姿が移っている。
「今朝、エカテリーナとアレク二人がお忍びで城下町に出たのは周知の事実。目的は朝市だった……そして、それを狙った不届き者がいた」
画面が映したのは、建物の影に潜む黒尽くめの男たち。手には、短弓や短槍を持っている。
ひゅん、と矢が放たれ通行人の一人が倒れた。二の矢三の矢が立て続けに放たれ、それの一つがアレク王子の二の腕に突き立った。その場で蹲る王子に黒尽くめの男たちが駆け寄る。が、それを掻き分けて王子の腕を掴んだエカテリーナが何事かを叫んだ。
その瞬間、王子の姿が青い光に包まれ、掻き消えた。
「ああ、王子が消えた……」
宰相が思わず立ち上がる。その肩に女神がそっと手を置く。
「彼らは――イズヴァルド帝国の手の者。そうですね? 宰相」
「はい。我が国と敵対関係にある国です。なぜ、奴らがここまで……」
「では――映像の続きを見て」
映像は一瞬乱れたあと、今度は黒尽くめの男たちがエカテリーナに殺到する。「どこへ逃がした」「連れてこい」などを繰り返した後、エカテリーナの体が地面に頽れた。腹部に短剣が二本刺さっている。それでもエカテリーナは首を横に振り続け、何かを叫んだ。青い光に包まれ、エカテリーナの体も消える。あとには、呆然とする男たちと、血痕だけだった。
「おおおお女神、我が娘と王子はいずこに……」
「王よ……追跡してあります。二人はすぐそばに……」
「ああ、エカテリーナ……あの出血では……」
おそらく、命はない。
元々この地にあった滝だ。初代が、この滝を背にして海賊砦を築いたと言われている。
ドレスを脱ぎ、全裸になる。つま先からそっと水に入って滝の下にまで進む。
強い水に打たれ、その白い肌がたちまち薄桃色に色づく。
ウェルティルナの唇の間から、不思議な文言が流れてくる。同時にその体が青白く輝き、濡れているはずの髪がふわりと浮き、ついにはウェルティルナの体も水面に浮いた。
そのまま陸まで戻ってくると、その身には青いドレスを纏い、髪も結いあがりメイクも施されている。
その姿は、神殿に祀られている『海の女神』そのものである。
ウェルティルナは、ゆったりと神殿へと戻っていく。そこには、側近と乳母をつれた宰相が待っていた。彼はウェルティルナを一目見るなり
「……っ……なんということだ……女神……」
と唸り、あわててその場に膝をついた。
「……王女殿下、本来のお姿はそちらだったのですね」
「はい。この国が危機に見舞われることがわかっていたため、第八王女として転生したのです。ウェルティルナ本人もそのことを承知しているので、こうして体を明け渡してくれます」
穏やかに微笑む女神は、宰相をそっと立たせた。
「宰相、あなたの国も我が国も、危難の時です。あなたの責任は大変なものになるでしょう。でも、どんなことがあっても、この国と支え合うのです」
「危難?」
宰相が眉根を寄せた。ウェルティルナ、いや、女神は悲しそうに頷いた。
「その王子の私物、借りても?」
「は、はい」
女神に導かれてたどり着いた先は、岩窟を整備して作ったような礼拝堂だった。
「ここは……」
重厚な造りである。ちょっとやそっとの攻撃では落とせないであろう。
「古来より、王族の隠れ家であり、修行の場であり、備蓄庫や逃走経路としても使われていた場所です」
「ほぉ……」
「さ、お座りくださいな」
どこに、と思う間もなく女神が指さした場所に、椅子と机が出現した。
「皆を、呼びますね」
女神がすっと片手をあげただけで、デニア王国国王夫妻に、ラウル老師、主だった大臣が一瞬にして姿をあらわした。彼らもまた、女神に指示された場所に座る。
続いて、グーゼレン側は宰相以下ほぼ全員が呼ばれたようだった。デニア王国の面々は神妙な面持ち、グーゼレン側はきょとんとしている。
「宰相、これから何が……?」
「わからん。が、今は、女神さまの仰せに従うしかない」
「宰相がそうおっしゃるなら我々は従います」
女神は、慈愛に満ちた表情で集まった人々を見守る。デニア王国の人々は、女神の前で跪き、祝福を授けてもらっている。
そのうち洞窟の扉がぴったりと閉じられ、入り口があった場所には滝が出現した。
「出られぬではないか!」
思わず宰相の腰が浮かぶが、女神が穏やかに「大丈夫だから、座りなさい」という。
そのまま、しばらく時間が流れた。
「女神さま……我らをここに御集めになった理由をお聞かせください」
デニア王が言う。
「――映像をお見せしましょう。わたくしが気配をたどり、」
細いが、よくとおる声は不思議と威厳に満ちている。
女神の背後にある壁に、映像が浮かび上がった。質素な服装の男女が、朝市を楽しんでいる姿が移っている。
「今朝、エカテリーナとアレク二人がお忍びで城下町に出たのは周知の事実。目的は朝市だった……そして、それを狙った不届き者がいた」
画面が映したのは、建物の影に潜む黒尽くめの男たち。手には、短弓や短槍を持っている。
ひゅん、と矢が放たれ通行人の一人が倒れた。二の矢三の矢が立て続けに放たれ、それの一つがアレク王子の二の腕に突き立った。その場で蹲る王子に黒尽くめの男たちが駆け寄る。が、それを掻き分けて王子の腕を掴んだエカテリーナが何事かを叫んだ。
その瞬間、王子の姿が青い光に包まれ、掻き消えた。
「ああ、王子が消えた……」
宰相が思わず立ち上がる。その肩に女神がそっと手を置く。
「彼らは――イズヴァルド帝国の手の者。そうですね? 宰相」
「はい。我が国と敵対関係にある国です。なぜ、奴らがここまで……」
「では――映像の続きを見て」
映像は一瞬乱れたあと、今度は黒尽くめの男たちがエカテリーナに殺到する。「どこへ逃がした」「連れてこい」などを繰り返した後、エカテリーナの体が地面に頽れた。腹部に短剣が二本刺さっている。それでもエカテリーナは首を横に振り続け、何かを叫んだ。青い光に包まれ、エカテリーナの体も消える。あとには、呆然とする男たちと、血痕だけだった。
「おおおお女神、我が娘と王子はいずこに……」
「王よ……追跡してあります。二人はすぐそばに……」
「ああ、エカテリーナ……あの出血では……」
おそらく、命はない。
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