希望の王子
洞窟から飛び出した一同が向かったのは、城のすぐそばにある古い井戸だった。だが、触ろうとしても火花が散って近寄れない。
「エカテリーナの強力な守護魔法が掛かっているわ……。解くわよ、エカテリーナ……」
古井戸から運び出されたエカテリーナは、やはり、息絶えていた。
しかし、王子の方は傷は深いが強力な治癒魔法と守護魔法に守られ、命は助かったらしい。
「エカテリーナが最期の力を振り絞って、王子を守ったのよ……頑張ったわね、エカテリーナ。我が神殿でしばらく魂を癒し、転生に備えましょうね」
女神が、慈愛の表情でエカテリーナをそっと抱きしめた。
哀しみに呉れる一同のところへ、ぼろぼろのグーゼレン兵が駆けてきた。
何者だ、という宰相の誰何に彼は、禁軍の一兵士であり、宰相とデニア国へ緊急事態を告げる伝令として、伍長にそっと逃がされたのだと告げた。
「宰相、みなさま、一大事にございます」
「どうした?」
「我が国が……一大事です」
「うむ、落ち着いて申してみよ」
「城が……イズヴァルドに攻め落とされました」
なんと! と、誰もが息を呑んだ。
「して、陛下や皆さま方は……」
「国王陛下以下王族は皆殺しになりましてございます!」
兵士は言葉をいったん切ると、今度は
「我が国はもうイズヴァルドの支配下になり、イズヴァルドは――デニア国へ向けて進軍予定です」
「なんたる、危機……これのことか!」
宰相は思わず、女神――いつの間にか、ウェルティルナに戻っているが――の方を見た。小さく、王女が頷く。
「おおお、我が祖国よ……これからどうしたら……」
がっくりと膝をつき頭を抱える宰相の肩を、デニア国王が叩いた。
「宰相殿! 絶望するのはまだ早い」
「陛下?」
「……こちらに貴国の王族はご存命ぞ! 第三王子が生きておいでだ。貴殿は、彼を命がけで守らねばならぬ。おわかりか? 我が国も協力は惜しまぬ。彼を、正当な時期国王としてお守り申し上げ……城を奪還するのです」
陛下、と、宰相は潤んだ瞳で王を見た。
ウェルティルナが、静かに歩み寄って宰相の手を取った。
「姉が全力で愛したお方です。わたくしも神殿も、助力は惜しみません」
この方は『希望の王子』と、誰かが呟き、宰相はゆっくりと立ち上がった。
「デニア国王陛下……しばらくの滞在を、お許しいただけますでしょうかな」
「もちろんです」
宰相をはじめとしたグーゼレンの一行は、深く頭を下げた。
――一度はイズヴァルドに滅ぼされたはずのグーゼレン王国が、突如として華々しく復活するのはこれから五年後のことである。
見事に鍛え上げられた兵士を率いるのは、殺されたとされていた第三王子アレク。
彼は、アレク一世を名乗って城を奪還し、イズヴァルドの旗を引きずり降ろしてグーゼレンの旗を掲げた。
その傍らには、ストロベリーブロンドの美女が常にいた。
「新王陛下のお后さまか?」
と、人々は期待する。宰相は、老いた顔に苦笑を浮かべた。
「お互いが、お互いの気持ちに気が付くにはもう少し時間が必要でしょうな……」
(了)
「エカテリーナの強力な守護魔法が掛かっているわ……。解くわよ、エカテリーナ……」
古井戸から運び出されたエカテリーナは、やはり、息絶えていた。
しかし、王子の方は傷は深いが強力な治癒魔法と守護魔法に守られ、命は助かったらしい。
「エカテリーナが最期の力を振り絞って、王子を守ったのよ……頑張ったわね、エカテリーナ。我が神殿でしばらく魂を癒し、転生に備えましょうね」
女神が、慈愛の表情でエカテリーナをそっと抱きしめた。
哀しみに呉れる一同のところへ、ぼろぼろのグーゼレン兵が駆けてきた。
何者だ、という宰相の誰何に彼は、禁軍の一兵士であり、宰相とデニア国へ緊急事態を告げる伝令として、伍長にそっと逃がされたのだと告げた。
「宰相、みなさま、一大事にございます」
「どうした?」
「我が国が……一大事です」
「うむ、落ち着いて申してみよ」
「城が……イズヴァルドに攻め落とされました」
なんと! と、誰もが息を呑んだ。
「して、陛下や皆さま方は……」
「国王陛下以下王族は皆殺しになりましてございます!」
兵士は言葉をいったん切ると、今度は
「我が国はもうイズヴァルドの支配下になり、イズヴァルドは――デニア国へ向けて進軍予定です」
「なんたる、危機……これのことか!」
宰相は思わず、女神――いつの間にか、ウェルティルナに戻っているが――の方を見た。小さく、王女が頷く。
「おおお、我が祖国よ……これからどうしたら……」
がっくりと膝をつき頭を抱える宰相の肩を、デニア国王が叩いた。
「宰相殿! 絶望するのはまだ早い」
「陛下?」
「……こちらに貴国の王族はご存命ぞ! 第三王子が生きておいでだ。貴殿は、彼を命がけで守らねばならぬ。おわかりか? 我が国も協力は惜しまぬ。彼を、正当な時期国王としてお守り申し上げ……城を奪還するのです」
陛下、と、宰相は潤んだ瞳で王を見た。
ウェルティルナが、静かに歩み寄って宰相の手を取った。
「姉が全力で愛したお方です。わたくしも神殿も、助力は惜しみません」
この方は『希望の王子』と、誰かが呟き、宰相はゆっくりと立ち上がった。
「デニア国王陛下……しばらくの滞在を、お許しいただけますでしょうかな」
「もちろんです」
宰相をはじめとしたグーゼレンの一行は、深く頭を下げた。
――一度はイズヴァルドに滅ぼされたはずのグーゼレン王国が、突如として華々しく復活するのはこれから五年後のことである。
見事に鍛え上げられた兵士を率いるのは、殺されたとされていた第三王子アレク。
彼は、アレク一世を名乗って城を奪還し、イズヴァルドの旗を引きずり降ろしてグーゼレンの旗を掲げた。
その傍らには、ストロベリーブロンドの美女が常にいた。
「新王陛下のお后さまか?」
と、人々は期待する。宰相は、老いた顔に苦笑を浮かべた。
「お互いが、お互いの気持ちに気が付くにはもう少し時間が必要でしょうな……」
(了)
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