ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

10 年目の結末

原作: その他 (原作:GIANT KILLING) 作者: QQ
目次

10 年目の結末

アルティメット・ファイティング・ヒーローズ、通称「UFH」は、柔道、ボクシング、空手、プロレス、柔術、相撲など(結局どの格闘技が強いんだ?)という格闘ファンが、長年答えを出せずにいる疑問を払拭する、まさに夢の総合格闘技イベントだ。

1990年代、コロラド州の片田舎でひっそりと旗揚げしたこの異種格闘技は、代表をつとめるダナ・ブラックのプロモーション力と物議をかもす発言で注目を集め、現在では、アメリカ合衆国をメインに世界企業がスポンサーとして名乗りを上げる『世界一の格闘技』にまで成り上がった。

UFHは、かつてブラジルで行われていたサブカルチャー的格闘技「バーリトゥード」をスポーツ化したものだ。急所攻撃と頭突きこそ反則にしているが、ほぼ「なんでもあり」といったルールで行われている。

リングは八角形の金網。「オクタゴン」と名づけられたゲージの中で、選手たちは血と汗にまみれる。まるで見世物小屋のようなファイトスタイルに、観客はよりいっそう熱狂するのだった。

この猛者がひしめくUFHの中で、もっとも人気を集める選手が、後藤マイケル恒生である。

日系らしく柔道をベースに、巧みな技でバッタバッタとKOを決め、試合後の華々しいパフォーマンスも観客を大いに喜ばせた。

さらに後藤マイケルはアメリカ軍の特殊部隊・グリーンベレー出身者だ。アフガニスタンやイランといった過酷な戦地に赴き、死線をさまよった経歴を持つ。そのため2年に1回のペースで開催する米軍慰問イベントでは、後藤マイケルはヒーロー、まさに英雄だった。

およそ20年の歴史を持つUFHの数々の名勝負の中で、格闘ファンが「伝説」と称する一戦がある。

2003年、UFHと契約したばかりの後藤マイケル恒生と、達海タケロフが繰り広げた試合だった。

達海タケロフもまた樺太生まれの日系で、ソビエト連邦時代、軍隊格闘術として秘密裏に行われていた「サンボ」の使い手だった。ここに着目したのが先のダナ・ブラックである。アメリカVS旧ソ連の冷戦時代の決着マッチとして仕掛けた。

しかし当時、達海タケロフの映像権の関係で、この試合はテレビ放送されなかった。世界の格闘ファンは新聞の小さな記事に「引き分け」の文字を見つけ、落胆したのだった。

そして2013年12月。ダナ・ブラックが再び打って出た。2年に1回の米軍慰問イベント、基地内の急造オクタゴン。

ここで、後藤マイケル恒生と達海タケロフによる国をかけた10年越しの遺恨マッチが繰り広げられようとしている。

後藤マイケルと達海タケロフによる10年ぶりの遺恨マッチ、その直前、ダナ・ブラックは日本の格闘専門誌の中で次のような暴露をした。

「2003年のあの一戦。実はあれにはとんでもない真実が隠されていたんだ」

ダナ・ブラックが唯一認める日本の格闘専門誌。それは格闘技というスポーツを斜めから見て茶化すという内容で、SNSを駆使し、他格闘技の情報収集をし、おおっぴらに批判を繰り返す尊大で好戦的なダナが気に入り、珍しくインタビューに応じたものだった。

「達海タケロフは格闘技のことしか頭にない。格闘技バカだ。だからマネージメントはすべて代理人に任せてる。ある日、そいつに俺は呼び出されたんだ」

――呼び出された、というと?

「当時、タケロフのマネージメントを手がけていたのはツガーワフという奴だった。こいつが金の猛者でな。俺はそのツガーワフから孤島に来いと言われたんだよ」

――なぜですか?

「なぜ?バカなことを聞くな。俺にも分からない。だがビッグマネーを生み出す一戦だ。タケロフが不利になる情報が漏れることをツガーワフは恐れたのだろう。まったくのチキン野郎だ。廃墟が一軒しかない島で俺はツガーワフと交渉した」

――そこで何があったんですか?

「俺はそのファッキンアイランドでツガーワフに言われたんだ。タケロフと試合をするためには映像権、ファイトマネーの最低補償額の2000万ドル、さらに勝利した場合のボーナス、果てには興行収入の70%をタケロフサイドへ渡せと言いやがった」

――応じた結果が「引き分け」ということですか?

「バカ言え。俺がそんな要求に応じると思うのか。さすが物事を金で解決できると思っているイエローモンキーだな」

――え?......ってことは......



「クレイジーロシアンの要求は蹴ってやったよ。つまり2003年、後藤マイケルと達海タケロフはノーファイトだ。試合なんてやってない。それが真実だ。ファッ〇ン!」

後藤マイケル恒生は現在UFHヘビー級のチャンピオンだ。そのためタイトルマッチの開催時期が来れば、決まって対戦者として達海タケロフの名が取り立たされるようになっていた。

しかし実現したことはこれまで一度もなかった。達海タケロフの強さは噂ばかりが先行する。

実際、達海タケロフの試合はクレイジーロシアンことツガーワフの巧みな情報操作も相まって米国メディアでは伝えられない。

後藤マイケルは歳月を追うごとに、まだ見ぬ達海タケロフにファイターとしての興味を超えた恋心を抱くようになっていた。

今日も秒殺ファイトで勝利した後藤マイケルはマイクを握る。久しぶりの対戦。だが挑んでくるファイターたちは「修斗世界一」「柔道金メダリスト」など、たとえ華々しい肩書きを携えていたとしても、後藤にとっては小さなハエのようなものだった。後藤の物足りなさはいよいよ極限に達していた。

そんなときにダナ・ブラックから打診があった。2年に1回の米軍慰問イベント、基地内の急造オクタゴン。対戦相手は達海タケロフ。

「みんな聞いてくれ、やっとだ。やっとビッグチャンスが届いたんだ。ついにあの達海と戦える。俺たちはそう、まるでロミオとジュリエットだった。会いたいのに会えない。おかしいだろう?みんな、俺は達海に恋してる。彼がどんなファイターかなんて、もうどうだっていいんだ。俺は達海に会いたいんだ。彼と肌を合わせたい。汗を味わいたい。そうだな、今日はみんなに約束しよう。来月のタイトルマッチ、俺は達海から得意の寝技で勝利するだろう。達海、見てくれているか、ベイビー、アイ・ラヴ・ユー」

アメリカの英雄のマイクパフォーマンスに観客は沸いた。金網の中で吼える後藤マイケルは、まさに獲物を前にした百獣の王だった。その様子を達海タケロフはペーパービューで見守っていた。そして激しく赤面した。

「カッサーノ。ねえ、カッサンってば」

画面から目を離して達海タケロフは新たにマネージメントを依頼したカッサーノに話かけた。

カッサーノは達海の旧友でかつ優秀だ。今回の後藤戦が成立したのはカッサーノのマネジメント力も影響している。

達海はショックだった。自身も熱望していた10年前の後藤戦。ツガーワフの手で反故されたことが許せなかった。そこで信頼するカッサーノを代理人に立てた。



「どうしたタケロフ」「カッサン。とても不思議なんだ。こいつは、後藤は、俺と同じ気持ちなんだよ」

ついにその日はやってきた。米軍慰問イベント。メインカードは後藤マイケル恒生VS達海タケロフのヘビー級タイトルマッチだ。

後藤マイケルは、試合25分前にツイートした。「もうすぐだ。達海に会える。」

UFHでは広告戦略の一環として登録選手にツイッターを義務付けている。反応が多かった選手にはツイッターボーナスが加算されるシステムだ。後藤マイケルのフォロワーは250万人いるが、そのほとんどが「グッドラック」と後藤を送り出した。

試合は無事行われた。

結果は判定ドロー。引き分けだった。

後藤マイケルは宣言通り、寝技を中心としたファイトプランで仕掛けた。その体を反転させて、達海は果敢に足固めを狙う。

立ち上がって向かい合えば、後藤はまたタックルで達海を押し倒す。後藤の下敷きになりながら達海が後藤の隙を狙い、関節を取る。その繰り返しだった。

この光景を観客と世界の格闘ファンは固唾をのんで見守った。

不思議な試合だった。

立ち技攻撃が一切ない。殴り合い、蹴り合うことがない。ただ押し倒して組み合っていた。

「あれほど執着的で、互いを欲し合う試合は見たことがなかった」後年、ダナ・ブラックは、後藤達海の伝説の一戦を情緒的に振り返った。

試合を終えた後藤マイケルはその足で達海が宿泊するホテルを訪ねた。そしてドアを開けた達海に向かって花束を差し出し言った。

「達海、もう一度、やらないか?」

「......あ?」

「今度は俺たちだけの試合を。リングはそう、あのベッドだ」

「......うん......いいよ」



そうして後藤と達海は10年越しの思いの丈をぶつけ合った。ふたりっきりの夜の異種格闘技はあまりにも激しく、シーツが破れるほどだった。

再び後藤がツイートしたのは、試合翌日の早朝だった。「昨晩、俺は達海に寝技で勝利した。彼からダウンを3回奪った。最高だ」

そのツイートを見た250万人のフォロワーは「今度の特殊任務も成功だ」「タケロフは今日から俺たちのセックスシンボルだ」「後藤は俺たちのロッキーだ」などと賞賛したのだった。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。