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ムシウタ。夢蕩かす弾丸

原作: その他 (原作:ムシウタ。) 作者: ザジデン
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“むいか”

 突如日本に現れた「虫」は新たな都市伝説になった。夢を持つ少年少女に憑りつき、夢を喰らう。そして、喰らわれた者は廃人と化す、と。不安におぼれる人達は、誰が虫憑きであるか怯えるように生きている。だって、そうだろう。昨日までの友が、いきなり人ではない力を持ってしまったらどうだろう。あるものは怯え、あるものは嫌うだろう。きらうまでならまだ優しい方だ、すっぱりと世界から断絶させられてしまうのだ。

 虫憑きになってしまった者の末路は、決まっている。

 人ではなくなってしまうのだから。



「一号同士の戦いっておそろしいわね、すみちゃん」

「だな。どうだ? 人影は見えるか?」

 暗視スコープをかけた女に、運転席から男が話しかける。天井が明けられるタイプの車から身を乗り出し、女が廃墟と化した街並みを見下ろしている。

「だめっぽいね。そもそも、一号同士で、片っぽが成虫化してるんだもん。こんな中で生き残れっていう方が、無理だと思うよ」

 激しい爆発がいくつも起こっている現場には黒い煙がいくつも立ち上り、先程まで行われていた戦闘の激しさを物語っていた。一号指定、虫憑き性質のランクの最上位をなすそれは、最強の名にふさわしい。論外の強さを持つ者同士が死力を尽くして争っていたのだから、町が廃墟になるのは至極当然と言ってもいいだろう。

「これのデータを持って帰るだけだなんて、変な任務もあったもんだ」

 どこか物憂げな表情をしている男が、ハンドルに身を預けた。すみちゃん、と呼ばれているにしては、どこか老けた風体をしている。くたびれたような格好をしているだけではないような感じである。

「さて、帰ろうか。できれば、むしばねの残党にも会いたくないし。まして、他の特環の人達にも会いたくないし」

 女が車内に滑り込むと、男をせかした。男は慣れた手つきで車を走らせる。まだこちらまでは戦闘の爪痕は残っていないようで、滑り出すように車が動き出した。高速道路に乗ろうとしている時に、男は女の方を振り返らずに行った。

「じゃ、いつもの頼むわ」

「あいあい」

 女はそういうと、右肩を揺らした。すると、女の背景がぐにゃりと歪み、中から白い物体がのそりと現れた。

「出なさい、かくれほ」

 空間から現れたのは、大きなハナカマキリだった。ハナカマキリが車の頂上に上ると、鎌を振った。

 すると、車ごと暗闇に溶けるように姿を消した。



 彼女の名は八尋六花。南中央支部所属の八号虫憑き、そして、コードネームは“むいか”。ついている虫はハナカマキリ、能力は透過能力。これはハナカマキリの特徴にも合致している。ハナカマキリはその名の通り、ラン科の植物に擬態し、得物を捕食する。六花のハナカマキリもその能力を引き継ぎ、憑りつくものを“無いもの”として扱うことができた。

「さて、そろそろ県境だぜ」

「はいはーい」

 六花はそういうと、後部座席で丸くなった。長身の体では、シートに収まらず、はみ出てしまう。

「すみちゃん後で起こしてねー」

 男はあいよ、というなり運転に戻ってしまう。

「俺は警察官なんだぞ。なんで、特環と行動しなきゃなんないんだ」

 男の名は坂本純。警察組織に属しながらも、六花とバディを組み、行動を共にしている青年である。表向きは存在しないとされている虫憑きを実在するものとして知っている稀有な存在でもある。六花と行動するようになって、早2年が過ぎようとしているものの、六花の虫の能力には驚かされるばかりだ。映画に出てきた透明人間ではないか。六花はまだ、自分の能力をすべて開示しているようには見えなかった。

「不気味だな」

 六花に聞こえないように純はつぶやいた。六花と行動しているのにはわけがある。それは、六花の虫には探知能力がついているからである。ただ、これ虫だけではなく人間に対しても探知能力を持っているので、指名手配犯に対する探知が行えるのである。それを見込んだ警察組織が特環から六花を指名し、連れてきたのである。虫月の虫は、隠すこともできるようで、だから普段は六花も警察官として働いている。だが、こうやって、多くの追跡任務を特環との協力で行っているのである。

 今回の任務は少し特殊だった。

「一号指定同士の戦い、か」

 一号の“かっこう”と“ななほし”との戦い。それは、筆舌につくしがたい。むしばねの壊滅を狙った今回の戦いは、熾烈を極めていた。決着がついた今でも、体の震えが止まらない。六花の虫の力が無かったら、ここにはいなかった。

 眠りについた街並みを横目に見ながら、純は後ろで眠る六花を見ていた。そういえば、虫憑きは夢を持つ人間がなるものだと言っていた。六花は何を虫に願ったのだろうか。ついぞ聞いたことのない疑問だった。準は怖いものみたさで聞きたくなったが、きっと答えはしないだろう。彼女は虫の力を使い5年間も特環からもむしばねからも逃げ続けたのだから。

 俺は虫憑きにはならないだろうな、と純は思った。

 

――― 自分の夢はもうないのだから。
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