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鍵を拾った少年

ジャンル: ホラー 作者: ファンシーホラー
目次

第二十三話

「えっと………」
少年の笑顔が、かさついていく。わざと作った笑顔なのだ、時間の経過と共に、崩れていく。
その隣を、何もなかったかのように、女の子は寝ぼけ状態で通り過ぎる。
質問の意図が理解できないのか、そもそも寝ぼけて、自分のことを見ていないのか。
間違いなく、後者だ。
役目は終わった。
そう確信したかのように、扉の前にいた。
そして、こちらを見る。
まだ半分、眠っておいでだ。
「………えっとね、あの本を、誰かに渡されたのかな」
「頼む、教えてくれ。俺たちに何を伝えたい?」
玄関で待機していた友人と先輩が、扉の前の女の子に尋ねる。
しかし、振り向く様子もなく、これは完全に、眠りながらの行動だ。
小さな子供に、こちら側の要求を通すことなど、不可能なのだ。
そして、女の子の要求は、呑まねばなるまい。
「………学校に行ったら、バカ力にきいてみるしか、ないですね」
少年は、主に先輩に向かって、訊ねる。
すでに青い鍵を手にしていた。
女の子は、それが当然のように扉を押している。鍵がないと戻れないと知っているはずなのに、ずいぶんと油断している。
「放課後『転校生』のところに行くって手も、あるっスね」
友人も、先輩に同意を求める。
もはや、そうしかないと。
扉は、開いた。
女の子は、挨拶することなく、くぐっていく。
「にゃぁあああ、ごぉおおお」
うれしそうな、猫の声だけが、扉の向こうから届いてきた。

体育倉庫、再び。
「いやぁ、朝から感心なことだ。昨日の忍び込みへの反省が、しっかりと出来ている証で、先生はうれしいぞ」
げんなりと、少年たちは重労働をしていた。
お話があると、朝の登校時間の最も早い時間帯に、学校についたのだ。
門番のように、いつも正門にいる体育教師も、学校に着いたばかり。どうやら遅刻を見張る役割であったようで、いつも正門にいるわけではないらしい。
一刻も早く、もたらされた本について相談したかった。そのために、危険を冒したのだ。
危険は、現実のものとなっていた。
「あぁ、そのボール入れはさび付いているから、注意しろぉ~」
今は、授業の準備を手伝わされていた。
着替えの体育服を持ってきていたが、使う事になるとは思っていなかった。

同じころ、アパートの管理人の老人は、紙の束を手にしていた。
朝の畑仕事もひと段落就いた。ゆっくりしていい時間帯だ。
すす切れたタオルを首から下げた老人は、ぼろぼろの床板に、胡坐を書いていた。
糸で縛った書類の束だった。
『扉』について。
頭には、そう書かれていた。

――私が子供の頃から親しんできたそれは、世間一般では、怪奇現象に分類することだと分かったのは、ずいぶんと後のことだった。父にしかられた理由も分からず、その後もこっそりと向かっていたほどだ。
学校に通い、歴史を学ぶにつけ、父の正しさを理解できるようになっていた。
そして同時に、間違っていると思うようになった。『第四資料室』の噂を耳にした事で、その気持ちは強くなった。
だが、驚くべきことに、父は扉を守る側だった。
調べていくうちに、父はとうとう私に『第四資料室』の秘密を明かしてくれた。
『扉』は一つではなかった。あの子に仲間がたくさんいた、その時はとてもうれしかった。
そして、その子と『転校生』として知られる彼が『扉』を守る番人と言う仮説を立てた。
とある体育教師と、その甥(おい)の新入生との出会いが、決定的だった。
こちら側と、あちら側。
学校卒業を前に、学校中の全ての教室に入る。それを目標とする生徒もいたが、私はおそらく、間違いなくその子を上回っただろう。裏の姿まで知っているのだから。
そして同時に、私は今の世界のいびつさを改めて認識、政府が私たちを守ろうとしているのは分かるが、それは強引なやり口だ。
なかったことにして、身を隠しているに過ぎない。しかし、その選択をした祖先に、その祖先が作った世界に生きる私たちが、それを壊し、元に戻すのは大変だ。
だから、矛盾するようだが、私は先人に倣(なら)うことにした。
そう、『転校生』の彼が友人と呼ぶ『アイツ』
何十年も前に、扉をくぐった少年だ。父と同級生を少年と呼ぶのはいささかおかしい気持ちだったが、もしかすると………
私は、あちら側に行くことにする。父は間違いなく反対するが、父はこちらで扉を守るなら、私は向こうでがんばってみるつもりなのだ。
親不孝は自覚しているが、きっとそうすべきなのだと、信じている。
いつか、父が分かってくれることもだ。
『第四資料室』の噂を守っているのだから――

老人は、静かに資料を閉じた。
紐で閉じられた、本にもなっていない、紙の束だ。
だが、大切に戸棚にしまわれている。娘が残した、誰かに残した資料なのだ。あるいは『第四資料室』に寄贈したほうがいいとも思うが、あちらで読むのは、『転校生』だけである。
それより、こちら側で、世界のもう一つの姿に気付いた誰かが現れるのを、待ったほうがいい。
そう思いながら、守ってきたのだ。
今のところは、数えるほどであっても、たった一人『第四資料室』にいる場所に置くよりも、より多くの目に触れたと、言えるだろう。
夕方、その続きが訪れた。

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