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鍵を拾った少年

ジャンル: ホラー 作者: ファンシーホラー
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第二十一話


「おっ、そぉ~いっ!」
女の子が、お怒りだった。
フード付きのマントが、激しく揺らめいていた。
「にゃぁああああごぉおおおっ」
化け猫も、ついでにお怒りだ。
女の子の怒りは、化け猫の怒りでもあったようだ。
『ダマ』は、飼い主思いの、いい猫のようだ。
少年が、疲労困憊で部屋に戻ったのは、結局いつもより遅い時間であった。
体育教師殿のご温情で、珍しく外食と言う贅沢を味わえたのだが、財布の中身は察して然るべしである。
最も、自分たちのさもしい食事に比べれば、やはり少しは贅沢だった。
そもそも、仕送りと支給される食券が命綱の学生たちである。感謝の言葉は、決して社交辞令ではなかった。
と、言うわけで、部屋に帰宅した時点で、いつもより少し遅い時間だったのだ。
そして、青い扉が、表れていた。
そして………お怒りだった。
「ごめんって、『第四資料室』のお兄さんに聞かなかった?今日は僕たち、神官の子孫の人とちょっとお話してたんだ。こっちの話だから、ネ、許して」
少年は思った。
ついでに、ここに体育教師を連れて繰ればよかったと。
何も、接待してやろうと言うつもりはない。いいや、接待するという言葉は、あながち間違いではない。
ただし、少年がお迎えするのではない。部屋に入る早々、青い扉の向こうへと、ご案内すればいいのだ。
そうすれば、『ダマ』という、大変、大変可愛らしい化け猫が、大喜びでじゃれ付いてくれるに違いない。
本当に、そうできればよかった。
代わりにじゃれ付かれているのは、少年であった。
「ぐへぇ………ホント、許して………人間って、やわなの、おねがい………」
もちろん、分かっている。
工事用のつるはし並みにごつい爪は、しっかりとしまわれている。もしも指一本でも爪が出ていれば、たやすく少年のはらわたを引き裂けるのだ。
すなわち、これはお遊びである。
クマの倍のサイズの化け猫が両手で少年を組み伏せているのだ、それでも十分な重量ではあったが………
「遊べる時間はちょっとだけなんだからね、分かってるのっ」
お姉さんぶっている女の子に、お怒りの化け猫の『ダマ』
少年はただ一言、お返事をした。
「ぐへぇ………」

一方その頃、アパートの管理人の部屋。
「ご無沙汰しています」
体育教師が、生徒を見送ったついでに立ち寄ったのだ。
立ち寄るにしては、ずいぶんと遠出をしたものだ、管理人の老人の家は、町外れだ。
しかし、話さねばならないと決断したのだ。
表向きは体育教師であるが、裏の顔は、神官の末裔である。
そしてまた、学生アパートの管理人の老人とは、顔見知りである。
「ずいぶん久しぶりだ………会わないほうがいいと、オレは思うがね」
小さな明り一つをはさんで、向かい合っていた。
裏口と言うか、庭からがさがさと、現れたのだ。予期していたのかもしれない、老人はロウソクを一本、縁側に立てていたのだ。
「本日は、お宅で預かっている三人の学生に罰当番をさせ、がんばった褒美として外食に付き合わせた。その報告と言うわけです。世間的に、問題ありません」
考えあってのことだったようだ。
部屋には、体育教師の見慣れた絵が、多くあった。
知り合いになった経緯は、もちろん怪奇現象である。そして、自らの一族の秘密と、関わってしまった人の秘密。秘密を守る者同志として、頼もしく思いながら、残念ながら、交流はしていない。
強いつながりがあれば、気付かれるからだ。
こちらでは、怪奇現象など、子供が怖がるだけの物語でなければ、ならないからだ。
「先輩の行方、あの子達も心配してくれました。特に一人、今回鍵を拾った少年などは、追いかけて行きそうで、不安です」
少年たちが聞けば、腰を抜かすだろう。体育教師の言葉は、神官として出なく、正に教師としての言葉であった。
「オレも感じていた。こうならんように、お前のおじに協力してもらい、学校の怪談と言う形に納めてもらったんだがなぁ………わざわざ」
静かに、目を瞑った。
その手には、昼間少年たちに見せた資料があった。
それは、願いが詰まったものだった。
心配のあまり、一方的に叱り飛ばした父親が、ようやく娘の進みたい道を、娘が作りたい未来を認めかけている。
手遅れに過ぎ、もう二度と、語り合うことも出来ないと、後悔の日々であった。
「大人の決めたルールに縛られるな。思春期真っ盛りの、学生が言いそうなセリフです。誰も本気に取らず、そして、その裏など知りようもない。世界に隠された色々など、上のほうでも、多分知らんでしょう。ただの伝承を恐れる老人のたわごとだとね」
その、老人と言う分類の管理人は、低く笑った。
愉快そうに、心底、愉快そうに笑った。
「人間とは、そういうものよ。その時の流行、気分でいくらでも過ちを犯すものだ」
その言葉は、自分に向けられたものであった。
同時に、今を作った全てにむけられた言葉でもあった。
「だが、娘は違う、君もだ、そして、後に続く少年たち………娘のように、遠くに行かないようにしたのにな。怪談に、つまらない真相。興味をなくして、ただ平凡に。これもまた、大人の勝手だったのかもなぁ………」
またも、笑った。
口では様々に言いながら、やはり頼もしく、うれしいのだろう。
体育教師も、もはや大人の側である。しかし、守られた側であり、受け継ぐ側でもある。
「私は見守るだけですよ。役割としても、教師としても………」
その後、もう少しだけ言葉を交わして、短い階段は、お開きとなった。
校則を破った生徒の、今の保護者への説明なのだ。あまり長居をしても、迷惑と言うのが世間体である。
つまらないと思いながら、そうした色々に隠れ、生き延びてきたのだ。
あちらでも、こちらでも。

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