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鍵を拾った少年

ジャンル: ホラー 作者: ファンシーホラー
目次

第十七話


老人は、絵を見つめていた。
絵が、いっぱい飾ってあったのだ。子供の落書きのようなものから、自分たち年代の学生が描いたようなものまで、様々だ。
「オレが以前伝えた『第四資料室』の話もそうだ。関わりすぎちゃ、こっちに戻ってこれなくなる。だから、教えなきゃならねぇ。さもなきゃ、知らずに深みにはまるヤツが出てくる。まぁ、関わっちまうやつには、関係のない話かもしれんがな」
少年は、自分の事だと思った。
すでに、一人寂しく、遊び相手に飢えていた少女のわがままに応え続けている。
『転校生』は、適度な距離をとろうとしていたが、女の子は違っていた。
どちらが怪奇現象との正しい付き合い方であるのか、老人の語り口だと、『転校生』の態度が、正解のようだ。
そして、少年はすでに、向こう側に傾きすぎている。
少年は、迷いながらも、訊ねた。
思い当たる節があるのだ。
おっきくなったと、女の子が言っていた。
「娘さん………向こうから、帰ってこなかったんですか。大人になっても、ずっと………」
一枚の絵が、飛び込んできた。
小さな子供の落書きだが、なぜか、分かった。
あのフード付きマントの女の子と、猫の『ダマ』と、そして――
そこに、猫があくびをした。
四度目の逃走は、何とか少年は耐えた。
「その絵の猫、もしかしてダマって、名前じゃないですか。向こうで出会った猫なんです。でっかいクマよりでかい猫で。見た目はその猫と一緒の模様で――」
老人の目が、見開いた。
初めて、はっきりと感情が現れた気がした。
そして、うっすらと目が細められた。
「そっか、ダマは、化け猫になってやがったか………娘が、どこかで迷子になったって、散々泣いてたんだが………そっか、そっか………」
勝手に、あちらに行っていたらしい。
落書きのような絵を描く年頃なら、確かに、あの女の子とは、気が合いそうだ。
最初の頃の絵を見ると、猫と二人の女の子の絵があった。
少年のよく知る、化け猫だった。
「この扉の絵なんか傷の位置まで………しっかりスケッチしてるな。美術部のやつらでも無理だ。もう、大人がしっかり考えて描いた絵って感じだ」
先輩が、部屋のあちこちに張られている目を、見て回っていた。
ついでに、少年たちも一枚一枚、観察し始めた。
管理人の部屋に飾られている絵は、作者がばらばらに見えた。様々な資料を集めたのかと、『第四資料室』を思い出したが、違っていた。
全て、管理人の老人の娘が書いたものだった。
「娘はな、気付けばあっちに行っていたんだ。気付いたのは、絵を見せられたときだ。最初は、近所の子のことを描いたんだとか、絵本の話だとか、思ってた………マヌケだよなぁ」
常識で考えれば、間抜けと言うことはできない。しかし、管理人の老人は、あちら側について、知っていたのだ。
気付くべきだったと、後悔していた。
「やっとあっちの風景だって分かったのは、青い扉の絵を見た時だ。それでも最初は偶然だって思い込んで………そしたら、赤い扉とセットの絵があった。間違いないってな」
大喧嘩をしたらしい。
親としては、帰ってこれない場所に、娘が遊びに行っているのだ。それは心配もするし、叱るだろう。
しかし、それがまずかったらしい。あちらに家出したことがあるのだ。
『ダマ』が行方不明になったのも、その頃だという。
「あっちの子に機嫌を損ねられて、娘を返してもらえなくなる。その可能性もあったからな。どっちにしても、娘は向こうに行っちまったんじゃないか、そう思う」
幼いうちは、危ないことが分からないのだ。だから大人は大変なのだが、その枠が、世間一般の常識を外れた、あちら側にまで、広がっていたのだ。
さぞ、心配しただろう。
しかし、少年があちら側とわずかながら、交流を持ち始めている。娘さんにも起こった心境の変化のはずだ。
大人になるにつけ、常識を身に付けるにつけ、その思いは強まったかもしれない。
歴史のお勉強など、決定的だろう。
かつてはたくさんあった通り道が、神殿が、全てつぶされた。
なぜなのかと、怒りがわいたはずだ。
そして生まれた新たな扉を、どれほど大切に思っていたか。
「世界の本当の姿を知りたいって、大きくなったら世界を見て回るって、その世界ってのが、あっち側だったんだ。そんで、二十年前だよ、いなくなったのは」
『転校生』の友人である『アイツ』の知り合いでもある老人が、過去の出来事を守り、伝える理由は、もしかすればそれかもしれない。
あちら側とのかかわりを守る。そういうと大げさだが、大切な娘との、最後の絆だとすれば、理解できる。
告白する老人の姿は、後悔した父親の姿だった。
この部屋には、たくさんの絵が飾られていた。
長く飾っているのだろう、かなりくすんでいたり、日に焼けて、元の色がほぼ失われている。それほど大切なのか、それほど、常にそばに置いておきたいものなのか。
後悔したからこそ、思い出に浸るのかもしれない。
「夢みたいな話は、子供のころだけにしていろ、そう言っちまった」
どうやらまた、一方的に叱りつけたようだ。
ゆっくりと立ち上がると、戸棚から、一冊のファイルを取り出した。
学生時代から集めた資料、手書きも含まれていて、年々文字の書き方が変化して、どこか他人の日記を盗み見る後ろめたさがあった。
内容は難しかったが、初期の文書は、自分たち年代の少女の文字だった。
この頃には、すでに進路は決めていたようだった。

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