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鍵を拾った少年

ジャンル: ホラー 作者: ファンシーホラー
目次

第十五話


畑のあぜ道から、老人の家の裏庭に入った。
表と違って垣根はなく、どこまでが庭なのか、判断しかねた。
その判断を必要としない生き物が、一言。
「にゃ~………」
少年は、駆け出した。
今朝で、三度目で逢った。
「………すみません、あいつ、ちょっと………」
「おぉ~い、もどってこぉ~い」
先輩は、平謝りしていた。
友人は、バカにしていた。
しかし、少年がその様子に気付くまで、距離を必要としていた。
瞬時に猫に追いつかれない距離、最短十メートルであった。
その様子を見ていた老人は、さして気にする様子もなく、縁側に座る。
猫は、当然のごとく、その老人のひざの上に座った。
飼い猫なのだろうか、しかし、訊ねるべき質問は、他にあった。
「先ほど、あいつが言おうとした話です。アパートに代々伝わる、『第四資料室』の真相の、更に先の話が………」
先輩が、言いよどんでいる。
老人のひざの上で、猫はおとなしくしている。
そう気付いた少年が、恐る恐る戻ってきたところであった。
少年が戻ってきたところで、先輩は続けた。
「お前から説明したほうがいいだろう、青い扉を最初にくぐったの、お前なんだから」
少年は、うなずいた。
そして、懐から、古びた鍵を取り出した。
骨董品、あるいはゴミとして処分されてもおかしくない、鍵だった。青い塗装もはげ始めている、鉄の棒の先に、丸いわっかのついた、かなり古いタイプの鍵だった。
老人は、感情の読み取れない顔で、鍵を見つめていた。
懐かしさ、あるいは恐れでもいい、何か顔に出ていれば話も進むのだが、何も読み取れないのだ。
不安を覚え、少年は、先輩が促したように、説明することにした。
「満月の夜………これを拾ったんです。妙に気になって、気付いたら懐に入れて……」
老人は、先ほどと違い、話をさえぎろうとはしなかった。
分かりにくい老人だが、話を聞いてやると、言っている。
少年は、そう受け取った。
「帰ると、洗面所の扉が、ごっつい古い扉になっていたんです。この鍵を差し込んだら、女の子がいる森の中になって。森って言うか、草原って言うか………」
言葉は、あまり多く知らない。
発表会など、縁もない。
まだ、十三歳の少年では、ここが説明の限界だった。
だが、老人には十分であった。
視線を、室内に移した。
ざっと、見回しているような仕草に、少年たちも、その視線を追ってみた。
板張りの、古い民家の哀愁が漂っていた。一人住まう老人の寂しさが、醸し出されるといった方がいいかもしれない。清潔さは保たれているようだが、自分たちのオンボロアパートよりもみじめな板張りの床だった。光沢はとっくに消え失せ、腐っている恐れのある場所が、ちらほらとしていた。寝具はたたまれ、食器は一人前が、その隣で寂し気だった。
にぎやかだったのは、絵だった。
それも、所狭しと、たくさん張られていた。
気付かなかったのが、不思議であった。
素人の作品でありながら、それは扉の絵であった。
いいや、扉だけではない、子供の姿に、森の風景画などが、ちらほらと張られていた。
少年にとって、よく知る風景がいくつも描かれていた。
『第四資料室』の窓から外を見たと思われる風景画も、あった。そして、それ以外に、少年の知らない風景も、数多く描かれていた。これから見るであろう風景かもしれない。
「やっぱり………管理人さんも………」
少年は、怪奇現象の歴史は、思ったよりも古いのではないかと思い始めた。
あるいは、ずっと長く、隠されて受け継がれてきたのかと。
「いいや、俺は拾ってない。友人がたまたま、『第四資料室』の扉を開けちまっただけだ。それが思えば、始まりだったんだな……」
老人は、おもむろに話し出した。
学生アパートが、まだ学生に開放される前の話。
貧しい一家が、新築のアパートに越してきた話。
そして、そのアパートが立つ前の、壊されたおんぼろの神殿の話だった。
話は、今は老人となった管理人が、かつて学生だった頃に遡る。
とはいっても、五十年前に友人が怪奇現象に巻き込まれ、友人であったために、その様子を最前列で見つめていただけ、と言うことらしい。
「今は旧校舎になってるんだっけなぁ、俺らが学生だった頃は、現役だったんだが………」
まずは、自らが体験した『第四資料室』の話を、してくれた。
もはや覚えていないらしいが、何かを言いつけられ、遅くなったという。
そして『アイツ』事、今は老人の管理人の友人と共に、薄暗くなった後者を、歩いていた。
すると『アイツ』が、唐突に、行ってみようと言ったのだ。
「わずかな間で、学校中を知り尽くせるわけはねぇ、普段は教師か、委員会に所属しない限り近づかない場所なら、特にだ。だが、そいつはなぜか、それに気付いた」
それが、『第四資料室』だという。
「話の始まりなんざ、きっと誰も知らねぇだろうな………」
老人は、自らが管理する学生アパートの方向を、見ていた。
かつて、学生時代の自分も住まっていた場所である。
一家そろって、管理人として住まった場所。そしてその地位を受け継いで、今は学生アパートの管理人である。
そして住まった学生に、『第四資料室』の真相を、こっそりと教えていたという。こわもてに見えて、実は茶目っ気のあるご老人だと、思われたらしい。
真相など、誰も本気にしない。子供に怪談話をしていると、思われたと。
学生たちが抱く感想は、せいぜいそこまでだろう。
少年たちは感じた。
この老人は、伝承の継承者だと。

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