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鍵を拾った少年

ジャンル: ホラー 作者: ファンシーホラー
目次

第三話


少年は、赤い塗装の、古い鍵を手にしていた。
月明かりの下の、不思議な古びた鍵との出会いを思い出していた。
だが、違うものだと、なぜか分かった。
色が、違うからだった。
少年が月明かりの下で拾った鍵は、青かった。
そしてこの鍵は、赤色だった。
「………鍵………」
ゆっくりと、立ち上がる。
そして振り返り、向かい合う。
自分と反対側を探していた、少女に訊ねた。
改めて、恐怖がよみがえってくる。
かけられた声は、可愛らしいものであった。
男の子でも、おとなしい子であれば、女の子と間違えられることはある。
どのみち、可愛いと分類してよい声であった。
しかし、恐怖はよみがえっていた。
少年は、あの目深にかぶったフードの下を、知らない。
子供の頃に恐怖した、御伽噺がよみがえる。
思い出さないでくれ。
自分で自分に懇願しても、もう遅い。
森の中の魔女。
森の中の悪魔。
森で出会った、怪物。
怖いものは、全て森にいるのだ。
そして、ここも森である。
少年は、恐る恐る、少女の反応を待つしか出来なかった。
「………鍵………見つけたんだけど………」
改めて、少年は少女に訊ねる。
幼い少女の反応など、予想できない。
もしも、フードの下に隠れていた顔が、人間のものでなければ、どうしよう。
しかし、少女はもう、手の届く場所にいた。
少年は、そっと手を差し出す。
手にしたものを、見せるためだ。
そのまま、差し出された手を食いちぎられる恐怖に、震えながら。
そのまま、差し出された手を強く握り締められ、どこかに連れさられる予感におびえながら。
しかし、予想は裏切られた。
幸いにして。
「………?」
少年は、少女の行動を理解するまでに、しばし時間を要した。
じっと、少女の姿を見つめる。
四歳から、六歳。
少なくとも、一人で森にいることはありえない年齢である。
迷子になったのなら、大慌てで帰り道を探さねばならない。
そして、迷子なのは自分であった。
混乱と困惑と恐怖と、少年の思考力を奪う様々によって、少女の行動を理解するまでに、たっぷりと時間を必要とした。
しかし、少女は忍耐強かった。
じっと、その姿勢を崩さなかった。
少女は、指を刺していたのだ。
その方向が、自分の後ろだと、やっと気付いた。
「あっ!」
そこには、扉があった。
あの懐かしい、分厚い、古い扉。
扉のこちら側なのだろう、つくりは同じようで、少し違っていた。
赤色だった。
それしか手はないと、少年は大急ぎで、扉に鍵を差し込む。
感慨に浸っていれば、また消える予感があったためだ。
しかし――
「よかった」
この感想は、少年のものだった。
しかし少年は、この感想を口にしていない。
この言葉は、少女のものだった。
「………」
鍵をさしたまま、少年は振り返りながら、扉を開けていた。
帰れるのだ。
ならばと、好奇心が鎌首をもたげていたのだ。
少女は、なぜ、少年に代わって『よかった』――と、言ったのか。
あのフードの下にあるのは、いったい何か。少女は、あいさつのためだろうか、フードに手を触れていた。顔を見せてのご挨拶という、礼儀の正しい女の子のようだ。
だが、おびえた。
牙だらけで、顔がない怪物の顔が、浮かんできた。
想像力豊かな自分を、殴りたかった。
「またね」
少女は、にこやかに手をふっていた。
フードを外した、その中にあったのは、かわいらしい顔だった。
つぶらな瞳は、こちらの警戒心を瞬時に奪い取るほど、にっこりと細められていた。
探し物を見つけたという、安堵の表情だろうか。
「………え?」
早く戻りたい。
その一身で、少年は扉を潜り抜けていた。
気付くと、あの重厚な扉の代わりに、いつもの薄い、洗面所の扉があった。
夢でも見ていたのか。
少年は、恐る恐る、洗面所の扉を押してみる。
先ほどの扉と同じ角度の、半開きであったのだ。
もし、あの可愛らしい少女の笑顔が、まだそこにあったのなら………
可愛らしい笑顔。
その感想には、文句はない。
しかし、いるはずのないものがそこにいれば、恐怖の対象である。
「………開けるよ」
誰に許可を求めているのだろう。
そして、許可を得るにしては遅すぎる、すでに手は扉を押しているのだ。
ギギギ――という、いつもの立て付けの悪い音をして、扉は開いた。
そこには、ひび割れた洗面台の上に、半分姿を失った、小さな鏡があった。
粘着テープで補強され、風化して、それは懐かしい風景だった。
安堵したことで、幼い少女の言葉を思い出す。
「………またね?」
少年は、自らの手を見てみた。
見ないと分からないのか。自分に訊ねてみたかったが、あの鍵があった。
決して手放してはならないが、二度と使いたくない。それは、この扉を向こう側に導いた鍵であった。
こちら側に来るためには、あちら側の鍵が必要であったようだ。
見つけられて、本当によかったと、思った。
こっちに来ることが出来たのだから。
こっちに………
「………………またね………」
少年は、扉のあちら側の鍵は、どうなったのかと、気になり始めた。
気になったところで、またこの薄い洗面所の扉が、あの重厚な古い扉に替わって欲しいとも、思わない。
これは、二つとも満月になった月たちが見せた幻に違いないと。
そう信じ込むことにした。
しばらくして、少年はいつもよりずっと早く、布団をかぶっていた。
アレは夢だ、夢だったんだ。
そう、自分は夢を見ていたのだと。
なお、洗面所の扉は、しっかりとカバンや辞書などの重量物で、閉まらないようにしてあった。古い洗面所から、かすかに漂う異臭が、今はむしろ心地よかった。
あの森の草原の、鼻をくすぐる草の香りが戻らないことを願いながら、夢の中に落ちようとしていた。
便所掃除の夢であろうと、あの草原の夢よりも、ずっといいと。
そう思いながら、少女がにっこりと、『またね』――と、微笑みかけた理由が、気になり始めていた。
怪奇現象の一日目は、こうして終わった。

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