ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

鍵を拾った少年

ジャンル: ホラー 作者: ファンシーホラー
目次

第二話


扉を開けると、そこはいつもの洗面所だった。
そんな淡い期待は、吹き飛んでいた。
そこは、草原だった。
正しくは、森の中だった。
風が、癖のある灰色の髪の毛を、少し揺らした。
カビの匂いと排水溝の匂いがするべき洗面所では、なかった。
代わりに草の香りを含んだ、新鮮な空気が灰を満たしていく。森にポツリと少しだけ拓かれた、そういう場所だった。
少年は、すでに扉から手を離していた。
古びた扉の癖に、ちょっと押しただけで、すっと自然に開いていったのだ。
少年は、立ち尽くしていた。
先輩達のイタズラだという期待は、消えていた。
怪奇現象に巻き込まれたのだという自覚が、ようやく生まれた。
鍵を拾うのではなかった。
そんな後悔さえ、生まれていなかった。
いつ、鍵を拾ったのか。
その記憶があいまいになっていく。
何気ない行動。
それが答えかもしれないと、自分の中の自分は、冷静に考える。
一方、現実の自分は、無意識のままに、一歩を踏み出していた。
狭い洗面所のはずなのに、その一歩を踏み出した先は狭く、広々とした森の中であった。
「――て」
少年の声ではない。
誰かに、声をかけられた。
ぎょっとして、振り返る。
少女がいた。
少年の胸元にも届かないだろう、幼い少女だった。
なぜ気付かなかったのか。
理由は、簡単だ。
少女は、少年の後ろにいたからだ。
ここでようやく、我に返る。
「あっ――」
振り向くと、確かにここにあったはずの扉が、消えていた。
あれほどごっついものが、跡形もなく、すっと消えていた。
代わりに、少女がいた。
声は届くが、小走りで近づいたほうがいいほど、距離がある。
およそ、四メートル。
何か助けを求めようと、すぐに駆け出そうか。
しかし、唖然と立ち尽くす少年。
そこに、再び声がした。
「探して………一緒に………ねぇ、ねぇ――」
これが、足元にいたのなら、少年は恐怖で走り出しただろう。
あるいは、気を失ったか。
しかし、少女は少し離れた場所にいた。
おかげで、少女の姿を観察する余裕があった。
古びたマントを羽織っていた。
フードつきであり、目深にかぶっていれば、顔も見えない。
女の子だと思った理由は、そのフードから垂れ下がる髪の毛の長さ。
あとは、スカート。
しばし見ていると、少女はしゃがみこんだ。
そして、地面に手を置いて、何かを探し始めた。
そういえば、少女は自分に頼みごとをしていたのだ。
ようやく、返事をすべきだったと思い至る。
そして、後悔する。
会話の機会を失えば、取り戻すのは困難なのだ。
先ほど、少女が懸命に話しかけようとしたときに、少年は唖然としていただけである。
しまった。
少年は、そう思ったが、もはや何も出来なかった。
幼い少女は、少年に声をかけるのをあきらめたように、一人もくもくと、探し続けていた。
何を。
それを、今、訊けばいい。
今すぐ、訊くべきだ。
そう思いながら、時間は一秒、二秒と、過ぎていく。
呆然と立ち尽くして、すでに十秒以上が、経過していた。
そして、扉は消えたままであった。
「………、………――」
少年は、何かを口に仕掛けて、言いよどむ。
今更、何を訊ねることも出来ない。
そっと、周りを見渡してみた。
少女を驚かせないためだろうか、あるいは、機嫌を損ねないためだろうか、首を軽く右に、左にと動かすだけだった。
森と言うか、林と言うか、木々に覆われた空間だった。
この時間の森の中にしては明るい気がするのだが、空を見上げる勇気はなかった。
今は、夜に近い夕方のはずだ。
それにしては、明るくないか。
月明かりのせいだ。
本当に、自分の知っている月か。
もしも、月の数が自分の記憶と違っていたら、どうする。
いや、すでに自室から森の草原に迷い込んでいるのだ。
これは、怪奇現象だ。
少年は、うつむいた。
少女のように、気付けばしゃがんでいた。
今日は、ぼんやりとしすぎだ。
自分で自分を叱りながら、少女のように、何かを探し始めた。
草むらに、手を置いた。
とたんに、毒虫が這い上がるかもしれない。そんな恐怖がわきあがったが、意外なことに、帰ってきた触感は、心地よいと分類してよいものであった。
そっと触れる草の触感は、トゲトゲしていなく、鋭くもない。
今更であるが、自分が靴下だけだと、思い出す。
靴を脱いで、この部屋………と言うか、不思議な場所に足を踏み入れているのだ。足の裏で、すでにこの草原の触感を味わったのではないのか。
動揺すると、周囲が見えなくなる証だった。
自分のことすら、分からなくなる証だった。
それを、少年は実感していた。
恐怖、困惑、混乱。
自分の中の自分が、必死に今の状況を整理しようとしながら、手は、何かを探していた。
女の子の探し物とは、なんだろう。
少年は、思いつく可能性を上げつつ、ゆっくりと前に進む。
ぬいぐるみ。
草むらは、深くない。
なら、小さなぬいぐるみ。
手探りで探すほど、小さなものなのか。
なら、宝石?
子供が持っているものか。
では、何?
少年は、自分で自分に問答を仕掛けながら、思いあたることがあった。
「………鍵?」
手にしていた。
あるいは、手にしてしまっていた。
それは、少年が月明かりの下、偶然拾っていたあの鍵に似ていた。
鉄の棒の先にわっかの付いた、粗野な、古いタイプのカギであった。
塗装もはげかけている。
ただし、色は赤色だった。

目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。