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鍵を拾った少年

ジャンル: ホラー 作者: ファンシーホラー
目次

第一話

学校からの、少し遅めの帰宅の途中だった。
「鍵?」
少年は、じっとそれを見ていた。
癖のある灰色のショートヘアーの十三歳の学生さんだ。
それは、古びた鍵だった。
夜道を歩いていると、月明かりの下に、ポツリと落ちていたのだ。
妙な鍵だった。
少年は、不思議に思った。
普段なら気付くことすらないそれが、妙に気になったのだ。
それは、少年の手のひらくらい、大きな鍵だった。
原始的なつくりで、今時骨董店か、よほど古い家でしか、用はない一品だった。
その程度の知識は、少年は有していた。
ここで、少年はようやく気付く。
自分が、ずっと鍵のそばで、たたずんでいる事に。
月明かりに照らされた、古びた鍵から、目が離せなくなっていたのだ。
青い色の、少しさび付いた鍵。細い鉄の棒切れに、わっかがついたような粗野なつくり。
すぐに立ち去ろう。
少年の中で、自分が警告する。
特に、何かを感じ取ったとか、そういうわけではなかった。
ただ、帰ろうと。
しかし………
「変なの………」
少年は、鍵を拾ってしまった。
月に掲げてみる。
今夜は、満月だ。
月が二つとも満月になるなど、珍しい。
道端に落ちていた鍵が、妙にくっきりと存在感をもっていた理由だと、その時は思った。
『月の狂宴(きょうえん)』と言う、古い御伽噺が、ふと頭をよぎっただけだ。
満月の夜は気をつけろ、魔物に出会うぞ――という、子供だましだと。
彼は、まだ十三歳の少年であった。
地方から放り込まれた、多くの一人であった。
最大の財産は、自分にあてがわれた部屋の鍵。
おんぼろ二階建てアパートで、貧しい日々との戦いに明け暮れていた。
お勉強はどこにいった。
そんな余裕などない、貧乏学生としての日々を、十三歳の少年は、ただ生きていた。
今は、家路を急いだ。
ポケットに、拾った鍵を入れてから。
ざくざくと、もそもそと、月明かりの下に砂利道を歩く。
十分ほどで、到着した。
学校では、お化け屋敷だと笑われるほど古い二階建ての、学生アパート。
だが、安いので、安いのだ。
その二階の隅の部屋が、少年の部屋だった。
八部屋のうちの、一部屋。
ぎしぎしと、ぼそぼそと、足音を立てて歩く。
夕方から、夜にかけての時間帯。何かが出そうだと、普段なら友人達と笑い会う時間帯。
本日は、学級の用事の為に、少年一人。
しかし、妙な日だ。
少年は、周囲を見渡した。
特に何が、と言うわけでもないのだが、妙に静かなのだ。
「………満月だから………かな」
懐に、手を突っ込む。
部屋の鍵をしまっているためだ。
大きな鍵が、邪魔をした。何かを主張しているようだった。
「………ただいま」
習慣であった。
無人の部屋の扉を、静かに開けた。
まだ就寝時間でもないのだが、妙に静かなためだ。
まずは、手探りでスイッチを探す。
満月が扉の入り口から入ってくるとはいえ、室内は暗いのだ。
今日は、妙に明りがつくのが遅い。そう思いながら、少年はおもむろに靴を脱いだ。
「え………?」
少年は、靴を脱いでようやく気付いた。
ここが自分の部屋であっても、どこか違うことに。
静かに、足を進める。
静かに、静かに………何かを起こさないかと、注意するように。
ごくりと、つばを飲み込んだ。
まだ暑い時期でもない、それどころか、寒さが残る時期である。
それなのに、嫌な汗が、そっと首筋を伝っていった。
そろり、そろりと、一歩ずつ踏み出す。
もはやここは、自分だけの場所ではないかのように。
古い、扉があった。
本来は、洗面所につながるはずの、玄関から入って左手側である。
玄関を進んで、数歩の場所である。
少年は、ゆっくりと、左向け左をした。
ごっつい、木製だった。
ややさび付いたノブの下には、これまたごっつい鍵穴が見えた。
確かに洗面所の扉も、木製である。
そしてもちろん、洗面所の扉も古い。中古住宅を、生徒に格安で提供しているのだから。
都市からの支援と、学生側からの、なけなしの金品でまかなわれている。古いお屋敷に登場するような重厚な扉など、使われるわけもない。
「………ひっ」
びくついた。
天井が、明滅したからだ。
自分で照明のスイッチを入れたのだが、この状況では仕方がない。
明るくなったことで、異様な存在感が、倍増しだ。
いや、暗かったら暗かったで、不気味であったことに違いはない。
静かに、扉に手を置く。
青い塗装が、だいぶと剥げている。
しっとりとした、ずっしりとした触感が伝わってくる。
少なくとも、何かにおびえて、薄い洗面所の扉が、分厚く見えたわけではないようだ。
静かに、息を吸い込んだ。
「………先輩達の、イタズラ………かな」
考えられる、唯一の可能性であった。
この学生アパートの住人は、やや強引に友人となり、擬似的な兄弟のようにもなる。そのために新入生が通る道、通過儀礼が、イタズラである。
しかし、入学からすでに、一ヶ月を越えた。ここでの暮らしになじんできて、目をつぶっても、自分の部屋どころか、部屋の外を歩くことすら出来るおんぼろアパートである。
八つの部屋に、八つの入り口。
部屋の中には、洗面所のほかには、物入れの扉があるのみ。
気付けば、道端で拾った、古い鍵を握っていた。
なぜ、手にしている。
無意識の行動だと、必死に自分に言い聞かせながら、なぜか手は止まってくれない。
まるで、そうすることが当然のように、古びた扉に、鍵を挿入したのだ。
そうなることが決まっていたかのように、ぴったりと鍵穴にはまってくれた。
そして、ゆっくりとまわす。
やめろ
自分の中で、自分が叫ぶ。
感情が高ぶれば、その声が実際にも発せられるが、恐怖で口を半開きにしたままのその口からは、何も発せられなかった。
まるで、誰かに操られたかのように、その扉は、すっと開いたのだった。
怪奇現象の、スタートである。
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