万能薬
麦わら屋に引きずられる形で連れて来られたのは麦わらの一味の船「サウザンド・サニー号」のキッチンであり食堂。
そこには一味の面々が既に勢ぞろいしており、麦わら屋の到着を待っていた様だった。
「遅い!せっかくのサンジ君のご飯が覚めちゃうじゃない!」
「だってよーナミ、トラ男がなかなか診察終わりにしねーんだもん」
「アンタが怪我したせいでしょうが!トラ男君に迷惑かけてんじゃないわよ!」
まったく、と麦わら屋を一括したナミ屋に「さ、座って座って」と席に促される事は毎度の事でもう慣れた。
それに、この騒がしい食事にも大分と慣れたとは思う。
「おいトラ男、早く食べねぇと秒でメシがなくなるぞ」
「サンジ!おかわり!!」
「てめぇもう食べたのかよ!ちったぁ遠慮しろよ!」
怒鳴りながらも麦わら屋の要望に応える黒足屋の姿も、麦わら屋を真似てるのか猛スピードで口に食べ物を入れる鼻屋やトニーやが喉に食べ物を詰まらせる姿も、我関せずで食事するニコ屋も同じく我関せず酒を飲むゾロ屋も、それを笑うロボ屋も、食事のマナーがなっっちゃいないホネ屋も、麦わらの一味には随分と慣れ親しんだと思う。
「おいロー、お前食べないのか?」
ふと、気を抜いていた俺に気付いたんだろう。
喉に詰まらせた食事を何とか胃に流し込んだトニー屋が近付いてきて不思議そうにそう聞いてきた。
「いや、食べてる。」
「えっえっえっ、ならいいんだ。食べてねぇと思ってどっか具合悪いのかって心配しちまったじゃねーか。」
「大丈夫だ。一応報告だが、麦わら屋も体調に問題がなかったぞ。いい船医がついてる船は流石だな。」
高い医術を持ったトニー屋はこの船の船員の体調管理には欠かせないものなのは見ていて分かって。
思ったままに口にすれば、トニー屋は顔を真っ赤にして照れていた。
「ほめたって何にも出ねぇぞ、コノヤロー!それにな、俺はルフィや皆を治せる万能薬になりてぇんだ。だから、これからも頑張るんだ!」
えっえっえっ、とまた特徴的な笑い声を漏らすトニー屋に思わず口元が緩む。
「ロー、ちゃんと食ってるか?」
そこに、黒足屋が声を掛けてきた。
「ったく、ウチの連中ときたら食事中は戦争だからな。自分の分は確保しとかねぇと何にも食えずにメシの時間が終わっちまうぞ」
「大層な懸賞金が掛かった連中が、メシ一つで戦争だなんておっかねぇ船だな」
「そりゃごもっともだ。だが、冗談じゃねぇんだから笑えねぇよ。客人が来てる時くらい遠慮しろってんだ。」
「客だとも思ってねぇんじゃねーか?」
「あぁ・・・悪いな。その通りだ。手のかかる船長で困るぜ」
「それでも、栄養管理がしっかりできてんだから大したモンだな。上手い上に栄養バランスも最高のメシを作るあたり、さすがバラティエの副料理長ってとこか。」
「おう、なんだ。知ってたのか。」
褒められると悪い気はしないのか、笑った黒足屋は一旦キッチンへと戻った。
そしてすぐ戻ってきたと思ったら、一つの皿を差し出される。
「ほら、食え。船長を診てくれてる礼だ。」
出された皿の上にはおにぎりが数個。
「・・・この船の連中は、どいつもこいつもどれだけ麦わら屋の事が好きなんだか。」
「何だそりゃ」
「お前らの行動の理由にはほとんど中心に麦わら屋がいるじゃねぇか。」
「そんなもんなんじゃねぇか?船長なんて奴らはみんなよ。お前だってそうだろ?」
「ウチはドライだと言ったはずだ、黒足屋。」
「そうか?」
ふーん、と意味深に呟く黒足屋の言葉が合図にでもなったかのように、ふと鳴った電伝虫の音に黒足屋の笑みが深くなる。
「いやぁ、そうでもねぇみてーだぜ?」
そういう黒足屋のにやけた顔に、眉間に皺が寄るのが自分でもわかった。
どういう事だと聞こうとしたが、その前にニコ屋が笑いながら差し出してきたのは今なったばかりの電伝虫で。
「なんだ、ニコ屋」
「“ドライ”なお仲間さん達からよ。出てくれるかしら?」
「は?なんであいつら『キャプテーーーン!いつ帰ってくるんですかーーー!!?』
電話に出る前に、俺の言葉を遮って聞こえた絶叫で電話の要件はくみ取れた。
麦わらの一味が俺を見て笑ってるのも分かった。
「・・・帰る」
「おう、また来いよ」
煙草をくわえた口で可笑しそうに笑いながら、いつの間にか包んであったおにぎりを渡してくる黒足屋に目元が引きつる。
けれどそれを受け取って、ため息交じりに邪魔したな、と口に出したその直後。
「なぁ、ロー」
「何だトニー屋」
見送りについてきていたトニー屋が声を掛けてきた。
「ルフィの傷、また診に来てくれるか?」
「あ?あぁ、まぁ、もう少し経過観察には来る予定だが」
「そうか!良かった。ルフィ、俺にはあの傷は診せてくれねーから、お前が診てくれんなら安心だ!」
どういう意味だ、という言葉はとっさに飲み込んだ。
丁度目の前に、見送りに来た麦わら屋が現れたせいだ。
「もー帰んのか?」
「あ、あぁ。また来る」
「おう!またな!」
一度引き込めた言葉をもう一度出す訳でもなく、俺はサニー号を後にした。
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