太陽の傷痕
"あの日"、手を差し伸べたのは気まぐれだったのか、計画の内だったのか。
名を呼んだ声にも反応せず、身体中に包帯を巻かれて呼吸器を付けられ管だらけになった身体は未だにこの目に焼き付いていた。
「・・・ぃ、・らお・・・!」
鮮明に思い出されるあの姿に、怒りでも恐怖でも、ましてや哀れみなんてものではない、胸の奥に燻る小さな炎に似た感情。
そんなもの考えながら気を散らしていたせいで、目の前に頭の人物が近付いてきている事など気付きもしなかった。
「おい!トラ男!!目ぇ開けて寝てんのか!?」
「・・・何だ、麦わら屋。居たのか。」
「ここは俺の船だ!お前、人の船に急に来て何言ってんだ、シッケーな奴だな!」
強く名を呼ばれてはっと我に帰れば、眼前を埋め尽くすのは曲者の"同盟相手"の顔。
「大体なー、お前はいっつも約束無しに来るんだから、こっちは大変なんだからな。」
「へぇ?一体何が大変だってんだ?」
「そりゃお前、メシの準備だろ?あと、メシの準備とメシの準備と、」
「おい、メシの準備以外ないじゃねえか。そもそも準備すんのは黒足屋で、お前は食べる専門だろ」
「細けー事はいいんだよ!とにかく、来る前には連絡寄越せ。びっくりすんだろ!」
「・・・あァ、分かったよ。」
「分かりゃあいいんだ!じゃあメシにするぞ!」
良く変わる表情の中でも、とりわけ沢山見る機会が多いのは今も向けられた笑顔で。
屈託のない、裏のない、簡単に言えば何も考えていない感情に素直なその笑い顔に、一体何人が絆されてきたのか。
"太陽"の様だと言う奴も居るが、俺にはまるで別のモノに見えた。
「その前に、怪我を見せろ。」
「何だよ、まだ見せなきゃだめなのか?もう大分前のだぞ。」
「・・・アフターケア、なんて麦わら屋に言った所で分かんねえだろうが、これも医者の"務め"って奴だ。」
「あふ、け・・・?」
「分かってくれるとは最初から思ってねぇよ。いいから、黙って傷見せろ。」
「ん、早くしろよ。メシが冷めちまうからな。」
溜め息まじりに言った言葉に、麦わら屋は素直に従い此方に胸を向けてくる。
その中央には、大きく痕を残した傷が未だに痛々しく"あの日"の痕跡を遺していた。
「痛みは?」
「ねえ!」
「疼く事もか?」
「んー、前はあったけど今は全然ねぇよ?」
「そうか。」
傷跡を確かめるように触れればくすぐったいと逃げる身体を、動くなと一喝してから診察を続ける。
コイツが"兄"を失ったあの戦争からもう大分経った。
助けた時には瀕死であった身体もすっかり全快し、その瀕死になった原因の一つである胸の傷も痛みがまるでない程度には完治している。
けれど、消えなかった。
「・・・残して、悪かったな」
思わず、口に出た。
本心かどうか問われれば建前のようなら気もするが、目の前にある傷跡をもしかしたら残さない方法もあったのではないかとふと考えてしまった。
「何だよ、トラ男。改まって。」
「いや、なんとなく、な。」
消そうと思えば消せるだろうか。
今の腕なら無理ではないのかもしれない。
「なァ、トラ男」
「あ?」
けれど消さないのは、ほんの僅かな自分のエゴだった。
「お前、なんか別の事考えてんだろ?」
「・・・鋭いな、それも見聞色の覇気か?」
「そんなん使わなくったって、お前の今の顔見れば誰でも分かるぞ。謝ってるクセに謝る気のねぇ顔してる。そーゆーの"フセージツ"ってゆーんだろ?」
誰から教えられたのか、意味を分かって使っているのか定かではない言葉に、けれど図星を突いたその言い分に俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「難しい言葉を知ってるじゃねぇか。」
「馬鹿にすんな、俺だってそれくらい」
「なぁ、」
からかわれたと思ったのか食って掛かってくる麦わら屋の言葉を遮って、ふと問い掛けを口にする。
「傷、残さなねぇ方が良かったか?」
これは記憶を消さないための十字架の様なものだ。自分の無力を、非力を、情けなさを証明する証だ。
「見る度に、思い出すだろ。」
守れなかった"兄"を。
意地悪だと思いながら、自分よりも大分年下の男にそう問い掛けつつ傷口に手の平を当てた。
するとどうだ。手の平から伝わる鼓動は早まるかと思いきや、まるで変わらないリズムで命を刻み続けている。
「トラ男、お前バカだなー」
「あァ!?」
「この傷は、"後悔"じゃなくて"生きてる証"だ。俺はエースを助けらんなかったけど、もうそれは飲み込んだ。そりゃ、今も後悔だってしてるけどな。でも、俺は生きてるし、サボにも生きてくれてて嬉しいって言われた。
これは俺が生きてる"証拠"だ。
これは、俺がトラ男やエースの仲間に助けられたって"結果"だ。
消えねえし、消さねえよ!」
分かったか、とまた笑顔を浮かべた男に、眩しささえ覚えたのは気のせいではないだろう。
気付けば自分の鼓動の方が速くなっていて、たまらず傷跡から手を離すと帽子を深く被って視線を反らした。
「頼まれたって、消してやらねえよ。」
吐き出したのは負け惜しみの様な台詞に、それを聞いた麦わら屋が声を出して笑ったのが分かった。
「だから、消させないっつってんだろ。大体なー、これは俺がトラ男に出会った証拠でもあるんだからな。俺はお前はいい奴だって思ってるし、会えて本当に嬉しいと思ってんだ。」
そこんとこ、ちゃんと分かっとけ。
そんな殺し文句を簡単に口に出来る男だからこそ、麦わら屋の仲間たちはこの男の為に命を懸けられるのだろう。
底知れない人を惹き付ける能力には、恐ろしささえ感じてしまう。
「っとに、タチの悪ぃ・・・」
はぁ、と溜め息を吐いた俺を尻目に、支度を整えた麦わら屋は立ち上がって俺の腕を掴む。
「よし!メシだ!早く行かねえと全部食われちまう!!」
「お前が此処に居るんだから、そりゃ有り得ねぇだろ。」
飽きれて返した俺の事など気に留める事なく、掴まれた腕をぐいぐいと引っ張られながら食堂へと連れ去るこの勝手な同盟相手には、一体どれだけ振り回される事になるのかともう一度ため息を吐き出した。
名を呼んだ声にも反応せず、身体中に包帯を巻かれて呼吸器を付けられ管だらけになった身体は未だにこの目に焼き付いていた。
「・・・ぃ、・らお・・・!」
鮮明に思い出されるあの姿に、怒りでも恐怖でも、ましてや哀れみなんてものではない、胸の奥に燻る小さな炎に似た感情。
そんなもの考えながら気を散らしていたせいで、目の前に頭の人物が近付いてきている事など気付きもしなかった。
「おい!トラ男!!目ぇ開けて寝てんのか!?」
「・・・何だ、麦わら屋。居たのか。」
「ここは俺の船だ!お前、人の船に急に来て何言ってんだ、シッケーな奴だな!」
強く名を呼ばれてはっと我に帰れば、眼前を埋め尽くすのは曲者の"同盟相手"の顔。
「大体なー、お前はいっつも約束無しに来るんだから、こっちは大変なんだからな。」
「へぇ?一体何が大変だってんだ?」
「そりゃお前、メシの準備だろ?あと、メシの準備とメシの準備と、」
「おい、メシの準備以外ないじゃねえか。そもそも準備すんのは黒足屋で、お前は食べる専門だろ」
「細けー事はいいんだよ!とにかく、来る前には連絡寄越せ。びっくりすんだろ!」
「・・・あァ、分かったよ。」
「分かりゃあいいんだ!じゃあメシにするぞ!」
良く変わる表情の中でも、とりわけ沢山見る機会が多いのは今も向けられた笑顔で。
屈託のない、裏のない、簡単に言えば何も考えていない感情に素直なその笑い顔に、一体何人が絆されてきたのか。
"太陽"の様だと言う奴も居るが、俺にはまるで別のモノに見えた。
「その前に、怪我を見せろ。」
「何だよ、まだ見せなきゃだめなのか?もう大分前のだぞ。」
「・・・アフターケア、なんて麦わら屋に言った所で分かんねえだろうが、これも医者の"務め"って奴だ。」
「あふ、け・・・?」
「分かってくれるとは最初から思ってねぇよ。いいから、黙って傷見せろ。」
「ん、早くしろよ。メシが冷めちまうからな。」
溜め息まじりに言った言葉に、麦わら屋は素直に従い此方に胸を向けてくる。
その中央には、大きく痕を残した傷が未だに痛々しく"あの日"の痕跡を遺していた。
「痛みは?」
「ねえ!」
「疼く事もか?」
「んー、前はあったけど今は全然ねぇよ?」
「そうか。」
傷跡を確かめるように触れればくすぐったいと逃げる身体を、動くなと一喝してから診察を続ける。
コイツが"兄"を失ったあの戦争からもう大分経った。
助けた時には瀕死であった身体もすっかり全快し、その瀕死になった原因の一つである胸の傷も痛みがまるでない程度には完治している。
けれど、消えなかった。
「・・・残して、悪かったな」
思わず、口に出た。
本心かどうか問われれば建前のようなら気もするが、目の前にある傷跡をもしかしたら残さない方法もあったのではないかとふと考えてしまった。
「何だよ、トラ男。改まって。」
「いや、なんとなく、な。」
消そうと思えば消せるだろうか。
今の腕なら無理ではないのかもしれない。
「なァ、トラ男」
「あ?」
けれど消さないのは、ほんの僅かな自分のエゴだった。
「お前、なんか別の事考えてんだろ?」
「・・・鋭いな、それも見聞色の覇気か?」
「そんなん使わなくったって、お前の今の顔見れば誰でも分かるぞ。謝ってるクセに謝る気のねぇ顔してる。そーゆーの"フセージツ"ってゆーんだろ?」
誰から教えられたのか、意味を分かって使っているのか定かではない言葉に、けれど図星を突いたその言い分に俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「難しい言葉を知ってるじゃねぇか。」
「馬鹿にすんな、俺だってそれくらい」
「なぁ、」
からかわれたと思ったのか食って掛かってくる麦わら屋の言葉を遮って、ふと問い掛けを口にする。
「傷、残さなねぇ方が良かったか?」
これは記憶を消さないための十字架の様なものだ。自分の無力を、非力を、情けなさを証明する証だ。
「見る度に、思い出すだろ。」
守れなかった"兄"を。
意地悪だと思いながら、自分よりも大分年下の男にそう問い掛けつつ傷口に手の平を当てた。
するとどうだ。手の平から伝わる鼓動は早まるかと思いきや、まるで変わらないリズムで命を刻み続けている。
「トラ男、お前バカだなー」
「あァ!?」
「この傷は、"後悔"じゃなくて"生きてる証"だ。俺はエースを助けらんなかったけど、もうそれは飲み込んだ。そりゃ、今も後悔だってしてるけどな。でも、俺は生きてるし、サボにも生きてくれてて嬉しいって言われた。
これは俺が生きてる"証拠"だ。
これは、俺がトラ男やエースの仲間に助けられたって"結果"だ。
消えねえし、消さねえよ!」
分かったか、とまた笑顔を浮かべた男に、眩しささえ覚えたのは気のせいではないだろう。
気付けば自分の鼓動の方が速くなっていて、たまらず傷跡から手を離すと帽子を深く被って視線を反らした。
「頼まれたって、消してやらねえよ。」
吐き出したのは負け惜しみの様な台詞に、それを聞いた麦わら屋が声を出して笑ったのが分かった。
「だから、消させないっつってんだろ。大体なー、これは俺がトラ男に出会った証拠でもあるんだからな。俺はお前はいい奴だって思ってるし、会えて本当に嬉しいと思ってんだ。」
そこんとこ、ちゃんと分かっとけ。
そんな殺し文句を簡単に口に出来る男だからこそ、麦わら屋の仲間たちはこの男の為に命を懸けられるのだろう。
底知れない人を惹き付ける能力には、恐ろしささえ感じてしまう。
「っとに、タチの悪ぃ・・・」
はぁ、と溜め息を吐いた俺を尻目に、支度を整えた麦わら屋は立ち上がって俺の腕を掴む。
「よし!メシだ!早く行かねえと全部食われちまう!!」
「お前が此処に居るんだから、そりゃ有り得ねぇだろ。」
飽きれて返した俺の事など気に留める事なく、掴まれた腕をぐいぐいと引っ張られながら食堂へと連れ去るこの勝手な同盟相手には、一体どれだけ振り回される事になるのかともう一度ため息を吐き出した。
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