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星の髪飾りに導かれて

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 柘榴アリス
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決意

「はあ…。何でこんな事に…、」
ぐったりと机に身体をうつ伏せにした状態で波瑠は溜息を吐く。いきなり、婚約者が決まるなんて…。確かにこの縁談は良縁だ。相手もあれだけの美形で優秀な御曹司。何も欠点はない。けど、何だか波瑠は彼が苦手だった。その理由は自分でもよく分からない。女性なら誰でも憧れてやまない。そんな相手が婚約者になったのに苦手意識を持つなんて。そもそも、どうして、私を選んだのだろう?幾ら御堂家と縁を結びたいからといってどう考えても姉を選ぶだろう。血筋、美貌は遥かに彼女の方が優れているのだから。そう疑問に思っていると、
「失礼します。お嬢様。」
「は、はい!どうぞ!」
慌てて波瑠は身体を起こした。入ってきたのは篠崎だった。
「え?篠崎?どうしたの?」
「いえ。婚約の件を耳にしたので。…江利香お嬢様に何かされたのではと。」
篠崎は波瑠を気遣うような視線を向ける。それは波瑠を心配してくれる表情だった。
「だ、大丈夫!お姉様からは何もされてないわ。…ありがとう。篠崎。」
自分つきでもないのに優しい執事に波瑠は微笑んだ。
「そうですか。ですが、何かあったら、仰ってください。私はこれでも、江利香お嬢様に信頼されているのです。表立って助けることはできませんが陰ながらあなたを守ることはできますから。」
「…うん。ありがとう。その気持ちだけで嬉しいわ。でも、もしそれがお姉様に知られたら篠崎が…、」
「私は大丈夫ですよ。お嬢様。あなたはご自分をもっと大切にした方がいい。」
「篠崎…。」
彼の言葉にじーんと胸が熱くなる。何て頼もしい執事なのだろう。篠崎はところで、と掛けていた眼鏡をクイ、と押し上げて、
「婚約の件ですが…、お嬢様は本当にそれに納得されていらっしゃるのですか?」
「えっ?」
「元は江利香お嬢様にきていた縁談が急に波瑠様に変わったのです。何か込み入った事情があるのではと思いまして。」
「えっと…、それは…、」
波瑠は言葉に詰まる。
「お嬢様にとって、私は…、相談するに値しませんか?」
「そ、そんな事ない!あなたは私にとって大切な執事だわ。あ、あのね…、実は…、」
切なげな視線を向けられ、波瑠は慌てて否定した。そして、彼に事情を話した。
「成程。つまり、お相手の方がお嬢様を指名されたと。」
「う、うん。でも…、本当に怜二様は私に惹かれたのかな。」
「というと?」
「だって、おかしいと思わない?工藤家の御曹司がどうして、私なんかを見初めるの?私と会ったのはあのパーティーが初めてなのに。おまけにぶつかって、服を汚すし…。印象が悪くなるのは分かるけど、あれでどうして私と婚約したいと思ったの?分からないの。そもそも、御堂家と繋がりを持つなら、お姉様を選ぶ方がいいに決まっているのに。何で養女のあたしを選んだのか…。」
波瑠は常に丁寧な口調だが親しい人間の前だと砕けた口調になる。篠崎の前では波瑠は素の顔を見せているのだ。
「フッ…、」
微かに彼が笑った気がした。しかし、すぐに篠崎はいつもの穏やかな表情に戻ると、
「これは私の憶測ですが…、もしかしたら、お嬢様は都合のいい道具とみなされたのではないかと。」
「ど、道具?」
「ええ。工藤家の御子息は一見、礼儀正しく品行方正な好青年ですが…、裏ではかなり、暴力的で野蛮な性格だと言われています。」
「ええっ!?」
「あくまでも噂ですが…、学生生活は酷く荒れている様です。表では優等生として通っていますが裏で不良と関わり、夜の街を徘徊して、喧嘩や女遊びに明け暮れているそうです。…しかも、女相手に平気で暴力を振るうとか。」
「そ、それって…、つまり…、怜二様はDVになる可能性があるってこと?」
「ええ。DV男の特徴は周囲からの評判はよく、その本性を隠していることが多いようですから。」
「そんな…、」
波瑠はカタカタと震えた。
「ど、どうしよう…。どうしよう。篠崎。」
思わず助けを求めるように篠崎を見上げる。恐怖と不安から涙目になった波瑠に見つめられ、一瞬、篠崎の表情に変化が生まれる。ギラリ、と瞳が獰猛な光を放った気がした。
「篠崎?」
しかし、波瑠が名前を呼ぶと、彼はすぐにいつもの表情に戻り、
「恐らく、相手は波瑠様が大人しく自分の言いなりになる人形になるのだと思い、あなたを選んだのでしょう。江利香お嬢様が相手だと彼女は黙っていませんから。けれど、あなたなら脅せば言う事を聞くと踏んだのでしょう。ですが、ご安心を。お嬢様。私に策があります。」
「な、何?」
「今はまだ婚約の段階です。結婚した後だと難しいですが婚約ならまだ婚約破棄という手段がとれます。怜二様の裏の顔を暴ければあなたの評判に傷がつくこともない。まずは証拠を集めるのです。」
「証拠?でも、どうやって…、」
「盗聴器を仕掛けましょう。きっと、彼はあなたと二人っきりになれば本性を現わす。もしかしたら、婚約者の内は取り繕うかもしれませんが…、やってみる価値はあります。」
「でも、盗聴器何てどこから手に入れれば…、」
「ご心配なく。必要な物は私が揃えます。お嬢様。念のため、怜二様と会った後は私にご報告を下さいませんか?彼の裏の顔を暴ける手がかりが得られるかもしれませんので。」
「篠崎…!ありがとう!本当に…、ありがとう!」
思わず波瑠は彼の手を握る。ブンブンと手を上下に動かし、感謝する波瑠だったが不意に我に返るとぱっと手を離した。
「ご、ごめんなさい!急に手なんか握ったりして…!」
はしたない真似をしてしまったと頬を赤くする波瑠に篠崎はいいえと穏やかな微笑みを浮かべた。彼が盗聴器を用意することを約束し、篠崎は部屋を出て行った。波瑠は急激にこの婚約が怖くなった。
―あの人も…、そうなの?家族に平気で暴力を振るう…、そんな人なの?あの人みたいに…。
波瑠の記憶に罵声と叩いたり殴ったりする音が甦る。皿が割れる音、壁を殴る音、家具が薙ぎ倒される音…。嫌だ。あんな生活は絶対に嫌…!波瑠はこの婚約は阻止しなければと強く願った。
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