ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

どうせいと黒猫

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: ノリィさん
目次

どうせいと黒猫1話

姉の3回目の命日、姉の墓に手を合わせながら、先程母から言われた「月子、これからは自分のために生きなさい」という言葉を反芻していた。
じぶんのためにいきる、じぶんのためにいきる、じぶんのため…。

私の25年の人生、思えば何も考えず、目の前のことをこなすだけだったかもしれない。
特にハタチ以降は姉のケアをし、姉の心配をしつつ、お金がないとと生きていけないので姉の面倒を見つつ出来る仕事をする、それだけの5年間だった。

今まで恋人もいたことがない。
好きな人はいた。でも、嵐のような姉を持つと恋愛に労力を割けない。
しかも、相手が同性ならなおのこと。
好きな人が出来ても、カミングアウトしたり告白したり、そんなことをしてる余裕なんて無かった。

恋愛してみようかな。

家族と別れ、寺から駅に向かうバスを待ちながら、思い立ってスマホで新宿二丁目を調べた。
ビアンバーのクチコミ読み比べ、興味を持った店は比較的分かりやすい場所にあった。



夕方、新宿に着くと大雨が降っていた。

「いらっしゃーい」
初めて入るビアンバーの店員さんはとても男前だった。
女性だがベリーショートで、大ぶりなピアスをして、上は白無地Tシャツに下はダメージジーンズ。
いかにも「タチ」らしい「タチ」。
彼女は人懐っこい笑顔を見せながら、カウンター越しに席を勧めた。

「初めてですか?お店のシステム説明しますね」
チャージがいくらで、飲み放題だとこの値段、おつまみはこのメニュー、今日作れないのはこの料理、など一通りの説明を受けて、最初のドリンクをオーダーした。
「私のことはユーちゃんって呼んでね。なんてお客さんのことは呼んだらいい?」
「あ、じゃあツキって呼んでください」
「ツキちゃんとの出会いにカンパーイ」

そこからユーちゃんと、この時間帯は雨だとお客はほとんど来ないとか、私自身のこと、つまり、レズビアンという自覚はあるけど恋人がいたことがない。恋愛してみたくなった。思いきってここに来てみた、と話した辺りで、もう一人客が来た。

「いらっしゃーい」
バーのドアを開けたのはガリッガリに痩せた20代くらいの女性だった。
ポニーテールの黒髪がパサついてて、着ているリクルートスーツはかなりくたびれている。そして、彼女が引っ張ってきたスーツケースも傷がたくさん付いていた。
雨で濡れていることを差し引いても、みすぼらしい格好をしていた。

ユーちゃんは一瞬目が動揺したように見えたが、すぐに笑顔になり、「初めてですか?お掛けになってください。システム説明しますねー」と、私と同様に接客した。

私の2つ隣に座った彼女は「ユキ」と名乗った。
転職活動で都内に出てきた。
1ヶ月新宿のネカフェに寝泊まりして探したけど、どこも全滅だった。
故郷に帰る新幹線代を抜いて残金が1万円になったので帰郷しようと思う。その前に新宿二丁目に来てみたかった。
そんなことを話ながら、私たちはお酒を飲んだ。

ユキはすぐに酔っ払った。カシスオレンジ3杯目でユーちゃんが「その辺にしといた方がいいよ」と止めるくらいには。

酔った勢いか、ユキが故郷を出て東京で就活してるわけを話した。
なかなかに辛くなる話だった。話ながらワンワン泣き出し、やがて静かになったと思ったら、カウンターに突っ伏して寝た。

「あら、寝ちゃった。台風みたいな人ね。ツキちゃんごめんね、ユキちゃんの話ばかりになっちゃって」
「大丈夫です。それよりこの人潰れちゃったけどどうするんですか?」
ユキはユーちゃんが揺すっても「うーん」と唸るだけで目を開けない。

「うーん、常連さんならタクシー呼んでおうちの近くまで強制送還なんだけど、この人のおうち新幹線の距離ってやつなんでしょ?起きなかったら困るな」

そのとき私は、このユキという人を故郷に帰したくないな、と思っていた。
ユキの話した内容からして、帰郷しても彼女には居場所は無いのではないかと、アルコールのせいもあって勝手に想像してしまった。

そしてとっさに、自分でも訳のわからないことを言っていた。
「ユーちゃん、ユキさんのこと、私の家で介抱しても良いですか?」

ユーちゃんは、いやそういうわけには、とか、お店の問題になっちゃうし、と言っていたが、
ユーちゃんと私で連絡先を交換すること、寝ているとは言え本人に許可をとることを条件に連れて帰ることを飲んでくれた。

寝ぼけたユキに「ちょっとウチで休もう」と声を掛けるとボソボソっと「ベッドで寝たい」という返事が帰ってきたので、合意ということにしてユーちゃんにタクシーを呼んでもらった。

運転手さんに行き先を茨城県つくば市と告げる。私はつくば駅のそばの古いマンションにユキを連れて行った。
大雨の中、痩せているとは言えぐでんぐでんの成人女性とその荷物を抱えて部屋に帰るのは思っていたより骨が折れた。
ユキの濡れてるジャケットを脱がせ、ベッドに寝かせると、すぐさまイビキをかいて本格的に熟睡してしまった。

私は私で同居猫にご飯をあげて、シャワーを浴びると猛烈な睡魔に襲われた。

眠りの中で自分の行動が、見ず知らずの女性を東京からタクシーで連れて帰ったことに、合点が行った。
私はガリガリのユキに姉の面影を見付けて、放っておけなかったのだ。

結局、まだ姉のために生きているのだ、私は。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。