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狂い咲き

ジャンル: 異世界(恋愛) 作者: saran
目次

最強の人斬り

ひなのが止める間もなく、叫ぶ暇もなくー・・・

ユノも八龍を引き抜いた。


やめて・・・やめてやめてやめて!!


真正面からユノに向かっていった、鬼優はもはや助からないー・・・
そう思った。
鬼優も、それを覚悟していただろう。敵うはずもないことを、分かっていたはずだった。
しかし・・・


「ぐっ・・・」

「!?」



ユノの八龍が鬼優の村雨を弾くことはなかった。


「ユノ様!?」


今度こそ、ひなのの絶叫は出来事に追いつく。

何を血迷ったのか。


ユノは、八龍を振らなかったのだ。




人斬りである鬼優には、もう慣れっこになっている感覚。

刃を伝う赤い血も、見慣れすぎて何も思わないはず・・・なのに。



「ユノ・・・様・・・」


抵抗を見せずに、腹部を深々と刺されたユノを見て、鬼優は恐れすら覚えた。


「・・・な・・・なぜです・・・」



目の前で、ユノの背中からは刃先が飛び出している。
いつもの白い着物は、一瞬で真っ赤に染まっていった。


ひなのは目を閉じる意識もなく、その両目からは自動的にか、止めどなく涙が流れた。



愕然としたまま刀を抜くこともせず、棒立ちになっている鬼優の元へ、ひなのは飛ぶように駆けつけた。

両手で鬼優の両手ごと握ると、その刀をユノから引き抜く。


鬼優も無抵抗で、引き抜かれた村雨は再び床に落ちた。



「・・・はぁ・・・」



三人共、それぞれ別の理由で息が荒い。


ユノは傷口を押さえることもなく、動くこともなくその場に立っている。
その姿が、他でもない最強を物語っていた。



「ユノ・・・様・・・

なぜです・・・なぜ八龍を・・・!


僕を止められないあなたじゃないでしょう・・・っ!!」

「・・・お・・・前は・・・

くっ・・・。


昼間に、俺の・・・

俺の後悔を聞いただろう・・・」



ユノの口から、腹から流れる血を・・・
好きな人から流れる血を、ひなのはもう見ていられなかった。


ユノの名前すら呼べなかったが・・・渾身の力で立ち上がると、鬼優を追い越しユノを正面から抱きしめた。



もう、涙が枯れるんじゃないかと思った。
一生分、流したんじゃないかって思うほどで・・・


出来ることならこの涙が、この人の血を全部、流しきってくれたらいいのにー・・・


「僕を斬らなかった理由と・・・

昼間のことは、何の関係がありますか・・・!


あなたは僕を斬ると思った・・・!!」




ユノは何度か血を飲み込むように黙ると、その両手でひなのの頭ごと抱えこんだ。





「・・・これが愛だと・・・




こいつに、教わったからだ・・・

「・・・!」


ユノ・・・様・・・!?


ひなのは思わず顔を上げると、蒼白でありながらも威厳を失わない、ユノのその顔を見上げた。



「そうだろう、ひなの・・・



大切な人を殺せばー・・・


後悔をするのだろう・・・?」


ひなのは更に激しく泣いた。



ユノ様は、鬼優を斬れば・・・


後悔するかもしれないと思ったんだ・・・!




鬼優も、もう何も言えないようだった。


どのくらいか、そうしていたと思う。

もう死んでしまうのではないかという傷なのに、ひなのを抱くユノの手は力強かった。



その場を、誰が取り仕切る事もない。


「ユノ様、あなたは・・・

この僕を、大切な人だと判断したのですか・・・?


僕は、あの日からずっとあなたを恨んでいたのにー・・・!

あなたが宝便(ほうびん)を殺したあの日から、僕の最強の道が断たれたんです・・・

だから僕は、ひなのさんを殺そうとした!あなたから最強を奪いたかった!

それなにのー・・・」


「・・・。
"奪いたかった"、か。


今は、違うのだな」

「!!

「お前を大切だと思ったことはない。むしろ、大切な人などいなかった。
だが、今朝のことで考えたのだ。

・・・後悔することの、恐ろしさを。


・・・それを思えば、お前を斬れなかった・・・



お前が大切だったと、後から気づいても遅いだろう」



鬼優の体からは、力が抜け落ちてしまった。
と同時に、長年溜め込んでいたはずの恨みが、流れるように消えていく。



(もう、僕にはー・・・

ユノ様にも、ひなのさんにも敵わない)


「・・・ひなのさん、退いてください。


治療します」
・・・



ユノ様の治療を施した後、鬼優は外へ出て行って、次の日の昼過ぎまで戻らなかった。

きっと、あの蛍のいる小川に行っていたんだと思う。



空牙と麗憐に、庇ってくれたお礼をしに行った後、ひなのはユノと部屋にこもった。


「・・・ユノ様、横になっていて下さい。まだ、全然治っていないんですから」

「いや、座っているだけで大丈夫だ」

「お昼は、食べられそうですか?一応持ってきたんですけど」

「・・・スープだけもらおう」


血だらけの着物は、洗って壁にかけてある。
ユノが完治するまで、ひなのは部屋を離れないつもりだった。



ユノに抱かれた感触が、抜けない。



こんなこと、普通の人生には起こらないことだと思う。
私も、私の大切な人も命を狙われ・・・血だらけのまま、その腕に抱かれるなんて。


一生、忘れないよ。




「ひなの」

「・・・はい」

「俺は、間違っていなかったか?

俺の判断した、愛というものは」

「もちろんです。私にだって、絶対出来ないほどの愛でした・・・



ユノ様、あなたは本当に誰よりも偉くて、誰よりも最強なんですね」



ここに来た時の会話を思い出した。

ユノ様はこの町で一番強くて、一番怖くて、一番偉い人だって。


「・・・当然だ、俺は最強の人斬りになる男だからな」

「はい・・・そうですね」


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