声の正体
何の感情だか、分からない涙がポロポロ溢れてくる。
こんなこと、ユノ様に聞いたって、もっと分からないはずなのに。
なんだろ・・・
変な声は聞こえるし、先祖が八龍を作ったとか言うし・・・
もう気持ちぐちゃぐちゃだよ。
「何故、泣くんだ」
「愛を教えるのが・・・難しいからです」
こんなところで、メソメソしてもだめなのに。
だめなものは、ダメなのに。
止まらないよ。
「"頑張る"って・・・言ってたそばからごめんなさい・・・」
「謝る必要はない。力とは、そんなに簡単に付くものでもないだろう。
俺が今、お前に無感情を教えろと言われても、同じように悩むだろうからな」
・・・ユノ様は何だかんだ、優しいよね。
「ユノ様・・・手を貸して下さい」
「何だ?」
「さっきみたいに、手を借りてもいいですか?」
人斬りの手。何人も殺してきた、その白い手。
でも、さっきとても安心したの。
ユノは黙って、ひなのの手を取った。
「これでいいのか?」
「・・・はい。私達の町では、愛を持つ人はこうします。
ユノ様、口での説明は難しいですが・・・これも愛を表す形です。
今愛を、感じなかったとしても。
さっき、声が聞こえた時すごく怖かった。でもユノ様の手を取ったら、その怖さが薄れたんです・・・本当です」
私、おかしなこと言ってるかな?
ねぇ、ユノ様。
なんとなく心臓がもぞもぞして、あったかくて安心するのは・・・私だけですか?
「・・・俺にそんな力があるとは思えないが」
「あります」
「・・・そうか」
「・・・ユノ様は今、こうしていて何を感じますか?」
「・・・そうだな・・・
・・・小さな人の手だ、と。
人を斬った事のない手・・・なのかとな」
ひなのが落ち着くまで、ユノは黙ってそうしていた。
きっと、どうしていいか分からなかったのだと思う。
やがてひなのが泣き止むと、ユノはやっと腰を上げた。
「そろそろ、帰るとしよう」
「・・・はい」
あーあ・・・。甘えちゃったな。
「ユノ様、今日は夕飯、一緒に食べられますか?」
「あぁ、そのつもりだ」
「・・・ユノ様」
「なんだ?」
「・・・ありがとうございます」
「なんの事だ」
「・・・全部です」
全部です。
斬らないで、城に住まわせてくれたこと。
気がすむまで、買い物に付き合ってくれたこと。
人斬りの歴史を、教えてくれたこと。
手を、握っていてくれたこと。
なんで、私は人斬りに感謝してるんだろ。自分でも、もうよくわからないや。
二人は宮古寺を後にした。
そしてこの一時はー・・・
嵐の前の、わずかな柔らかい一時だった。
そこから数日、しばらくは何も起こらなかった。
何も変わらず、ひなのはユノと食事をしたり、買い物に出たり。
そこでユノは、ひなのに七色ソフトクリームを買ってくれた。
多分・・・いや、絶対、麗憐の真似をしてくれたのだろう。
そんな小さな変化が、ひなのには嬉しかった。
しかしー・・・
事が起こったのは、ある日の夜中のこと。
夢を、見ていた。
いつも夢なんか見ないのに。
ずっとずっと、さっきから名前を呼ばれている。
『弥之亥の者よー・・・』
毎度同じあの、声で。
おじいちゃんみたいな、老人の男の声。
振り払いたくて、両手で耳を塞いでみても・・・
そんなの無駄だと言うように、容赦なく木霊してる。
さわさわと風が吹いているここは、ユノ様と訪れた宮古寺だ。
何度、同じ言葉を聞いただろう。
いい加減諦めたひなのは両手を耳から離した。
「・・・あの、何でしょうか。
誰ですか?何度も、私を呼んでますよね?」
ここまで無視したら、もう作戦を変えるしかない。
呼びかけに、答えてみよう。
『・・・』
「あの!私です、弥之亥ひなのって言います!
ここに来る前から、呼んでましたよね、私の事!」
誰もいない。どこに向かって話しかけたら良いかわからず、とりあえず宙に叫んでみた。
「・・・あの!・・・私に何か用でもー・・・」
『やっと答えてくれたか、弥之亥の者よ』
「わっ」
突然背後に気配を感じ、ひなのはギョッとして飛び上がった。
明らかに声の主であろう、一人の老人が立っているではないか。
手には、深紅の柄の刀が一つ。
「・・・あ、えっと。驚いちゃってごめんなさい」
『いやいや、構わん。
初めましてだな。何度も呼んでおったが、なんだか怖がらせていたようですまぬ』
「あなたはー・・・
えっと、もしかして、弥之亥十士郎(やのい としろう)さんですか?八龍のー・・・」
私の、先祖の?
八龍を始めて手にしたって言う?
『いかにも。
わしが弥之亥十士郎だ。こんな風な形だが、可愛い子孫に会えて嬉しい』
・・・この人が・・・。
私を呼んでいたのは、十士郎さんだったんだ。
老人と言っても、仙人みたいな白髪でもなく、ヨボヨボ腰が曲がっているわけでもない。
背も高くてニコニコしていてー・・・
なんと言うか、着物を着ている執事みたいな感じ?
灰色混じりの髪は、オールバックに固められている。
『君には伝えねばならぬ事があってな』
「・・・何でしょうか」
『ユノはわしの妻、ヤエの子孫に当たる男だ。正確には、ヤエと別の男の子孫に当たるがー・・・
彼は無感情と愛の両方を、己の中に臨在させようとしておる。
それは、間違っておはぬか?』
「はい。ユノ様は、最強になりたいって。
そのためには、私の愛の力が必要なんだ・・・って」
『・・・うむ。やはりそうか。
それで、お主には苦労をかけておるようだな・・・。
・・・何を言えば良いのかわからんが、結論から言おう。
無感情と愛の力を両方手に入れることは、不可能だ』
「・・・
・・・はい??」
・・・えっ?不可能?どういうこと?何で?
そんな・・・じゃあ、私今まで何を頑張ってきたのー・・・?!
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