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王子さまはお家騒動から逃げ出したい。

ジャンル: 異世界(恋愛) 作者: 中野安樹
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王子さまはお家騒動から逃げ出したい

「どうか、今宵はあなたの虜となった私に、チャンスをいただけないでしょうか?」

どっかのサル芝居の真似事のようだとも思うが、相手はナリウスだ。全く、セリフの良し悪しなど気にならない。ただ、もうナリウスを困らせてやりたくて仕方がない。いつも、上から目線でお小言ばかりいうじいやみたいな友人をギャフンと言わせてみたいのだ。ギャフンは言わないだろうが、悔しがるさまをみてみい。嫌がらせに寝所へ誘ってみる。周りのどよめきが少しだけ気になったものの、イタズラ心は止められない。どうだ、まいったか。ザマアミロと心のなかで呟いて顔をあげると青筋をたてて静かに、睨み付けているナリウスが、そこにいた。珊瑚色の扇子で巧妙にアゴのラインを隠してはいるが、間違いない。

「まぁ」

演技だとしたら、ビックリしてしまうほど、女性らしく愛らしい口調だ。失礼な方ねと、続くのかと思ったら、予想の斜め上の言葉が、ふってきた。

「私を、寝所へ誘ってどうされるおつもり?」

寝所の辺りが、やけにとげとげしい。

「あなたのことが、もっと知りたいのです」

なおも、たたみかけるように劇でやっていたような、歯の浮く口説き文句を言って見せる。1度言ってみたかった恥ずかしいセリフ。スルスル恥ずかしくもなく言葉にできたのは、気心の知れた相手だからなのかもしれない。普段なら恥ずかしくて、死にそうな言葉でも、全く緊張しない相手というのはこんなにも、気楽に口に出きるのだ。

「……、そう。そうなのですね。昼間もう1度、お会いする必要もないほど、だと」

そう、おっしゃりたいのですね。どこか、諦めたような、怯えるやうな声に言い過ぎたのかと、チクリと胸が傷んだ。ごめん、言い過ぎたと言おうとすると、スルスルと絹ズレの音がどこか官能的に耳元に届く。ふわりと甘い香水の香りがした。いつもの、ナリウスとは、違う香りに少し戸惑う。隙をついたように耳元で小さく、上出来といつものトーンで、甘く息を吹き掛けられた。

「わかりましたわ。今夜、お部屋にお邪魔いたします。後悔、なされませぬよう」

わかりましたわ、のところだけやけに大きくハッキリとした声音なのが、少し気になりはした。気になりはしたが、まぁ、ナリウスのことだ。どうせ、後でお説教と称したお小言が始まるのだろう。後悔なんてするものか。こんなにも、気分がよいのは、久しぶりだ。少々、浮かれた気分でバルコニーへ向かう。いつもは、令嬢たちから逃げ回っていた自分が、こんなにも晴れやかな気分でいられるなんて思ってもみなかった。

「ノルマ達成だ」

我ながら、よくやった。誉めてやりたい。鼻歌混じりで、グラスを飲み干す。給仕にもう一杯頼もうと手招きをするところで、ナリウスがやってきた。

「飲み過ぎはダメですよ」

やんわり、声をかけられる。それから、低いトーンでひっそりと、約束を忘れたのですかと小突かれた。

「既成事実のひとつやふたつ、まぁ。子どもができると困りますけどね。それでも、不能で醜態をさらされると困りますから、ホドホドに」

ナリウス、わかっているんだぞ?あのこは、お前だろう?不能でも、どうでもいいんじゃないのか?訳のわからんことをブツブツと言われることにも慣れてはいるが、釈然としない。普段なら大声で、言い返しもするが、今は無理だ。宴もたけなわといった感じではあるものの、チラチラとこちらを盗み見している令嬢は多い。

(あぁ、だからか。)

ここで、何か起こるかもしれないと思わせないと、いけないのか。腹芸の上手いやつは本当に信用にならない。

(全く。目配せでもすりゃ、可愛げがあるものを。)

どこまでも、ナリウスの手のひらで踊らされているようで釈然としない。あぁ、でも。今夜は、ナリウスとふたりっきりだ。子どもの頃みたいに、語り明かそう。少々、目にクマがある方が、噂話の信憑性が上がるというものだ。気がついていない振りでもして、からかってやるのも、一興。さんざん、小言を聞かされてきた日頃の恨み晴らさせてもらうべきだ。なんだか、急に、夜が楽しみになってきた。

「それにしても、たまには、夜会もいいもんだな」


このときは思わずこぼれた言葉が、噂話として、独り歩きをするなんて思ってもみなかった。端からみたら、好みの女性に浮かれたのだろう言葉が、尾ひれがついて城中駆け巡る。一晩中、噂にはなをさかして、戻ってきたときには、すごいことになっていた。まぁでも、それは少し先の話。このときの俺は、ナリウスにするイタズラで、頭がいっぱいだったのだ。ワクワクして、ドキドキして仕方ない。


まずは、ナリウスを寝台の上で、組強いてやろう。慌てふためくナリウスを見るまたとないチャンスというやつだ。それに、ドレス姿のナリウスは大柄ではあったものの、とても美しかった。どうやって胸の谷間を作ったのかも見せてもらうとしよう。なんて、能天気なことを考えたいた自分を殴ってやりたい。


【つづく】
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