ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

サヨナラだけが人生だ

原作: ONE PIECE 作者: 柚月
目次

君を、待つ

海楼石の欠片を心臓に埋め込むという賭けは、結果的にはイーグの想定通りの結果を迎える事となる。
寿命がくれば死ぬという能力。それはつまり、寿命が来なければ死なないという事でもある。そう考えたイーグはシンの心臓に海楼石を埋める事により悪魔の実の能力の効能を弱め、寿命が来ないようにシンの成長を止める事に成功したのだ。
それによりシンの成長は海楼石を心臓に埋め込まれた9歳から止まっていた。
「死ねない、年も取らない。そんな化け物が、普通の生活を送れるとお前は本当に思っているのか?」
銃声が鳴り響く中、硝煙に向かいそう言葉を投げかけるイーグ。
けれどそれに言葉が返ってくる事はなく、イーグはカエンが息絶えたものと思い銃撃を辞めさせた。
ゆっくりと晴れていく硝煙を目を細めて見ていたイーグだったが、次の瞬間にはその表情にはっきりと怒気をにじませた。
「っ!!」
硝煙は晴れたが、そこにある筈のカエンの死体は見つからず。
同じくその場にあったはずの小舟も一隻なくなっており、それによりカエンがシンを連れて逃げた事を察したのだ。
探せ、と怒鳴り声を上げたカエンの声が遠くで響くのを聞きながら、カエンはシンと共に小舟で海を進んでいた所だった。
「はは、上手く逃げられたな。」
船の縁に寄りかかり、自分を不思議そうに見上げてくるシンの頬を、カエンは優しく撫でる。
するとシンの頬には暗褐色の液体がべっとりと付き、それに気付いたカエンは慌てて自分の服の袖でシンの頬を拭った。
「ごめんな、ちゃんと連れ出してやれなくて。」
「カエン少将、なんで、」
カエンの行動の一切が理解できないシンは困惑した様子で言葉を詰まらせ、それを見たカエンは少し荒くなってきた息を隠しながらシンの目を見て言葉を続けた。
「シン、お前、美味いメシ食ったことあるか?」
「美味い、って?」
「何か物を食べて幸せになった事があるか、って事だ。」
「幸せ?」
「あー・・・胸がぎゅーってなって、何だかふわふわして、温かくなるような感覚、なった事あるか?」
「・・・それは、ない。」
「そうか。じゃあ、俺が今度連れてってやるよ。」
その言葉を聞いて、シンの思考が停止する。
目の前の男が一体何を言っているのか、それが理解出来ないのだ。
「カエン少将の言ってる事が、分からない、です。」
「・・・なあ、シン、お前はな、人間なんだ。」
カエンは言いながら、シンをぎゅっと抱きしめた。
その声が震えていた事にシンも気付いたが、初めて感じる人の温かさが何故だか心を締め付けてその事をカエンに伝える事もできなかった。
「お前が俺を助けてくれた時の事、覚えてるか?」
支部に配属されて少し経った時の事、海賊との戦闘で不覚にも背後を取られた。
そして向けられた銃口に死を覚悟したその時、自分と海賊の間に飛び込んできたのは小さな子供の姿。
それがシンであり、シンは自分の代わりに海賊の銃弾を腹部に受けた。
慌てて覗き込めば、此方を向いた無感情な表情のシンは「ケガはないか」と、そう言ったのだ。
「こんな子供が、どうして殺さなきゃならない。どうして傷付かなきゃならない。普通に生きて、暖かいご飯を食べて、暖かい風呂に入って温かい布団で寝かせてやる事がどうして出来ないっ」
痛い程に力を込めて抱きしめられれば、カエンの言葉がより一層響く。
しかし次の瞬間に、その力はふっと抜けてカエンの体が力なく倒れる。
「シン、」
心なしか言葉からも力が感じられなくなり、シンはカエンの体を凝視した。
そうすればその体が無数の銃弾により負傷している事に気付き、目を見開いたシンは能力を使おうとカエンの体に触れる。
しかし、能力を使う事はカエンによって制されてしまった。
「シン、何もすんな。お前が余計な痛みを感じる事はない。何もしなくていいから、一つだけ答えてくれ。」
「な、に・・・?」
「アイツに追われて逃げ続けるのと、身を隠して俺が助けに行くのを待つのとどっちがいい?」
問われた質問の意味を理解できないシンが首を傾げれば、遂には荒い息を隠し切れなくなったのかカエンが苦しそうに息を吐き出しながらシンに手を伸ばす。
「お前は自由だ、お前は人間だ。決めていい、迷っていい、逃げていい、守られていい。あの男の側にいれば、お前は人間じゃなくなる。俺はお前を、あいつから逃がしたい。」
だから選んでくれ、そう言うカエンの言葉を聞いたシンの頬を、熱い雫が伝ったのはその時だった。
カエンはそれを見て一瞬目を見開くと、嬉しそうに微笑んでその雫を拭ってやる。
「選べ、シン。このまま逃げるか、隠れるか。」
そう言いながらも、カエンは自分の命がここまでなのを悟っていた。
しかしそれを言葉にはせずシンに判断を委ねたのは、シンを想っての事だった。
「・・・待ってる。」
そしてシンの口から出た初めて自分で決めた言葉は、それだった。
「カエン少将が助けに来てくれるのを、待ってる。」
恐らくはシンも、カエンの命が尽きかけているのを分かっていたのだろう。
それにも関わらず、シンが下した決断は逃げるではなく待つ、だった。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。