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錠の落ちる音は

原作: その他 (原作:Axis powers ヘタリア) 作者: 鮭とば
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錠の落ちる音は

 カタン。
「おや。久しぶりの依頼ですかね」
 郵便受けの音に飼い犬のポチが元気よく走り出したのを、若い青年がゆったりと追っていく。尻尾をふりふり降りながら良い子に待つ愛犬を一撫でして中を取り出せば、一通の白い封筒が届いていた。どなたからだろうかと裏返して、青年―本田菊はわかりやすく絶句した。

「まさか、水の都の王子様からの依頼とは思いませんよ、普通…」
「なんだ?お前は庶民からの仕事は受けるが、王族からの仕事は断っているとでも言うのか?」
「いえ、その、そうではないですけど…」
 城の階段から背後に広がる一面綺麗な青が広がる街並みをどこか呆然と眺めつつ、本田はつい呟いてしまう。その頭上から不満気な声が降って来て、たちまち恐れおののく本田に、この水の都の第四王子であるアーサー・カークランドは特徴的な太い眉をグッと寄せた。
「その、確かに私は鍵師ですから金庫を開ける依頼は受けてきましたが、その、王家の金庫を開けるなど夢にも思わなかったものでして…」
 あまりの大きな依頼に未だ現実感がないのだと頭を下げれば、ふう、と溜息をつかれた。
「どんな錠だろうと開けられるため国からの見張りをされていると噂されるほどの腕前を持つ癖に、大きな依頼ってことはねぇんじゃねぇか?」
「それはただの根も葉もない噂です!」
「じゃあ開けられなかったモンでもあったのか?」
「…今の所依頼の物ではないですが、何個か過去に」
「とにかく、ここに来たというからには依頼は受けたと言ってもいいんだろう?こっちに来い」
 言うだけ言ってとっとと奥に進むアーサーに、慌てて本田もついていく。元から断れないだろうと思っていたけれど、やはり強引だ。もしこれで開けられませんでした、なんて言ったらどうなってしまうのだろう。そもそもあの噂だって数年前に依頼されたお客様の開かずの金庫と称されていた―その実別にそんな大それたものではなかった―ものを開けてから流されてしまっただけで、本田にも開けられない金庫の一つや二つあるのだ。特に魔術がかけられているものとは相性が悪すぎる。先程述べたように今まで偶然にも依頼でなかっただけで、もし今回の依頼がそれだったら切腹覚悟で素直に切り出さねば、と本田が内心決意したと同時に、突き当りの部屋へと案内された。
「ここが俺の部屋だ」
「え?ここが、ですか?」
 ここまでの廊下はとても豪華で流石王族の住まいと思う程だったというのに、この部屋は広さはあれど、中はとても質素だ。何故か昼間からカーテンがひかれた部屋には必要最低限の家具と本がひたすらあるだけ。あとはソーイングセットぐらいか。王族の部屋はもっと中も派手かと思っていたのが顔に出てしまっていたのか、「第四王子だからな」とアーサーが燭台を灯しながら肩を竦めた。
「俺の位なんざただのお飾りのようなもんだ。周囲は俺になんの期待もなんの価値も見出していない。ただ、この国の為に利用する駒の一つぐらいだ」
 兄さん達にも煙たがられるしな、と淡々と述べるその横顔には何の感情も浮かんでおらず、精巧な人形みたいだ。どう声掛けすべきか測りかねる本田に、小さな箱が差し出された。
「これだ。これを開けて欲しい」
「これ…ですか?」
「さっきお前は王家の金庫って言ってたが、これは俺個人の依頼だ。だから豪華でも何でもなくて悪いが、これが依頼の品だ」
 先程までと打って変わって優しい色合いを乗せたエメラルドグリーンの双眸が、細められた。
「俺の世話をしてくれたばぁやがな、俺が二十歳になったら開けてくださいってここを辞める時に渡してくれたやつだ。ただ、その時貰った鍵をなくしてしまって困ってるんだ。頼めるか?」
 本田は両手に渡された金庫、というか宝箱を眺める。ぱっと見どこでも買えるだろう子供用の宝箱で、鍵も子供用故開けやすそうだ。
 暫く全体を確認したり鍵穴を覗いて、本田はアーサーを見上げた。
「箱そのものは開けられるとは思いますが、二つ質問してもよろしいでしょうか?」
「ああ。なんだ?」
「あの、アーサー王子はまだ約束の二十歳ではなかったと思われますが。来年の春で、でしたよね?それと、失礼ながらこのぐらいの箱でしたら王宮の使用人でも開けられるかと…。なのに何故私に?」
「……俺は多分来年の誕生日は迎えられねぇ可能性があるんだ」
「え?」
「これ以上は詳しく言えねぇが、まあ俺には魔法の才能が大きいようでな。それを疎まれてる」
「…成程。ですから外部の私に大事な宝箱を」
「察しが早くて助かる。先に言っておくがお前に出した手紙も誰にもバレない様に出したし、それに今日は父さん達…国王達は皆仕事でここを開けているから、魔法を城全域にかけてお前がここに来たことは見つからない様にしてある」
「…私の身の危険を心配してくれたのですか?」
「お、俺のせいで守るべき国民に何かがあったら俺の立場が危ないからなっ!別にお前の為ではないからなっ!」
 素直じゃない方だ。白皙の頬を染め上げる姿に、今までの尊大な態度など霞んでしまう程可愛らしい。クス、と笑えば真っ赤な顔で睨んでくるも怖くない、なんて王族の一員に思うには無礼過ぎるだろうか。
 さて、仕事をしましょうか。
「すみませんが、やっぱりこれは開けられないです」
「…は?!いや、さっきお前開けれるって、それにこれなら使用人でも開けられるって…」
「言葉が足りませんでした。これは今は誰にも開けられないものです」
「今は?」
 首を縦に振って、本田は手の中の宝箱を大事そうに掲げた。
「私が唯一苦手な宝箱がありまして、それは魔術がかかっているタイプなんですけど、これがそうです。魔術がかかっているのを無理に開けてしまうとその効能が消えたり、開けた本人や周りに何かしらの影響を振りまくことが多いのですが、これも王子の大切な方が言っていたように、二十歳になって開けてこの中身は効果を発揮すると思うんです。だから今は開けられません」
 だから、と少し困った色を宿したエメラルドグリーンの双眸をひたと見つめる。
「来年まで、どうか生き延びて私に再度依頼を出してくれませんか?その時こそ、ご依頼お受けいたします」
 大事な宝箱をそっと両手に乗せれば、困ったような、それでいて泣き出しそうな表情を浮かべられた。
「お前結構いい性格してるな」
「そうでもないですよ。切腹覚悟で言ってますし」
「セップクって何だよ。…この中身が見えないとばぁやに悪いもんな。来年、お前を正式にこの城に呼んでやる」
「ええ、是非。私の仕事の信頼にも関わりますので、ちゃんと来年呼んで下さいね」
「ほんっとお前良い性格してるな」
 
 その翌年、堂々と水の都の城に入っていく鍵師と、それを自ら出迎える王子の姿が見られたかは、また別の機会に。
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