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ロベリアの種――悪を育てるものとは――

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: 津島結武
目次

17話 ロベリアの憤激

 暗かった空がだんだんと明るさを帯びてくる。
 その下で、僕とティノとフェッドの3人は乗り心地の悪い馬車に激しく揺さぶられながら、故郷スマル村に向かっていた。

「お、おえーおえー! やばい、酔っちまった!」

 フェッドが馬車のけつから頭を出し、まるで鶏のように喘ぎ声を上げながら嗚咽する。
 ティノは彼を落ち着かせようとその背中をさする。
 僕はその様子をあきれながら傍観していた。一輪のクロユリを棒のように手に持ちながら。

 一番張り切っていたやつが一番つらい目に遭っていやがる。
 僕はそう嘲笑してやりたかったが、ティノに何か面倒なことを言われると思ってやめた。

 ふと手元のクロユリに視線を落とす。

 これ以外に貰った花はすべて部屋に置いてきた。
 生けるための花瓶が残っていなかったため、ほとんど使っていない適当なコップに挿して家を出てきた。
 バランスが悪いため、少しでも揺れたら倒れてしまいそうだが、万が一そうなっても僕を責める者はいないだろう。

 それにしても、この黒い花は強烈な臭いを放つものだ。
 正直、良い香りといえる代物では決してない。
 ある意味、この臭いのおかげで酔わずにいられているのかもしれないが。

「すまないね、古いものしかなかったもんで!」

 ひどく酔い散らかすフェッドを見かねた御者がこちらを振り返って詫びる。

「いいんですよ。大丈夫ですか――オロロロロ!」

 これまで一生懸命こらえていたようだが、ついにフェッドは吐いた。
 整地された道のど真ん中に薄茶色の線が描き足される。

 僕たちは急遽停車することにした。


 しばらく休憩している間に、僕たちは非常に良い朝を迎えていた。

 客車から空の様子を覗けば、ぽつりとかすかに浮かぶ青い空。
 なんだか不思議な感覚だ。
 久しぶりに空に色がついているのを見た気がする。

 小さな鳥たちも爽やかに鳴いている。
 都市ベッグで鳴いているのはハトかカラスくらいだから、まるで桃源郷に投げ入れられたような気分だ。

 外を見やると、フェッドが青々とした草むらに大の字で寝ている。
 その傍らでは、御者が水を持ってマッシュヘアの子どもを心配そうに眺めていた。

 このすがすがしい世界で思う存分に嘔吐するのは、さぞかし気持ちの良いことだろう。

 僕はフェッドが都市ベッグを出ようと提案してきたことに少しばかりの感謝を覚えた。

 しかし、この限りなく広い空間に一点だけ汚らわしい異物が混入していることには、嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 僕は同じく客車に待機しているティノに視線を移す。
 彼女もフェッドたちのことをじっと眺めていた。

 すべてはこいつが悪いのだ。
 こいつが裏切りさえしなければ、僕は殺人を犯すこともしなかったのに!

 再びあの写真の光景が脳裏に浮かび上がる。
 頭部に鈍い痛みと、鼓動が高まるのを感じた。

 不意にティノがこちらを振り返る。

「どうしたの、そんな怖い顔をして」

 僕は大きく息を吸って怒りを抑えた。
 煽っているのかこいつは!

「ティノ、正直に言えよ。僕は知っているんだぞ。君がしでかしたことを」

 彼女はぱちぱちと瞬きをして、とぼけたような顔をする。

「何を言っているの? 何も私は悪いことなんかしていないよ」

「しらを切るつもりか!」

 思わず声を荒げてしまった。
 ティノは肩をびくりとさせ、豆鉄砲を食らった鳩のような顔で僕を見つめる。

 こっちは証拠だって持っているんだぞ。
 そう言いたかったが、口から出るギリギリのところで飲み込んだ。

 もしここでダビルから奪った写真を突きつけていたら、彼女はどうして僕がそれを持っているのか疑問に思うだろう。
 そして、僕がダビル殺害の犯人ではないかと疑うはずだ。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 僕はクロユリを下に置き、ゆっくりと腰を上げた。

「……どこに行くの?」

 ティノがやや震えた声で僕に尋ねる。

「帰るんだよ。都市のほうに」

「駄目だよ! 都市からはもうだいぶ離れているし、晴れているとはいえ盗賊に襲われるかもしれないよ!」

 彼女は僕を阻むように素早く立ち上がった。

「うるさい! もううんざりなんだ!」

僕は再び大きな声を上げた。
 彼女に突き刺すような視線を向ける。

「そのいかにも僕を心配しているような態度、気持ち悪くて仕方がないんだよ! どうせ僕のことなんかどうでもいいんだろう。体裁を保つために言っているだけなんだろう。あるいは親切な自分に酔っているだけだ。そんな浅はかなこと僕にはお見通しなんだよ!」

 立ち塞がる障害物を乱暴に押しのける。

 彼女は何も言わなかった。
 僕は彼女にとって大量の代替品がある道具に過ぎないのだ。当然だろう。

 そそくさと馬車を降り、道を逆戻りする。
 辺り一面に生い茂る草むらの青臭さが鼻孔を突く。

 もうあいつとは絶対に関わらない。
 あんなやつの装飾品になど、絶対になってたまるか!


 *


 スマル村へ向かうある男は、馬車の規則的な揺れに眠りを誘われていた。

「おや、あれは」

 しかし、緩やかな入眠は御者の声によって遮られた。
 どうやら護衛もつけずに一人歩いている青年を発見したらしい。

 男は客車から顔を出し、その青年を見る。
 そして驚きの声を上げた。

「ディニコラ君……?」
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