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ロベリアの種――悪を育てるものとは――

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: 津島結武
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4話 チョウチンの枯死

 僕はカッコウの淀んだ鳴き声とともに目を覚ました。
 ベッドから体を起こし、2, 3分遅れているかけ時計を見やる。二本の針は5時57分を指していた。

 何気ない朝のように感じる。
 これほど早い時間に目を覚ますのはいつぶりだろう。
 昨日自分がしでかしたことがまるで夢のように感じる。いや、本当に夢だったのかもしれない。
 ――そう信じたい自分は、そう信じることにした。

 もう一度時計を眺める。
 都市学校に行く時間まではあと一時間以上もある。
 二度寝しようか。それとも珍しく予習でもしようか。

 そのようなことを考えていると、家のドアをバンバンと叩く音が聞こえた。
 心臓がきゅっと小さくなる。
 こんな時間に、誰だ――?

「早朝に申し訳ございません。ベッグ衛兵です。もし起きていらしたら、お話をお聞かせいただけませんか?」

 世界がぐらついたように感じた。
 やっぱり夢じゃなかった。あれは僕が起こしてしまった現実だ。

 どうする? 出るか、出ないか?
 ここで出なければ、僕に疑いが向くかもしれない。
 だったら今すぐ顔を出すべきだ!

 僕は片足を埃の沈んでいる床に乗せ、考える。

 いや、今は早朝。この時間に起きている人は多くないはず。
 だとすれば、寝たふりをしたとしてもそこまで疑われることはないのではないか?
 ならば話に応じる必要などない!

 冷たい空気にさらされた片足を布団の中へ引き戻す。

 待てよ。
 あえて協力的な態度を示すことで、僕に疑いが向きづらくなるかもしれないじゃないか。
 たとえ現在疑われていたとしても、可能性の段階に過ぎないはず。
 つまり、ドアを開ける価値は十分にある!

 ――しかし、もしボロが出たらどうなる?
 速攻逮捕されて、速攻牢獄行きだろう!
 わざわざダビルの持っていた写真を盗んだ意味もなくなる。

 よし、狸寝入りしよう。
 僕は布団を思いっきり顔までかけた。

 すると、すぐ横で何かが割れるような音がした。
 不安になりながらベッドの横を見下ろすと、ホタルブクロを生けていた花瓶が床に砕けて散らばっているではないか。
 布団を被ったとき花瓶に当たってしまったのか、それともサイドテーブルに当たって花瓶の重心がズレてしまったのか、とにかくそこに置いていた花瓶が床に落ちてしまったのだ。

「大きな音が聞こえましたが、大丈夫ですか!?」

 ドアの向こうの衛兵に心配される。
 もう空寝はできないな。


 僕は固唾をのんでドアを開けた。

「おはようございます。心配をおかけしてすみません。ベッドの横に置いていた花瓶が割れてしまって」

 ドアの先にいた衛兵は、どんな病気でもはねのけてしまいそうな勇ましい青年だった。

「それは災難でしたね。お怪我はありませんか?」
「ええ、片づけをする際に指を切ってしまうかもしれませんが」

 あたかも談話しているかのように笑う。

 聡明そうな男性に思える。
 幸いなことに、疑い深い人種でもなさそうだ。

「ところで、何のご用でしょうか?」

 僕は自分から問いかけた。

「実は、すぐそこで遺体が発見されまして、昨夕から今日の未明にかけて何か変わったことはありませんでしたか?」
「遺体……」

 改めて自分が殺人を犯してしまったことを実感してうろたえる。

「何かあったのですか?」

 まずい。さすがは衛兵。年は離れていなくても、僅かな反応を見逃さない。

「昨日の夕方、叫び声が聞こえました。『嘘だ!』と言っていた気がします」

 僕は隠さず事実を伝えた。
 嘘を見抜かれたくないのならば、嘘をつかなければいいのだ。

「それは具体的に何時ごろですか?」

 衛兵は僕の証言をメモ帳に記述する。

「……すみません、そこはよく覚えていません。眠りかけていたもので」
「夕方に? そんな早くに寝たのですか?」

 端正な顔立ちの衛兵は疑問の視線を僕に向けた。
 疑心暗鬼というよりは、純粋に疑問を感じた様子だ。

「ええ、昨日は神経症状がひどくて、薬を飲んで早めに寝たんです」
「そうでしたか。失礼しました。その叫び声のほかに何か変わったことはありませんでしたか?」

 彼の表情が一瞬にして穏やかなものに戻る。
 きっと彼の性格自体が柔和なものなのだろう。
 しかし、なぜだろうか。僕はそのまっすぐな態度に嫉妬のような感情を覚えてしまう。

「はい、そのあとはすぐに眠ってしまったので」
「なるほど。ご協力いただき誠にありがとうございます」

 好青年がパタンとメモ帳を閉じる。
 すると、思い出したかのように懐から兵士手帳を取り出し、僕に提示した。

「申し遅れました。私はベッグ衛兵府殺人課のテッラシーナです。また聴取することがあるかもしれません。そのときはまたよろしくお願いいたします」
「ええ、もちろん。お勤めご苦労様です」

 僕は最後まで焦りを見せないよう、ゆっくりと扉を閉めた。
 そして、ドアノブに手をかけたまま停止する。


 ようやく終わった。
 ほんの僅かな時間のはずだが、果てしなく長く感じた。
 うまくいったか?
 どうやら疑われてはいないようだ。

 安堵のため息をつく。

 頭がぐらぐらする。
 意識が薄くなるのを感じる。
 だけど、なんだか心地がいい。
 やっぱり夢なのではないか?
 これでどうか、元の生活に――。
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