ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

ロベリアの種――悪を育てるものとは――

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: 津島結武
目次

14話 クルミの批判

 同日、ぼやけた太陽が遠くの山に隠れかけてくる頃、殺害されたケリー・ダビルの鑑定結果が白熱球に薄く照らされたオフィスに届けられた。

 死亡推定時刻は10月12日の16時から20時までの間。
 やはり〈ペルソナ〉が犯行におよぶはずの13日には殺害されていなかった。
 たとえ鑑定結果に誤りがあったとしても、4時間の誤差が生じることはまずないだろう。

 次に明らかになったことは、外傷はレンガの壁に打ちつけられた側頭部にしかみられなかったということだ。
 つまり、被害者は何者かに押し倒されたか、驚かされて転倒したかのどちらかになる。


 ナイト・テッラシーナはそれらの事実を記した資料を一通り読み終えると、デスクに放り投げて椅子の背もたれに身を任せた。

「やはり俺らの予想通り、この事件は〈ペルソナ〉によるものではないな」

「ってなると、やっぱり犯人はバフィア・ファミリーの人間ってことだな」

 テッラシーナの向かいに座るユングクラスが、ダビル・ファミリーに敵対する組織の名を挙げる。

「一応未成年が関わる事件だから、調査は続けることになるだろうけれど、主導権はクレイグヘッド班に握られるんだろうなぁ」

 金髪の衛兵が退屈そうな顔で腕を頭の後ろに組む。
 すると、筒状に丸められた紙の束が矢のごとく彼の頭に突き刺さった。

「いてぇっ! なんだこりゃぁ!」

 ユングクラスは、無事自分の頭を貫かずに落下した紙の束を拾い上げると、それが今日の夕刊であることに気づいた。

「おめぇらには明日も明後日も事件が解決するまで捜査に加わってもらうでさ」

 ひどい訛りの黒人が歩み寄ってくる。
 テッラシーナはその男を見てこう呼んだ。

「ピコレット」

 リッキー・ピコレット。
 テッラシーナたちの同期であり、クレイグヘッド班に所属する切れ者だ。

 やはりクレイグヘッドさんの後任はこいつだったのか。
 テッラシーナは心のなかでつぶやいた。

「ピコレット! 何しやがるんだ!」

 ユングクラスが突如現れた黒人を怒鳴りつける。

「あんたらがちゃんと仕事しねぇからお仕置きしたんでさ」

 ピコレットは短い白髪を掻きながら怒りん坊をなだめる。
 それに対し金髪の男は、どの辺りが仕事していないのかと問い詰めた。

「根拠は三つ。一つ目は見当違いな推理でさ」

「見当違い?」

 テッラシーナがつぶやく。

「そう、あんたらはさっきケリー・ダビル殺しの犯人がバフィア側の人間だとか抜かしとったが、そりゃ状況的にありえねぇんでさ」

 ユングクラスがどういうことかと尋ねた。

「マフィアは相手を押し倒すみてぇに野暮ったいことはしねぇってことでさ。下っ端ならかろうじてありえっかもしんねぇが、ザコがボスの息子を殺めることは考えらんねぇ」

 ピコレットが適当に椅子を引き寄せ、腰を下ろす。
 三人で正三角形を作るような位置取りだ。

「二つ目はこれでさ」

 白髪がユングクラスから夕刊を奪い取ってデスクに広げる。
 それには、

〈ダビル・ファミリー、ボスの息子が死亡 ペルソナによる犯行か!?〉

 という見出しがでかでかと書かれていた。
 本文には事件の詳細が記述されている。

「俺らの予想はマスコミレベルだって言いたいのか」

 ユングクラスがイラ立たしげに言う。

「そんなことだったらまだかわいいもんでさ。一番の問題は、我々衛兵組織しか知らねぇ情報まで書かれているってことでさ」

 テッラシーナはもう一度記事を見やった。
 すると確かに詳しく書かれすぎている。
 〈ペルソナ〉が、これまで首をナイフでかっ切る方法でしか犯行に及んだことがないことは、内密の情報だったはずだ。

「この殺人課には、タレコミ屋が存在する」

 ピコレットが自分の爪を眺めながら言った。

 さすがはクレイグヘッドさんの認める問題児だ。
 そうテッラシーナは思った。
 余裕のたたずまいで治安組織の闇を暴こうとする白髪の黒人からは、危険な香りがぷんぷんと放たれている。

「言っておくが、俺たちは情報を漏らしてなんかいないぜ。俺はもちろん、テッラシーナも驚くほどに無欲だからな」

 ユングクラスは言い訳がましく言った。
 彼の欲深さはこの衛兵府内で随一のものだ。
 タレコミ屋は彼かもしれないとテッラシーナは思った。

「まあオイラは裏切り者捜しをするつもりはねぇんでどうでもいいでさ。むしろ事件が面白い方向に転がるかもしんねぇからな」

 切れ者はあくびをしながら言う。

「それで、三つ目は何なんだ」

 顔を引きつらせるユングクラスを尻目に、テッラシーナが尋ねた。
 ピコレットはリラックスした様子でこう答えた。

「あんたらは頭が堅ぇってことでさ」

「ああそうかい。どうせ俺らはお前の班長と同じく石頭ですよーだ」

 ユングクラスはもはや聞く耳を持っていない。
 ピコレットは気にせずに続けた。

「おめぇらも含めて、周りのやつらは〈ペルソナ〉が犯人だとかバフィア側の人間が犯人だとか抜かしとるが、オイラが思うに、それらは見当違いだ。もっとほかの可能性を考えなくちゃいけねぇ」

「その可能性って?」

 テッラシーナが尋ねる。
 ピコレットは一呼吸置いて答えた。

「……傀儡師でさぁ」
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。