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ロベリアの種――悪を育てるものとは――

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: 津島結武
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6話 リンドウの邂逅

 エメルダが薄っぺらな捜査資料を気怠そうに読みながら、若手の二人にのんびりと歩み寄る。

「班長はムカつかないんですか? クレイグヘッドさんに『生意気な部下を制することもできない腰抜け』とか言われているのに」

 ユングクラスが悪友を求めようとして尋ねる。
 頭の後ろで手を組む彼の姿はまるで少年だ。

「事件は解決すればいい。解決できるのならば、上の方針に背く部下でさえも許容すべきなんだよ」

 合理的な上司が茶縁のメガネを上げる。
 それを見て、テッラシーナはこの人の下につけてよかったと思った。

「さっすが班長! そこまで懐が広いのは班長くらいですよ。じゃあ今回もテッラシーナの意見を聞いてくれますよね」

 エメルダはうなずき、テッラシーナに顔を向ける。
 彼は状況の不審な点やこれまでの事件との比較を伝えた。

「なるほど、殺害方法や被害者の年齢には私も疑問を感じていたが、死亡時刻には気づかなかった。参考にしよう」

 ユングクラスがヘヘッと得意そうに笑った。

「話は以上か?」

 エメルダが二人に尋ねる。

「「はい」」
「よし、それではこれから君たちには聞き込み調査を行ってもらう。テッラシーナはここから南側、ユングクラスは北側を調査してくれ」

 エメルダが端然たる態度で指示を出す。短く後ろで結ばれたブラウンアッシュの髪は彼女の悠揚さを見事に表している。
 二人は即座に気をつけをした。

「「承知しました!」」

 そして、二人は命令に従って、霧に包まれた集合住宅の森に入っていった。


 しかし、調査はうまく進まない。
 なぜならば、今の時間は午前6時前。早朝だからだ。
 こんな時間に起きているのは健康志向の人間か伝統職人くらいだろう。
 聞き込みを開始してから12枚の扉を叩いてきたが、部屋から出てくるのは一人もいない。

 そして、これから叩くのは13枚目の扉だ。
 テッラシーナはイラ立ちを抑えて扉を叩いた。

「早朝に申し訳ございません。ベッグ衛兵です。もし起きていらしたら、お話をお聞かせいただけませんか?」

 霧の町にはそぐわない朗らかな声で呼びかける。
 しかし、これまでと同じように、中から声が返ってくることも、人が出てくることもない。

 どうせ意味ないと思うが、一応もう一度ノックするか。
 彼は事務的に緩い拳を扉の前に添える。

 すると、突然何かが割れる音が部屋の中から聞こえてきた。
 テッラシーナの鼓動が急速に速まる。

「大きな音が聞こえましたが、大丈夫ですか!?」

 そう尋ねて数秒後、ゆっくりと扉が開いた。

「おはようございます。心配をおかけしてすみません。ベッドの横に置いていた花瓶が割れてしまって」

 中から出てきたのは端正な顔立ちの青年だった。
 服はみすぼらしく、髪はぼうぼうに伸びきっている。
 しかし、ジャングルのような髪の隙間から覗ける彼の目には、病的で、かつ危険な美しさが佇んでいた。

 テッラシーナはようやく聞き込み調査を開始した。


 *


「なるほど。ご協力いただき誠にありがとうございます」

 青年は快く捜査に応じてくれた。
 なんて優しい青年なんだ。
 こんな朝早くに訪ねても、一切機嫌を悪くしないなんて。

 そのおかげで、大きな収穫が得ることができた。
 青年の言うには、昨夕、この近くで「嘘だ!」と叫んだ者がいるらしい。
 昨日の夕方に被害者が殺害されたとすれば、遺体の死後硬直の進行度とも一致する。
 それに、あの〈ペルソナ〉が大声を出して犯行に及ぶとも考えづらい。
 つまり彼の証言は、この事件が〈ペルソナ〉によるものではないことを示す重大な糸だ!

 彼には感謝しないとな。
 テッラシーナは満足な気持ちでメモ帳を閉じる。
 するとハッとして、慌ただしく懐から兵士手帳を取り出した。

「申し遅れました。私はベッグ衛兵府殺人課のテッラシーナです。また聴取することがあるかもしれません。そのときはまたよろしくお願いいたします」
「ええ、もちろん。お勤めご苦労様です」

 青年は扉を開けたときと同じように、ゆっくりと閉めた。

 テッラシーナは鼻から深く息を吸い、口から生温かい息を吐き出す。
 青年のおかげで仕事への活力を得ることができた。
 次に訪問する住民は快く応じてくれるだろうか。
 いや、そんなことはどうでもいい。私は私のやるべきことをやるだけだ。

 真面目な衛兵がくるりと振り返る。
 すると、誰かが砂まみれの階段を上ってくるのに気づいた。

 キノコのようにふわふわなブラウンヘア、まったく濁りのない白い肌。
 遺体の第一発見者であるジョルノ・フェッドだ。
 フェッドはテッラシーナを見ると、なぜかフフッと笑った。

「衛兵さん、グロムは眠っていたでしょう? なんてったって、今はまだ6時過ぎですからねぇ」

 マッシュルームがテッラシーナと対面する。

「グロム?」

 聞きなれない名前だ。誰だ?
 テッラシーナがぽかんとしていると、フェッドはまたも笑う。

「ああ、グロムっていうのは――」

 フェッドが言いかけると、背後から大きな音が聞こえてきた。
 扉が勢いよく開かれる音と、何かが倒れる音だ。

 テッラシーナがとっさに振り向くと、先ほどの親切な青年が床に倒れていた。

「ええと、今そこで寝ているやつです」

 フェッドはうろたえながら青年を指して言った。
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