ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
目次

45話 「宝石屋②」


あの娘を「ひとめ」見た時から感じていた。
彼女の「それ」には何の色もない、そう、まるで抜け殻のようだと。


近くにあった鉱石が砕け散ったことで、2対の視線は一点を見つめたまま動かない。
本来この店は接客業ではなく、「顧客」がいるとするならばそう、棚の上にある鉱石たちだけだった。「ひとり」に慣れきっていた生活の中に、突然と現れた客人への応対は想像よりも遥かに疲れる。それも、人付き合いが面倒で避けてきた人間からすればそう、億劫なものでしかなかった。出来ればもう出て行ってほしいところではあるが、ここから見える様子から見てもまだまだ居続けるのだろう。一応、「宝石屋」として店構えをしている以上、無暗に「出ていけ」とも言えず、かと言って売り物ではない鉱石の説明を一からしてやるような良心があるわけでもない。もとい、「調律師」の奴からここを任されている以上、悪態などつくわけがないのだが。

それにしても暇だ。
店内の隅っこにある椅子に深く腰掛け、足を組むと、濡羽色の女に自然と目が行った。それはその辺の人間のように、あの娘に興味があったから、興味があるから、なんて理由などではなく、そう。娘の「色」が単純に目を引かれた、それだけだった。

「人」にはそれぞれ「色」がある。
極稀に「オーラ」とやらが見える人間がいると聞くが、ここで示す「色」とは、そんな生きた人間が見える「それら」とは大きく違うものだ。

「人」は身近で大切な何かを失くした時に、心の中に「それ」が咲く。
大小多かれ少なかれ、それらは一見、花のようにも見えれば、ビー玉のように小さな欠片に見えたりもする。私の場合はそれらが「鉱石」のように見えている。ビー玉よりも大きく、ピンポン玉よりも小さい程度のモノだ。(この街で私以外にそれを見ることが出来るのは、なんて話をしてもつまらないだろう。割愛させてもらおう。)

「それ」は、身近の誰かを失った者の中に現れ、そして幾多の色に輝きながら、その者の生涯を彩っていく。持ち主が深い悲しみ、辛さを感じる程、それらはくすんでいく。そこから立ち直ることが出来れば、再び「撫子色」に光り輝く鉱石になるが、まぁ、その行きつく先は色々だ、と言っておこう。

死者にとってあの鉱石は最期に感じることのできる「温もり」でもあった。
死者はあの世に辿り着いた後、「転生」までの時間を待ちながら、「現世」に残してきてしまった者がちゃんと前を向けているかを確認するために「とある場所」に向かうことが出来る。そこで死者が見届けることを許可され、そして手続きをされた生者の鉱石がここへやってくる。先程の「撫子色」の鉱石は、無事「生者」が前に進みだしたことを示しているということは先程話した通りだ。鉱石を受け取った「死者」は、「温かみ」のあるそれを受け取ると、安堵して「転生」に向かうなり、このままここで、誰かを待つかを決める。大半がそのまま「転生」する道を選ぶが。

問題が、先程砕け落ちた「百入茶色」の鉱石の方だった。
あれは「死者」との別れから、立ち直ることが出来なかった者の「末路」だ。思い苦しみ、前を向くことが出来ずにいた鉱石は、最後にはそう、あそこに置いてあった「鉱石」のように淀んで壊れてしまう。ああなってしまったら、もうあの「鉱石」の持ち主の生存は望めないだろう。残念であるが、壊れてしまった鉱石を戻す手段などなく、同じようにあの鉱石が自分の手元にやってくるのを待っている「死者」のもとにも二度と届けられることはない。

濡羽色の娘の中にもその破片は見えているが、色が薄まっている、くすんでいる、というよりはそう、「空っぽ」だった。

「生者」であろうと、「死者」であろうと、あれは変わらない。
常に変化を続けている色味は、その持ち主の気分、心の有りように左右されるものだ。
見たところ、心を失くした様子もなく、そもそも「欠片」が咲いていないのだとすれば、そのもの自体が見えていないだろう。だから、目を引いた。

ああした「鉱石」を見るのは、これで何度目か。
未練を残したもの達が集う「街」、あそこにはああして、あの娘のように「空っぽ」のものたちも何人かいる。あの娘は、その者たち同様に「抜け殻」というよりも、自分自身を見つめきれずにいるのだろう。そう、例えば、「記憶」がないとか。

2度目の来店を知らせるベルが鳴り、視線だけを動かし、扉の方を見ると、これまた珍しい客人が扉を腕で支えながらこちらに会釈した。「探し屋」、あの濡羽色を持つ娘同様に、「色のない鉱石」を持つ人間。どうやら待ち合わせをしていたらしい「探し屋」に促され、不満気に出口の方へ歩いていく「記憶屋」を、宥めながら後ろに続く娘は、一瞬だけこちらを振り向くと、私が自分を見ているとは思わなかったのだろう、驚いた顔をしながら、小さく会釈をした。

客人の去った扉をぼんやりと見つめていると近くにあった黒電話がけたたましく鳴り響く。やれやれ、客人が去ってやっとひとりきりになったと思ったらこれだ。受話器を上げた私は、向こうから聞こえる「旧友」の言葉に耳を傾けると棚の上の鉱石がまたひとつ、「撫子色」に輝いた。


目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。