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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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42話 「ひとつめのお別れ」

「別の世界に移動するんですか?」

壱橋さんに言われた時は、正直驚いた。
何の前触れもなく、参ツ葉さんと江戸にある拠点に帰ってすぐに伝えられたから。
この世界での収穫はゼロに等しく、長い間居てもそれらしい痕跡は見つからないだろうとのことだった。参ツ葉さんと顔を見合わせながら、多少の戸惑いを感じていたけれど、多分私がこの世界の人と関わりすぎたのもあるのだと思う。

そう、例えば、山崎さんとか。

「別れも告げない方がいい。葯娑丸が戻ってきたらそのまま発つぞ」

荷造りだけしといてくれ、と参ツ葉さんに伝えた壱橋さんはどこかへ出掛けて行き、参ツ葉さんはそれに私の肩をそっと掴み、移動するように後押しすると、私が自室としてあてがわれた部屋へ入った。

「大丈夫?」

「うん、ありがとう。参ツ葉さん」

荷造りと言っても、然程荷物はなかった。
ここにきて、参ツ葉さんに借りた少しの衣類と、「女の子なんだから」と弐那川さんが持たせてくれた生活用品の入っているポーチだけ。

今着ている着物から、洋服に着替えると、手に持っていた着物も持って行こうと提案してくれた参ツ葉さんに頷いて、見様見真似ではあったけれど、着物を畳んで、貰った時と同じように衣装ケースにしまい込んだ。

「いっちーもね、別に意地悪で言ったわけじゃないのよ。この世界から私たちが消えたら、ここの人間から私たちの記憶はリセットされる。死者が必要以上に生者に干渉しない為よ。けど、ここで私たちが関りを持った人たちに別れを告げてしまうと、生者に「引っかかり」が出来てしまう。それはお互いの為に、ね」

最後は濁しながら、私の頭を撫でた参ツ葉さんだったけれど、言いたいことは十分伝わった。きっと、それは葯娑丸が以前私に話していたことが関わっているのだろうと思う。

人はただ街ですれ違った人に興味は持たない。
何らかの形で、多少心が動いたにせよ、その人が記憶に留まることなんて、たかがしれている。数日もすればすっかり記憶から追い出されてしまうだろう。

けど、一度関りを持ってしまえば、その感情の大きさがどうであれ、繋がりを持ってしまったら。死者である私たちの意思に関係なく、彼らを引きずり込んでしまう。参ツ葉さんは優しい人だから、そうは言わなかったけれど、きっとそういう事なんだと思う。

「でも、せっかく来た世界でこのままお別れっていうのも寂しいよね。ちょっとお散歩でもしていこっか?」

これから、どの世界に行っても、こうして生きていくしかない。
何だかそれがすごく、悲しいことだと感じた。
手のひらを、きゅ、っと掴み足元に置いてあるカバンを見つめていると、荷造りを終えたというのに、いつまでもぼんやり下を向いて何か考えている私を元気づけようとしてくれたのだろうか。参ツ葉さんはそっと私の手を掴むと、あっという間に私を立ち上がらせて、縁側の方を通って玄関のほうへ向かっていく。

「参ツ葉さん、でも、壱橋さんが此処で待っていてって」

「大丈夫よ!いっちーは、次の世界に行くための「入口」確保で1時間くらいは帰ってこないし、葯娑丸っちは「街」に戻っているからまだまだかかるよ~」

葯娑丸君とすっかり仲直りしたらしい参ツ葉さんは、今では葯娑丸君が居る時でもこちらに来てくれるようになった。葯娑丸君も、以前は避けるように出掛けていたのに、今ではお互いに気にしない関係に落ち着いたらしい。

本当は遠慮しなきゃならないのかもしれない。
けど、最後にこの江戸を見ておきたい、そんな自分勝手な思いから、私はそれ以上参ツ葉さんを引き留めることなく後に続いて、拠点を飛び出した。

街に出ると、平日の昼間だというのに人がごった返している。
そんな中を平然と歩いていく参ツ葉さんはすっかりこの街に慣れ親しんだようだった。

大通りを抜け、閑静な街並みに出ると、高台のような場所につき、江戸の街を一望できるような丘が見えてくると、参ツ葉さんは少し小走りになりながらその丘の先端にある手すりのほうへ体を倒すと、身を乗り出すようにして辺りを見回した。

「早く着てみればよかったねぇ」

最終日にこんな場所を見つけるなんて、なんて運がないんだろう。そう言った参ツ葉さんだったけれど、私は逆に、最後になんて綺麗な場所を見つけられたんだろう、そう思えた。

記憶のない私にとっては、毎日新しいものに出会いはしたけれど、その中には知らないものへの恐怖や不安が入れ混じっていた。何も知らない、っていうのは記憶がある人達が想像しているよりももっと怖い事なのかもしれない。

けれど、こうして参ツ葉さんや、壱橋さん、葯娑丸君、肆谷さん、伍森さんと関わるようになってから、そんな新たな発見にすごく、わくわくして接することが出来るようになった。だから、この瞬間も、参ツ葉さんにとっては数ある中の一つの記憶でしかないのかもしれないけれど、私にとってそれは、ひとつひとつが大切で。

これを一緒に見たのが参ツ葉さんでよかったと思えたんだ。
参ツ葉さんと友人になれてよかったって。

けど、少しだけ、欲を言うなら、参ツ葉さんもそう思ってくれたらいいな、そう思いながら、前から吹き抜けてきた心地いい風に、そっと瞼を閉じた。


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