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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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39話 「記憶の中③」


中年の男性の願いはこうだった。

自分を置いて先立ってしまった妻が、きちんと成仏しているのか知りたい。
参ツ葉さんが手渡した書類を書きながら、どこか落ち着きのない男性は、ペンを持った手を止めては何かを考えこみ、また何かを書き込むと浅くため息を吐いた。

心ここにあらず、そんな顔をした男性が参ツ葉さんに書類を手渡し、一通りその書類に目を通した参ツ葉さんは、何度か男性と問答を交わすと、やがて納得したように男性の書いた書類に何かを書き足していく。

奥さんが亡くなったのは十数年前。
随分若くして亡くなってしまった奥さんの死をなかなか受け入れることは出来ず、死後もそんな奥さんが無事に成仏出来たのか気掛かりでこの街に流れてきてしまったらしい。

穏やかそうな容姿の男性は、気の弱い奥さんが困ってやしないか心配でならないようだ。
参ツ葉さんは、途切れ途切れにそう伝える男性の話を優しく先を促しながら聞くと、それを近くにあったボックスの中に入れた。

それから私の方を一瞬振り向いて「ごめんね、ちょっと待っていてね」と言った参ツ葉さんに私は慌てて頷くと、ふ、と視線を感じて顔を上げると男性としっかりと視線が合ってしまい、お互いに少し気まずさを感じながら会釈をし合った。

ボックスに紙が入り、代わりに一枚の紙を取り出すと、その紙の内容を読んだ参ツ葉さんは、その書類に判子を押してから不安そうに一連の動作を見守っていた男性に微笑みかけた。

「確認が取れました、奥さんから記憶の開示許可は取れていますので見ていただいて構いません。それと奥さんですが、無事に成仏されたようですよ」

男性はその言葉にひどく安堵した様子だった。
やがて、山のような本棚から一冊がひょこっと顔を出し、それが男性の手元におさまるように飛んでくると、慌ててそれを手に取り、驚いた顔をした男性に参ツ葉さんは「記憶本」の説明をした。

「記憶本」の見方はただひとつ。
本を開いて、自身の見たいと思った「記憶」を思い浮かべること。
出来るだけ鮮明に、本を見つめながら頭の中で思い描いていくと、気が付いたら「記憶」のほうへ誘われるらしい。

誘われたら後は自身の好きなように動き回るだけ。
記憶の中の人物と会話することや、なにかアクションを起こすことは出来ない。
ただ、目の前に流れる「過去」を見守るだけ。

わたしがその手順を踏むことなく、参ツ葉さんの夢の中に入ったのは、記憶の主である参ツ葉さんがそれを「望んだ」からその手順を踏まえることなくたどり着けた。

元々はこのようなシステムは備わっておらず、死者の記憶を同じ「死者」が見ることは今よりも容易だったらしい。けれど、本来その記憶の持ち主が見てほしいと望んだ人間には見ることが叶わず、本当に必要な人がこのシステムを利用できないことが多かった。

しかし、死者の多くは先立った者が無事にここを通り抜けることが出来たのか、置いてきてしまった大切な人が自分亡き後に元気で暮らせているのか、そんな思いが「未練」になって留まることが多かった。

「記憶」を見ている間、霊体はその空間へ引っ張られるため、男性の姿はそこには残らず、本だけがカウンターの上に残されていた。その間参ツ葉さんは喋ることなく、ボックスの中に入れられたままの書類に視線を向けたままでいる。

数分だったか、数十分だったのか。
男性が姿を現した時、頬をつたわるものをそのままに、震える手で男性は参ツ葉さんに「記憶の本」を手渡すと、それを受け取った参ツ葉さんは代わりに1枚の便箋を男性に手渡した。

男性もそれが何だかよくわからなかったらしい。
便箋と参ツ葉さんとを見比べる男性に、参ツ葉さんは「奥さんからあなた宛てへのお手紙です」と伝え、向こうにあるソファ付きのテーブルでゆっくり読むことを促すと、男性はまさか奥さんからの手紙があるだなんて考えてもいなかったらしい。

震える手で便箋を何度も撫でつけると、参ツ葉さんに頭を下げてから、部屋の隅にあるソファのほうへと歩いていった。

男性のいるほうは、何となく向けなかった。
向いてはいけない気がした。
それこそ、夫婦にしか分からない「時間の流れ」を盗み見るようで、なんとなくそれが申し訳なく感じて、わたしはわざと背中を向けるように顔を逸らした。
紙の擦れる音がして、やがて、泣き啜る声が店内に響いた。
奥さんの名前を時折呟く男性に、奥さんは本当に愛されていたことが分かる。

やがて、読み終えたらしい男性は手紙を参ツ葉さんに返そうとしたけれど、参ツ葉さんはそれを男性の手に戻すと「どうぞそのままお持ちください」と伝え、男性はそれに、再び参ツ葉さんに頭を下げてから、手紙を大事そうに抱えて消えていった。

ここに来てから、ずっと不安げだった男性は最後に穏やかに微笑みながら消えていった。
それを見届けた参ツ葉さんは静かに後ろにあるファックスが「送信完了」の音を立てたのを確認して、私の方を振り向いて微笑んだ。

ファックスに向き直った参ツ葉さんが「成仏したのよ」と教えてくれた。

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