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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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29話 「記憶屋」


※過去篇



本屋を営んでいる時、何度も目にした男が居た。
「街」に住んでいる人間なんてほんの一握りで、それもこうも長期間うろうろしている人間なんて極稀だというのに、男は時折やってきてはこの本屋に立ち寄った。
カウンターの机に肘をつき、手のひらの上に顎を置きながら店内を歩き回る男を視線だけで追ってみる。莫大な量の資料が集まるここにやってくる客は自分の抜けてしまった「記憶」であったり、自分より先に死んでしまった人が転生したのかを確認しに来るものばかり。天井を突き抜けるように積み重なった「本」に数分程度自力で探そうとしても、大抵カウンターに着て自身の名前と探してほしい人物の名前を伝えにくるというのに、男は未だに一度もカウンターに寄ったことはない。ぶっきらぼうに「への字」に曲がった口元が印象的な男は時折本屋を訪ねてきては、何かを物色するでもなく、一通り陳列された棚を眺めると出て行ってしまうそんな変わった男だった。
普通の本屋であるならば、そういった光景もなくはないのだろう。例えば目当ての本が見つからなかったとか、目当てはないけれど面白そうな本を物色したけど興味のあるものには巡り合えなかったとか。けれど何度も言うがここは本屋と言えど扱っているものは人の「記憶」。
宛てもなく、理由もなくやって来る人間なんて居やしなかったから随分印象的だった。

数か月に一回ペースでやってくる男は今日もふらりと入って来る。
その時は丁度接客中で、若くして亡くなってしまった女性は「記憶」を探しに来たのではなく、今でも現世で生き続けている「家族」への手紙を書いていた。最初の目的は自分の死因が分からずにそれを知るためにとやってきた彼女も、「未練」を悟ったらしく最後にここにある自分の「記憶」の場所に家族への手紙を残しておきたいと申し出られた。人様の記憶を公開する上で同意も形式的状取らなければならない為、一緒に渡し、店内の片隅に置かれたテーブルでこちらに背を向けて書いている女性は先程まで平然としていたというのにその背中は小刻みに揺れている。

男はそんな女性を一瞥すると、そのまま視線を逸らしていつものように本棚の影へと隠れてしまった。どうやら毎度の「探索」が始まるらしかった。

「これ、お願いします」

「確かに受け取りました。」

手紙を書き終えて、カウンターにやってきた彼女は幾分泣き止んではいたが、しゃっくりをあげながら無理に我慢している様子だった。私はカウンターに置かれたよれ曲がった手紙を手に取ると、それを彼女の「記憶」の本の背表紙に挟み込むと、受け取った書類は別の冊子へと挟んだ。

「未練が終えれば、自然とあなたは成仏します。もし不安を感じたり、まだ未練が残っているようだったら「探し屋」を紹介しますよ」

彼女は私の言葉をただ静かに聞くと、首を横に振った。
彼女の未練は現世に残してきてしまった「家族」へのものだった。
だからきっと、手紙を残した時点で未練は終えてしまったのだろう。
正確には、終わったことにはならないけれど、「生き返り」はどんなに生前身分の高かった人間だって平等にあり得ないことだ。彼女の未練はここで切れる。

書類をファックスにセットし、役所がそれを受理すれば彼女はここで消えていくだろう。
それは既に彼女に説明済みであるし、万が一家族が「未練」を感じることなく、この街を訪れなかった場合はこの手紙を届けることが出来ないことも説明済みだ。

皮肉なことに、私が彼女に出来ることは、彼女の手紙を保管する。それだけ。

「記憶屋さん」

ファックスが送られていく音をぼんやりと聞いていると、一緒に静かに待っていたはずだった彼女が突然私をで呼んだ。驚いて、弾かれたように顔を上げると、彼女は静かに笑ってこちらを見ていた。

「ありがとう」

くしゃりと笑った顔は、すごく幼く見えたけれど、初めて彼女がここを訪れた時の大人びたものよりも「彼女らしい」笑顔だった。

「あなたの来世に幸多からんことを」

ファックスが「ピー」という音を立て、送信を終えたことを知らせると、やがて、彼女は静かに消えていった。最後に見えた幸せそうな笑顔に、送り終えた用紙が支えをなくしたように床に落ちた。何度やっても、この見送った後の何とも言えない気持ちには慣れそうになかった。

床に落ちた紙を拾い上げ、処理を終えた書類は漏洩防止の為にシュレッダーに掛ける為少し離れた場所にある機械の方へ持って行く為立ち上がった時だった。カウンターの下へ潜り込んだ紙を取っていたせいで、向こう側に立った男に全く気付かずにあからさまに驚いてしまった。

何だ、この人も「記憶を探している死者」か。
書類を一旦後ろの秘文書保管入れに入れると、「あなたの名前と用件をお願いします」とまた形式的な言葉を並べる。

それに男はじっと私の目を見たまま、懐から何かを出すとただ一言、「記憶屋、あんたに会いたい人がいる」と一枚の名刺を差し出した。名刺を見ると、何も字は書かれておらず、不審に思い眉を顰めると「裏にある」と男は続けた。

随分と変わった人、そう思いながら受け取った紙を裏返した私は、きっと物凄く冷めた目をしたのだろう。男はその理由もすべてわかっているように「明日、空いた時間に例の場所に」それだけ伝えるとさっさと店から出て行った。


参ツ葉

人の記憶を扱う仕事、「記憶屋」を営んでいる。
業務中は形式的に行う必要があるため口調もすべてきっちりしたものにしている。
一番死者の記憶や未練に触れやすい分、いつも歯がゆい思いをしていた。
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