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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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26話 「瞬くような星空の下で」


「どうしたの?」なんて聞くにはまだ私には人生経験が浅すぎて。
「大丈夫?」なんて聞けるほど、私は葯娑丸君のことを知らない。
ただ俯いている葯娑丸君を見守っているだけしか出来なくて、そんな彼の頭にそっと手を伸ばしてみる。

葯娑丸君は不思議な人だ。

彼を「人」と形容すべきなのか、「猫」と形容すべきなのか分からない。
けれど今目の前の彼は「人型」でいるから、ここでは「人」として見ることにする。

葯娑丸君は不思議な人だ。
興味なさげにしていて、実は誰よりそのことに興味関心を持っていたり。
何が起きても傷ついていないふりをして、誰よりも傷つきやすい繊細な心を持っている。
嬉しい時には笑わずに、ムスッとした態度を取ってみたり、
怒っている時は逆に怒鳴ったりせずに、笑って誤魔化してみたり。
悲しい時は、ひとりどこかへ出掛けて誰にも知られないようにひっそりと涙をこぼす。
まるで自分の本当の心は誰にも見せないように隠しているみたいだ。

葯娑丸君の頭をそっと撫でると、ほんの少し俯いていた顔が上を向き、への字に曲がっている口元が見えた。それに多分怒られてはいないようだから、そのまま撫で続けてみた。

「俺は、あの人を嫌うことは出来ない」

「あの人?」

こくん、と頷いた葯娑丸君はそれ以上そのことに関して何も言わなかった。
「あの人」が何を形容したのか私には分からない。
けれど何となく、ここ最近葯娑丸君がこの家を避けていた理由と同じなような気がした。

「あの人を嫌うことは出来ない」
つまり、嫌わなきゃいけないような人なのだろうか。
けれど葯娑丸君はその人を嫌うことが出来ない、好意を持った人。
無理に嫌わなきゃならないのはなぜなのだろう。
葯娑丸君にとって、良くないことをもたらす人なのだろうか。
それとも葯娑丸君の周りに対して、良くないのだろうか。
参ツ葉さんとも何か関りがあるのだろうか。
葯娑丸君はきっとこれ以上聞いても何も答えてはくれないだろう。
けど、きっとこの悩みは、葯娑丸君にとってこれほど悩むことなんだ。
感情と表情を誤魔化しながら生きている、そんな彼にこんなに辛そうな顔をさせるくらいに。

「無理に、嫌わなくていいんじゃないかな」

ありきたりな言葉しか出てこないのが歯がゆい。
葯娑丸君は俯きながら、小さく「そうだな」と言うけれど、私の手首を掴んでいる手は少しだけ力が篭った。

その日、壱橋さん伝いに参ツ葉さんが向こうの仕事が忙しくなった為暫く来られないと聞いた。
縁側でひとり座っている葯娑丸君はやっぱりここ最近家にいなかったのは、参ツ葉さんに気を使っての事だったと知る。そして、参ツ葉さんが早めにこちらでの仕事を切り上げて向こうに戻ったのは、そんな葯娑丸君を多少気遣っての事だろうと思う。

お互いにお互いを気遣っているのに、なんで仲良くなれないのだろう。
それも「あの人」が関係しているからなのだろうか。

台所にいってお茶を淹れていると、ちょうどタイミングよく入ってきた壱橋さんがお盆の上の3つ用意された湯飲みを見て察したらしい、苦笑いを浮かべ隣に並んだ壱橋さんが3人分の和菓子をお盆の脇に置いた。

「参ツ葉の奴が、寂しがっていた。またこっちに着たら遊んでやってくれ」

「はい。参ツ葉さんさえよければ」

すぐそこの棚までお皿を取りに行った壱橋さんはこちらを見ずにそう話した。
今日の葯娑丸君の様子を話すべきだろうかと思ったけれど、きっと葯娑丸君は人に話されたくはないだろうとそのままになっているけど、きっと壱橋さんも最近の葯娑丸君の様子から勘付いているんじゃないかと思う。

かちゃ、とお皿の擦れる音がして、壱橋さんが隣にやってきてお皿を3つ並べていく。
お互いに喋らない時間が進んでいき、後ろでポットのお湯が湧けた音がして振り向いたときだった。

「人の心はよくわからないな。お互いのことを思っているだけじゃダメらしい」

「…そうですね。難しいですね」

縁側に出ると、ぼんやりと外を見ている葯娑丸君がいた。
それに後ろを見ると、壱橋さんも同じように葯娑丸君を見つけて肩を竦めた。
私が葯娑丸君の左隣へ、壱橋さんが右隣に腰掛け、お茶の準備をすると、驚いた顔で左右を見た葯娑丸君が「なんで」と呟いた。

「弐那川さんから美味い和菓子をもらってな」

「みんなでお茶でもという訳です」

お盆に載っていた和菓子とお茶が配られ、寒空の下、縁側で並んで座ると、どこからか野良犬の鳴き声が聞こえてきた。いつもなら外にいると風邪を引くという壱橋さんも今日ばかりは「こんな日もいいだろう」とお茶を飲んでいる。

葯娑丸君を見ると、への字に曲がっていた口元がほんの少し上に向いたのが分かり、ホッとする。

たまにはいいよね。
フッと空を見上げると、ちょうど真上にきた月がよく見える。
この辺は人工的な光がないから月の光も、星の光も何にも邪魔されずに綺麗によく見えた。

「満月ですね」

2人に聞こえるように呟くと、葯娑丸君も壱橋さんも上を見上げた。

「季節外れのお月見だな」

「ちょうど、壱橋さんが持ってきてくれたのも団子ですから、お月見団子ですね」

「あ、流れ星」

壱橋さんと私の会話に、じっと空を見上げていた葯娑丸君が大きな瞳を更に大きくしながら呟いた。
それに釣られて葯娑丸君が見ているほうの空を見上げると、ちょうど流れた星に思わず感嘆の声を上げてしまう。

「今年は良いことがありそうですね」

「…そうだな」

いつか、参ツ葉さんにとっても、葯娑丸君にとっても。
自然に笑い合える未来が来るといい。そう思いながら、茶柱の立ったお茶を見つめた。


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