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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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25話 「雪の運んできたもの」


雨が降り始めた。
今日は壱橋さんも参ツ葉さんもお出掛けしていて、葯娑丸君はやっぱり参ツ葉さんがいる間は家にいる気はないみたいで、あの日私を家まで送ってくれるとそのまま知らない間に再び出掛けてしまった。誰もいない家はいつもよりも広く感じて、そんな空間から逃げるように縁側で腰掛けてぼんやりと空を見上げると、肌寒さに身震いしてしまうけれど何故だか家の中に引っ込む気にはなれない。近所の家で誰かが鼻歌を口ずさんでいる声がする。何の歌だろう、すごく元気のいい曲みたいだけれど、だんだんと気分が上がって来たのかいつの間にか鼻歌が歌声になり、叫び声になった。その歌はとてもいいものだとは言えないものだったけれど、楽しそうな雰囲気が目に浮かぶようで自然と笑みがこぼれた。けれどそれは長いこと続かずに、歌声の持ち主とは別の声が「うるせェェ!」という叫ぶと何かがぶつかる音が聞こえ、歌声はだんだんと小さくか細いものに変わっていった。

しとしと、と音を立て降り続いていた雨が、だんだんと雪に変わっていく。
それに気温が落ちていくのがわかり、縁側の沓脱石に置いていた足を引っ込めて、奥へ奥へと引っ込んだ。背中にコツンと障子の淵が当たったところで止まり、足を抱えて雪に変わった空を見上げる。

薄暗い空から目を逸らし、抱き寄せた膝に頭を乗せて、塀の方をぼんやり見つめた。
いくつも路地を入った場所にあるこの路地はそもそも人通りはほぼなくて、時折うちの奥に住んでいる老夫婦がそこを利用する他誰も見ることはない。だからだろうか、水たまりを蹴るように走って路地に入ってきた人に自然に目が行ってしまい、それもそれが知り合いだったから余計に、驚いて思わず膝に埋めていた顔を上げてしまった。

すれ違う男の人と目が合い、向こうも目を見開いたのが分かる。

「君は」

そう呟いた人は間違いなく、間違えるはずもなく、「山崎退」さん本人だった。



「驚いた、この辺だったんだね。」

お互いに息をするのを忘れたように茫然としていた。
まさかこんな形で会うとは思ってみなかったし、私自身もう会うことはないと思っていた。
山崎さんの頭に雪が降り積もっていくのが見えて慌てて裏口のほうから招いてしまったけれど、やっぱりまずかっただろうかと今更になって後悔が出てくる。

「ごめんなさい」

手渡したタオルで頭を拭う山崎さんが気まずさをかき消すように、気を使ってかけてくれた言葉に、私が振り絞るように出したのは謝罪の言葉だった。無理に作られたであろう山崎さんの表情が強張り、次第に困った顔を浮かべると「いいんだ」と呟いた山崎さんは頭に掛けられたタオルで顔を見ることは出来なかったけど、もう一度繰り返すように「いいんだ」と言った言葉は、まるで私に言われているのではなく、山崎さんが山崎さん自身に言い聞かせるように出された言葉のように感じた。

「無事でよかった。それだけでいいんだ」

顔を上げた山崎さんは私の目を見てそう言った。
危ないことに巻き込まれていなくてよかった、たった一度、それも数時間一緒にいただけの人間に対して優しくそう言った山崎さんはやっぱり優しい人だった。私は拳を握りしめると何もいう事が出来ずにただ山崎さんの目を見ていることしかできなかった。

帰り際、「困ったことがあったらいつでも言ってね」と手渡された名刺に手書きで書かれた携帯番号をぼんやり見つめる。懐には先日出会ったばかりの坂田さんからもらった名刺が入っている。自分は2人に何かお返しを出来るわけでもないのに、2人にどころか、弐橋さん達にも、私は何もすることが出来ないというのに、こうも人の手を借りてばかりなのが苦しくてたまらなくなる。

「あんまり体を冷やしちゃだめだよ」と言った山崎さんはきっと私がちょうどあの場に出てきたわけではないと勘付いているのだろう。すっかり冷えてしまった体にじんわりと赤みが差していくのを感じた。

いつの間にかまた静けさが戻った縁側を今度は少し内側から眺めている。雪は次第に本格的に降り始めて、先程よりも冷え切った風が隙間から入って来る。そろそろ中に入ろうかなんて思っていると、肩に何かが掛けられた感覚に顔を上げ、そこに立っていた人物を見て驚いてしまった。

「葯娑丸君?」

困ったような顔をして私の肩に自身の羽織を掛けた葯娑丸君は、頭にのった雪を払うことなく「体を壊す」とほんの少し開いていた障子を閉めた。何だか今日の葯娑丸君は変だ。いつもは強気な態度もどこへやら、しおらしく隣に腰掛けた葯娑丸君は私を見るでもなくただ黙って何処かを見つめていた。

「雪、ついているよ」

髪についた雪を指で払うと、私の体温で溶けた雪が指に残り、それを近くにあったタオルで拭おうと引っ込めたところで葯娑丸君が少し乱暴にその手首を掴んだ。驚いて葯娑丸君を見ても、葯娑丸君はやっぱりこちらを見ていなくて、どこかを見つめながらただ黙って私の手を自身の膝に置いた。


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