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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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21話 「追憶」



一瞬絡まった視線がすべてを物語っていた。


自分の仕えている「あの人」が多くの人間に嫌われた存在であることは知っていた。
そして、「あの人」が自分をこの「記憶探し」に同行させた本当の意味も、理解していた。

「葯娑丸君、この辺の雪は降ったばかりみたいです。結晶が綺麗に残っていますよ」

こちらを振り向きながら嬉しそうに笑う娘はどこまでも純粋だった。
それはきっと彼女に記憶がないせいなのかもしれない。
大人になると子供の時に知らなかった、知りたくなかったことまで理解するようになってきて純粋さを欠いていく。
誰かが、「子供が純粋に見えるのは、大人が純粋ではないからだ」と言っていたのを思い出す。
大人になるとしがらみが増えて、それが正しいことだと分かっていても、正しいことが正解ではいられなくなっていく。自分の中で「A=B」が正解であったとしても、世間的に「A=C」であれば前に習うように自分の意見を変えていく、そうして繰り返していくうちに、大人は素直には生きられなくなっていくのだろう。
だからきっとそんなしがらみの中を生きてきた記憶をなくした彼女は今、子供のように純粋なのだろう。俺がどうして傍にいるのかも考えることなく、ただ純粋に生きている。視界に入った己の尻尾が地面を叩くように揺れた。

あの日、道端で倒れている娘を見つけた時。
雪の中に蹲る小さな背中を見て、俺は知らないふりをしようとした。
せまい路地の奥の方に小さく見えた背中は小刻みに揺れていて、あのままじゃ危ないこともわかっていた。
あのまま通り過ぎたらこの娘が死者であろうとどうなるか知っていて、知らないふりをして通り過ぎようとしたことを知ったら、幻滅されるだろうか。

そもそも「あの人」に仕える存在である時点で、幻滅も何も嫌われているのだけれど。

娘から視線を逸らし、縁側の方に座っている男、「壱橋 碧壱」はそんな「あの街」の住人達の中では珍しい人種だった。彼の慕っている「弐那川」に関しては、確かに自分にも優しく接してはくれるがそれはきっと彼女の性分だろう。誰にでも愛想がいい訳ではない彼が、自分を受け入れたという事実は今でもあまり信じられないが、そう、「あの人」を嫌っているくせに自分を受け入れた人間が「特殊」なんだ。
それも、壱橋自身は「あの人」を嫌っていることにも気づいていないからだろうが。

誰かと電話をしているらしい壱橋と視線が絡んだ時に、壱橋の瞳が揺らぐのが見えた。
きっと相手は俺を嫌いな人間なのだろう。壱橋の周りで嫌っている奴となると、まあ、「アイツ」しかいないが。
視線を逸らして障子の向こうに入って行った背中を見送り、浅く息を吐くと後ろから聞こえた心配そうな声に「何でもない」と答えて、腰を上げた。



「はじめまして~、参ツ葉でーす!」

「はじめまして、…よろしくお願いします」

電話を切った直後、玄関の戸が吹き飛ぶ勢いで開け放たれ、やってきた参ツ葉の頭部に飛んできた鉄瓶がぶつかったのはつい数分前。その後、戸を巻き込みながら外に放り出された音に何事かと走ってやってきた2人は、正座しながら壱橋の説教を受けている参ツ葉に唖然としていた。

しかし、やって来たのが参ツ葉だと気づき、そっと離れた葯娑丸に気付いたものはおらず、いつの間にかお説教から逃れていた参ツ葉が壱橋の横を潜り抜けて彼女の前に立つと、先程までの汐らしさはどこへやら、明るく挨拶する参ツ葉に気負いそうになりながら挨拶をした。

少し間が開いたのは、参ツ葉とは違い、名乗る名がないことを気にしたのだろう。

「いっちーから大体のことは聞いているし、大丈夫だよう。それにしても、名前がないっていうのも不便なことだねぇ、でも大丈夫!そのうち慣れるよ!」

「何が大丈夫なんだ。あんまり引っ付くな、困らせるな」

元気よく拳を上に掲げて「多分ね!」なんていう参ツ葉が詰め寄ってくることに困りながら断ることを知らない彼女から、参ツ葉の襟元を掴み後ろに引いて離すと、呆れた視線を向けた壱橋に参ツ葉は笑ってごまかした。

「参ツ葉さんは、壱橋さんのお仲間さんなんですか?」

「ん~、ちいーと違うかな?私の本業は「あの街」で本屋を営んでるのよん。本屋って言っても、扱っているのは普通の書籍とはまた違くてね?人の記憶が記された「本」を扱っているの。今まで「あの街」経由してきた人の記憶を保管しているから、結構大きいんだよ~。そこの社長さんなのよ!」

「その「記憶」から探し物の手がかりを見つけ出す手伝いをしてもらっている。協力者といったところだ」

「あの、それって私の記憶もあったり」

「んーごめんねぇ、本人の持っていない記憶は記されないの。その点不便だけど、あなたの記憶に関する情報は見つけられなかったわん」

眉を下げて申し訳なさそうにした参ツ葉に慌てて謝ると、参ツ葉は目をぱちくりと瞬きをしてからくしゃりと優しく微笑んで首を横に振った。

「んふふ、これから仲良くしてね!」

走りながら「畳だー!」なんて叫び、床を転がっていく参ツ葉の勢いに唖然とそんな彼女を見つめていると、壱橋が隣で浅くため息を吐いたのに苦笑いが浮かんだ。きっとあれが彼女の通常運転なのだろう。

これから賑やかになるだろうことに、隣で憂鬱そうな顔をしている壱橋には申し訳ないけれど、何だか少しだけ嬉しく感じた。

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