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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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17話 「消失」


「先を急ぐぞ」

壱橋さんが時折私の後ろを気にして歩いているのには気づいていた。
後ろを見て険しい顔をしていることからきっと良くないことが起きているのだということも。
でも、何度か確かめようとしても「見ない方がいい」と腕を引かれてしまい、結局何から逃れるように走っているのだか分からず仕舞いだった。

痛いくらいに握られた手のひらから、壱橋さんの緊迫した様子が痛いくらいに伝わってくるというのに、私はどうしたらいいのかすら分からずひたすら壱橋さんの足を引っ張らないように人の間をくぐり抜けて追いかけた。

そんな時だった。
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきたのは。

「え、諦めたふりをするんですかィ?ここまで追い詰めて?」

その声に釣られるようにパッと後ろを見ると向こうの大通りで何かを怒鳴っていた黒髪さんがいて、視線を横にずらして隣にいる男の人を見て思わず声が出そうになるのを手で口を押さえることで止めた。私の少し後ろで、壱橋さんがため息を吐いたのが聞こえる。

黒髪さんの隣にいたのはあの茶髪さんだった。
あの夜路地にいた私を屯所へと連れて行った人。
黒髪さんと話している様子からするに、きっとあの黒髪さんも茶髪さんと同じお巡りさんなのだろう。
黒髪さんが茶髪さんを怒鳴りつけると、人がどんどんと左右に割れていく。
人に流されそうになりながらも茶髪さんから目が離せずにいると、一瞬茶髪さんと目が合った気がして慌てて逸らしてしまった。この人の波の中で、本当に私と目が合ったのか確認することは出来ない。

けれど、ゾッとするような、底冷えするような感覚にもしかしたら見つかったかもしれないと思うと言い知れぬ不安感が次々と襲い来る。

「この人混みに紛れていくぞ。今日はこの辺にしよう」

壱橋さんに伝えたほうがいいだろうか、繋がれていない左手を強く握りしめて思案していると、軽く引かれた右手に思考が止まって無意識に壱橋さんの方を見ると、耳元に顔を寄せた壱橋さんが私の後ろを睨みながらつぶやいた。それに慌てて頷くと、壱橋さんは人混みに身を紛らわせるようにふらりと入っていくと、真っすぐどこかへ向かい始めた。

最後に一度だけ、振り返った先で黒髪さんのほうと今度は目が合った気がした。
けれどそれは一瞬で、壱橋さんが私の肩をそっと押して前に押し出された時に視線がそれ、再び後ろを向いたときにはすでに人の波で黒髪さんは見えなくなっていた。




「災難だったな」

尻尾をゆらゆらと振りながら笑う葯娑丸君に私はやっと身体から力を抜くことが出来た。
壱橋さんはあの後「少し用事がある」と出掛けてしまい、葯娑丸君に促されるままに部屋にあったこたつに入った。

「あの坊主には会わなかったのか?お前のことを気にしていた地味男」

地味、と言われてピンとは来ず、首をかしげると「山崎とかいう男」と言われて頷いた。

「今日居たのは、茶髪の人。山崎さんが隊長って呼んでたから偉い人だとは思うんだけど」

「沖田ってガキか」

葯娑丸君は尻尾を床に叩きつけるように振ると、腹の虫がおさまらないのかイラついた様子でいた。
そう言えば、なぜ葯娑丸君は初めて会ったという山崎さんや茶髪さん…沖田さんのことを知っているのだろう。
最初は知り合いなのかなと思ったけれど、聞いてみれば会ったことはないという。
知りはしないけどどういう人物なのかはわかる、「そういう」ものだと言われて、それ以上聞いちゃいけないような空気が伝わってくるから、それ以上私が踏み込むことは出来ないのだろう。

「真選組は、良くも悪くも名の知れた奴らだ。嫌でも耳には入ってくる」

それで納得しろ、そう言いたげな双眼に私はそれ以上口にすることは出来なかった。
私は、この世界どころか、葯娑丸君のことも、そして壱橋さんや弐那川さんのことすらわからないことばかりだ。

いつか、こうして世界を飛ぶうちにわかることが増えていくのだろうか。
自分のことも、そして自分以外のひとのことも。



路地を抜けて歩いていくと、先程の騒ぎのあった大通りに出る。
さすがにそこにはあの茶髪と黒髪の姿はなく、左右を見てもどうやら自分たちのことを見失ったことから捜索は打ち切ったらしい。路地を抜けて最初の大通りを抜けた時に、こちらを探る人数が増えたことは分かっていた。
そしてあの2人が一定の距離を置きながら着いてくることも。このまま泳がせておいてこっちの根城を探ろうとしていることは一目瞭然だった。

そんな中で、あの2人が騒ぎを起こしてくれたのは、好機だったかもしれない。
あのまま着いてこられようが、生者を撒くことは容易いことではあるが、生者の世界に紛れ込む上で人とは違う目立った行動を残すことは避けたかったため、幸運だったということにしておく。

大通りを歩き、先程の騒動が嘘のように再び活気に満ちた店通りを歩いていると、ふらりと路地のほうから煙管のような匂いが鼻に付き、無意識にそちらに目をやると片目を包帯で覆った男と目が合う。
お互い逸らすこともなく、じっと相手の腹を探るように相手を観察していると、向こうが怪しい笑みを浮かべてからどこかへ去っていった。壱橋はそんな彼の後ろ姿を見つめていたが、やがて興味が失せたように自身も路地裏のほうへと身を隠すように消えていった。


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