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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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9話 「山崎退」


「居なくなった、だァ?ちゃんと見張っておかなかったのか山崎ィ」

今朝、客室からあの子が姿を消した。
それを確認してから屯所の至るところを探したけれど、結局見つけることは出来ず、そのまま副長室へとやってきて一部始終を伝えに来ると、案の定瞳孔が開ききった視線を向けられた。

「ちゃ、ちゃんと天井で見張っておきましたよ!ただその…途中気を失ってしまって…」

「山崎ィィィィ!?気を失ったって、てめ…監査対象を前に寝てたんじゃねぇだろうなァ!?」

「ぎゃあああごめんなさいィィィィ!!寝てません!!気を失っただけです!!」

「よしわかった…じっとしてろ今すぐに永遠の眠りにつかせてやらァ!!」

振り下ろされた刀を両手でガシィと掴むと至近距離からあの恐ろしい眼球が睨みつけてきて泣きそうになる。
手を離せば刀が頭に振り落ちて来るし、このまま掴んでいたらずっと睨み合いをすることになる。意外にも先に諦めたのは副長のほうで、「ったくしょうがねぇな…」と呟きながら刀を鞘におさめた副長に安堵して手を降ろすと、「って言う訳ねぇだろォォォ!」と振り下ろされた拳は防ぎきれずに顔面から畳に叩きつけられることになった。

あの後、嫁入り前の女の子がいる部屋を見張るだなんて申し訳なく思いながら「副長命令」に逆らうことなんて出来ずに天井の上から彼女を見張っていた。記憶がなくて、自分の名前すら分からないと話していた彼女は嘘をついている様子もなかったし、話してみてすごく素直な子だと思った。

天井でじっと彼女を見つめていると、ちゃんと布団のある襖へと向かっていてやっぱり素直な子だって安心した。最初は緊張しているのが見えるくらいに肩に力が入っていて、表情も硬くて、無理に笑っているのが見えていたけれど。身の上を話してくれてからは自然と笑顔を見せてくれるようになった。俺達の周りには姐さんや万事屋の旦那のところのチャイナ娘みたいな女の子しかいないけど、ああいう普通の女の子もいるんだなぁと微笑ましい気持ちで見つめていると、突然キーンと耳鳴りがして周りの音が聞こえなくなった。

天人もいるご時世、何かしかけられたのかと警戒して辺りの気配を探るけれど耳鳴りは次第に強くなってきて天井の床に膝をついてしまった。彼女は大丈夫だろうか、天井の隙間から下を見るといつの間にか入ってきた黒猫が傍に居て、彼女の口元を見ると何かを言っているようだったけど、読唇術なんてものは身に着けていない俺はクラりクラりと揺れる意識の中でただ彼女と黒猫の動向を見つめるだけになっていた。

耳鳴りの原因すら掴めず、ぼんやりとした意識の中で、不意に黒猫がこちらを見上げたのを最後に俺は意識を手放した。普通の猫だと思う、けど最後に見た金色の瞳が怪し気に煌めいたのが、何故か記憶の中に強く残った。

目を覚ましたら部屋の中はもぬけの殻。
夜番をしていた隊士に聞いてもそんな特徴の人間は見てはいないと言われる始末。




「とにかくだ、そいつがただの「記憶喪失」であるなら逃げる必要はねぇだろ。門の前には夜番の隊士がいて、そいつらの目をすり抜けて出ていったとなりゃ、間者の可能性だってある。」

「そんな子にはとても見えませんでしたけど」

「如何にも間者ですなんて奴があるか。逃げたのはしょうがねぇ、全力で見つけ出すぞ。最近噂になってる過激派攘夷志士と何らかの接点があるかもしれねぇからな。」

副長の命令に頷きながらも実際は気が進まなかった。
副長質を後にして、廊下に出ると向こうからやって来た沖田隊長と目が合う。
きっともう副長から話は聞いているのだろう、ズボンのポケットに手を突っ込みながらこちらに歩いてくる沖田隊長のにたりとした表情を見て、自身の顔が引きつるのが分かる。全力でからかうつもりだ。

「よぉ、昨日の女逃がしたそうじゃねぇか。」

「…わざわざそれを言いに来たんですか」

「あ?」

「ゴメンナサイ!!」

沖田隊長があまりにも心底楽しそうに言うものだから、思わずふてくされて返事をすると、間を開けずに首に突き付けられた刀に即座に土下座で謝った。どうせもう隊士にも連絡は回ってしまっているだろう。副長もきっとあの子が間者として見ているだろうし俺が否定すればするほど、きっと彼女の怪しさを高めてしまう気がした。

「なんでィ、辛気臭ェツラして。そんなにあの女が出ていったことが不服かィ?」

「そんなんじゃ…ただ、自分の身の上を話してくれたあの子が自分から出ていくなんて思えなくて」

「連れ去られたって言いたいのかィ?」

きっと沖田隊長も、土方さん同様にあの子を間者だと思っている。
そう思うと何だか顔を見ることが出来なくてうつ向いたまま頷いた。
見た目は地味で存在感がなくたって、これでも監査として長年働いてきた勘だけはある。
人を見る目だって持っているはずだし、あの子の言葉に嘘偽りはなかったと今だって断言できる。
けれど、それを伝えたところで黙って姿を消した、その時点であの子のあの言葉にすら信憑性を持たない人間が多いのもまた事実だ。

「なら、お前が取っ捕まえりゃいいじゃねぇか。監査としてのお前が女を怪しいと思わねぇなら俺たちを説得してみろィ。それとも何か?真選組監査方「山崎退」は一般人すら捕まえられねぇと?」

「え?」

いつものように「そんなんだから騙されるんでィ」なんて冷たい言葉を投げられると思っていた俺は一瞬何を言われたのかわからなかった。

「めんどくせぇが始末するのは待ってやらァ。精々俺達よりも早く捕まえるこった」

俺の横を通り過ぎた沖田隊長は、昨日のように後ろ手を振りながら去っていった。
俺はその後姿をぼんやりと見つめながら、急いで玄関へと走り出した。

事情があるなら彼女の口から聞きたい。
何かに巻き込まれているのならば、手を貸したいとも思う。
けどもし、本当に間者なのだとしたら。

ぎゅっと痛いくらいに握りしめた拳をそのままに、江戸の街を走った。


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