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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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5話 「ようこそ江戸」

歩くたびに足元の雪がザクザク、と音を立て、口から吐き出される空気は白に染まる。
クリスマスくらいのんびりしようと決めていたというのに家のチビ共に「クリスマスはチキンとケーキないと始まらない!」なんて言われて買い物に駆り出された。なんて不幸な日なんだとため息が出る。
そもそもがうちは無宗教だっていうのになんだって面識もない誰かさんの誕生日に張り切って買い物に出掛けなきゃならないんだ。こういう日はこたつに入ってのんびりするに限るだろう。手元には3人で食べるには多すぎる量の袋がぶら下がり、存在を主張するかのようにガサガサと音を立てた。

今年は例年を上回るくらいの雪が降った江戸で、歩いているのは俺か、ベンチに座りながら温かい飲み物片手に空を見上げている「サンタ」くらい。ご苦労なことだ、彼の隣には大きな袋が3つほど並んでいてこれからまたどこかへ向かうのだろう。さしずめ柄の前の休息と言ったところか。

ようやく、家の灯りが見えてきたころ、帰ったら酒でも飲んでこたつで温まろうとか、その前に風呂だななんて考えていると前から走ってきた誰かが俺の胸元にぶつかった。どうやら相手は女らしい、「すみません」と頭を下げて横を通り過ぎるのを何となしに目で追いかける。

洋服で出歩くなんて珍しい奴もいたもんだ、と暫くぼんやり見つめてから、一層強くなってきた雪に身震いしながら階段に足を掛けた。




『記憶を探すにおいて、重要なのは「どの世界からやってきたか」を知ることだ。お前の場合なぜかその詳細すら出てこない。つまり、まずは自身がどこからやってきたのかを探る必要がある』

あの後確かに壱橋さんは、記憶を探すためのひとつの方法を教えてくれた。世界を渡り、そして自身に関りのある人物・物に直接触れるのが記憶を探す上で重要であると説明してくれたけれど、その表情は硬く、難しい顔をしていることからきっと容易ではないことを察した。

『お前の場合、手掛かりらしいものが何もない現状ではほぼ手探り状態で、手あたり次第に世界を飛ぶことになる。それはお前の想像している以上に過酷な旅になるが、本当にいいのか』

一度死んだ魂を現世に戻すためには、一度失った器にその魂を押し込むことになるらしい。
だが、器は作られた器でしかなく、本来「私」であった入れ物よりも魂との結束力は脆く、剥がれ落ちやすい為、もしこの身体に入ったまま死ぬようなことがあると、私の魂はその衝撃に耐えきれずに消えてしまうそう。そうなれば二度とは戻れないし、私という存在は無へ還ってしまう。だからきっと弐那川さんは最後まで反対してくれたんだと思う。そんな危険を冒さずに、長い年月を待つことになっても安全な道を進むべきだと諭してくれた時、私はそっちに心が揺らいだ。

けれど、このままその方法を選ばずに待つにしても、「探し屋」の壱橋さんの力を持ってしても、あまりにも情報が少なすぎて、本当に見つかるのかすらわからないらしい。そうなると私は「未練」にすらたどり着かず、結局成仏できないまま転生することも遠のいていくだろう。

でも、自分が誰なのかわからないままだとしても、もしかしたらいつか何かを思い出すことをきかっけに色々なことを思い出していくかもしれない。少なくても、あの街に留まっていれば私は「平穏」なまま生きていける。本当にあの時私が出した結論は間違っていなかったのだろうか。知らない街の路地裏でひとりでいると、どんどん弱気になってきて、後悔ばかりが押し寄せてくる。

私は甘く見ていたのかもしれない。
色々な場所を見て見れば、ほんの少しでも何かのきっかけが繋がって記憶を取り戻せるんじゃないかと思っていた。でも実際この街のどこを見ればいいのかすら定まっておらず、人混みに慣れていなかった私はすぐに疲れて路地裏の片隅に逃げてきてしまった。せっかく、弐那川さんにも「がんばって」と後押ししてもらってきたというのに。

首に巻いている赤いマフラーは弐那川さんが自分の使っていたものを持たせてくれたもの。
おかげで雪の降る外でも凍えることなく歩いてこれたけれど、これを見るとさっき別れたばかりなのに弐那川さんに会いたくて、泣きたくなる。

泊まるところを探そう、そう思って立ち上がった私に懐中電灯だろうか、強い光を当てられ、思わず目を瞑って顔をそむけた。

「こんなところで何してんでィ。」

きっと私に問い掛けていることも分かっているけれど、向けられたままの懐中電灯が眩しくてそちらを向くことはおろか、返答することすら出来ずにいた。

「クリスマスってーのに、こんな薄暗いところに蹲ってるってこたぁ、家出少女か、はたまた訳ありかねィ。とにかく面倒だが、怪しい人影がここにいるって通報が入った時点であんたを連れて行かねーとならねぇ。大人しく着いてきなィ」

乱暴に掴まれた腕と、下げられた懐中電灯にやっと相手の顔はわかったけれど。
男の人の口ぶりからしてもこのままじゃマズいとわかる。

壱橋さんは向こうで急ぎの仕事があるから、明日までこちらには来ない。
だとすればここで捕まってしまったら、壱橋さんと合流することもできず困らせてしまうだろう。
捕まるわけにはいかない、私は茶髪の男の人に謝りながら腕を振り払うと、その人から逃げるべく、雪の降り積もる道路を走りだした。


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