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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
目次

0話 はじまり

古い木の扉を開けると古びた喫茶店が目に入った。
喫茶店だというのに私以外誰もいないそこでは、大きな古時計は秒針の音だけが響いていた。

「こんにちは」

恐る恐る中に向かって声をかける。
ここが何処かわからない、だからここの従業員さんにでもこの場所がどこなのか聞いておきたかった。

「こんにちはー…?」

返事のないのは人がいないからだろうか。
乱雑に置かれた机は随分客が来ていないことを示すように椅子が乗せられたままになっている。
もしかしたら既に廃業しているのかも、そう思ったけれど奥から珈琲のいい香りだけはする。

知らない場所にひとり、それも薄暗い部屋にとなると嫌に不安感が心を支配した。
もう出ようか、ここ以外にももしかしたらお店はあるかもしれない。
道に出れば人が歩いているかもしれないし、その人に聞いた方が早いかも、早くこの場を離れたくて色々な理由を作りながら喫茶店の出口の方へと足を進めていくと奥の方からキイ、キイと板の間を歩く音が響いた。
誰もいないとばかり思っていたせいで心臓が痛いくらいに跳ね上がる。

人は恐怖を感じると逃げるより先にその正体を見ようと体が動くものだけれど、まさに今がその状態だった。
逃げたい、ここから早く逃げてしまいたいと心は忙しなく動くというのに体は来た道を戻ろうとしている。
怖い人だったらどうしよう、開店していない店に勝手に上がり込んだことを叱られるかも、いや叱られるだけならまだいいかもしれない、もっと恐ろしいことが起きてしまったら。

そう思いながら、足は徐々に後ろを向いていく。

「おや、お客さんかい。すまないねぇ、年を取るととんと耳が遠くなる。随分と待たせてしまったかい?」

恐怖に目を瞑りながら恐る恐る目を細めて見た店の奥に居たのは、腰の曲がったひとりのおばあさんだった。
拍子抜けと言ったら失礼だけれど、唖然とおばあさんを見つめる私に、おばあさんは「何してんだい?早く座りな。疲れただろう。今お茶を淹れようね」と優しく声をかけてくれる。

「あの、私ここがどこか聞きたくて」

「とにかく、座りな。話はそれから聞くよ」

指差されたのは向こうに乱雑に積み上げられている椅子とは違い、真っ白に塗られた綺麗な椅子だった。
茶色の塗装が剥げた他の椅子とはどこか違う、何故かその椅子自体が光っているような、そんな気さえする不思議な椅子。

「どうしたんだい?何かあったのかい?」

ぼんやりしているのに不思議に思ったのか、おばあさんは眉を下げながら柔らかい声音で尋ねてくれる。

「いえ、あの。」

そうだ、お財布。
ここは喫茶店で私はお客さんだと思われたんだ。
そうだとしたらお会計をしなきゃならない。ふっと自分の身なりを見ると、どう見てもお財布が見当たらない。
今までまるで頭にモヤが掛ったように回らなかった思考が少しずつ動き出す。
お財布どころかカバンすら持っていないようで、慌てて顔を上げておばあさんを見ると私の様子を見て察したのか「お会計はいらないよ」とゆるく微笑んでいた。

「さあ、お座り。そんな恰好でこの吹雪の中は寒かっただろう、まずは体を温めなさい」

ことんと置かれたのは湯気の立つカップの中に入ったホットミルクだろうか。
申し訳ないと思いつつ椅子に腰かけ、流れるようにコップに手を添えると、今まで寒さなんて感じていなかったのに、その温もりに少しだけ泣きたくなった。

おばあさんの方を見ると、カウンターの向こう側に腰かけて「さあ、おあがり」と優しく勧めてくれる。

「いただきます」

口に含んだホットミルクは人肌くらいのちょうどいい温度で、また泣きたくなった。



「そうかい、あんた記憶がないのかい」

ここにくる経緯を説明した。
気付いたら知らない路地裏で倒れ込んでいたことや、そのまま無意識に歩いてここにきてしまったこと。
帰る場所は分からないけどここが何処か知りたいと話した私におばあさんは頷きながら聞いてくれた。

「ここはこの国でも端の端、色々な人間が来る場所さね。今まで色々な境遇の人間がここを訪れては去っていった。きっとあんたも、ここに流れ着いてしまったんだねぇ」

奥から何か引っ張り出してきたおばあさんは、それを片手に私の下へやってくると、私の肩にブランケットを掛けた。それに慌てて断ろうとして立ち上がろうとしたけれど、おばあさんに宥められ元居た椅子に腰かける。

「これからどうするんだい?家族を探したいっていうんならこの街の役人にあたるのが手っ取り早いだろう。あんたの素性も自ずと出てくるだろうしね。」

家族、私にもいたのだろうか。
もし居たとしたら心配してくれているのだろうか。
でもなぜか、探したいという気持ちは薄く、結局家族と言えど今の私にとっては知らない人でしかないと気が付いた。記憶をなくした私を受け入れてくれる存在なのかすらわからない。

「そうだね、すぐに答えを見つけようなんて思わなくていい。それにこの吹雪じゃ役所に行くって言ったって一苦労だ、今日は2階の空き部屋を貸すから、ゆっくり休んでいきなさい。」

「いえ、そんなご迷惑を」

「いいんだ。ここは「そういう」場所だからね」

おばあさんはそう言って悲しそうに微笑んだ。
初めて会ったはずなのに、おばあさんのその顔を見ると、不思議と頷いてしまった。




「にゃー」

「…おや、アンタかい。今日着た子なら、上で眠ったところだよ。可哀そうにね、まだ若いというのに神様はなんて薄情なんだろうか」

おばあさんはカウンターの中にある椅子に腰かけながら、入り口から入ってきた猫に愚痴をこぼすと、そんなおばあさんに怒ったように声をとがらせる猫の傍に猫用のミルクが入ったお皿を置いた。

「そうかいそうかい。まあなんだ、あの子のことはちゃんと導いてやっておくれよ。幸せになれるようにね」

「にゃー」

「それはあの子次第だって?冷たいねぇアンタ。メスっ子にフラれたのをまだ引きずってんのかい?」

「にゃあー!」



主人公
幼い頃から今までの記憶がない。
ただ一般常識はそれなりに覚えている。
黒髪黒目の純和風な女の子。引っ込み思案なところもあるが芯の強さも。

おばあさん
喫茶店のオーナー。
喫茶店に「流れてくる者」について何か知っている。
主人公の過去を知る人物であり、何かと主人公の力になってくれる人物。


金色の目を持った黒猫。
おばあさんとは時折会話をしているが他の者には普通の猫にしか見えないし会話もできない。

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