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赦されざる者たちは霧の中に

原作: その他 (原作:かつて神だった獣たちへ) 作者: 十五穀米
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再現

「まさかシャールからそんな提案をされてしまうとはね。あなたの存在価値のようなものも検証した方がいいという案は、上層部から出てはいたのよ。それを少佐が強引に却下した。一般人であるという理由ひとつで押し切ったのよ。あなたに価値があると知れば監視対象になるし、自由が奪われることもある。で、上層部が渋々受け入れたのは、あなたがハンクと行動を共にすると言っていること。ハンクは擬神兵であり危険人物であること、常に監視下に置く必要があり、監視者をつけるので……という少佐の提案に乗ったからなのよ。それをね、あなたからまさか真逆の提案をされるとは。もう少佐の努力が台無しじゃないの! 代わりに、これを知ったら上は歓喜よ。ハンクだけじゃ心許ないから、私も同行することになったじゃないの」
 といいながら、ギュッとシャールを抱きしめる。
 口では不満を言いながら、抱きしめる手は震えていた。
 しばらく抱きしめたのち、ライザはシャールを抱きしめる腕を解き、まっすぐに見据えた。
「そうと決まればさっそく準備に取りかかりましょう。あなたと背格好が似ている隊員の用意、あなたの変装。そして最悪を想定して、何かあった時の対処。ボーっと休んでいる時間はないわよ!」

※※※

 空が赤く染まる。
 綺麗と表現するよりは、なにか悪いことが起きそうな、そんな茜色。
「まるで血の色ね」
 ライザは空を見上げて呟いた。
「そろそろ移動するぞ」
 ハンクが声をかけると、シャールが立ち上がる。
 長い髪を丸めて帽子の中に。
 服はだっぽりとした……いや、成人男性が着れば普通のサイズである。
 とっさのことで用意は難しく、あるものでどうにかして少年に見えるようにしたといった方が正しい。
 体型が隠れるくらいだっぽりとした男性用の服を着て、靴はつま先に詰め物を。
 薄暗い中では少年に見えなくもないが、こう明るいところで見るとむしろ怪しさが増してのぞきこめばすぐに女の子とバレてしまう変装だった。

 汽車の中は殺伐としている。
 物が散乱し、血の臭いが漂っている。
 一時、その中にいたシャールだったが、改めて凄まじい惨劇の爪痕を見、思わず手で口を塞いだ。
 気を緩めたら一瞬にして嘔吐してしまいそうな異臭、目に焼き付く光景。
 幾度となく似たような惨劇を目の当たりにしてきたライザでさえ、顔を歪めているのだ、シャールのような少女であれば気が動転、または気絶してしまってもおかしくはない。
 そんな中、気丈に振る舞える強さはある意味、鬼気迫るものを見ているようにも感じた。
 ハンクは平然としているが、心中は計り知れない。
 その場に滞在している軍隊はジェラルドの指揮のもと、霧が晴れてから現場の再確認をしたと聞いていた。
 死体の身元確認ができそうな荷物の確認をしたというので、客室のある車両も昨夜よりは荒れてしまっている。
 それにしても……と、ライザはため息をついた。
「少しは掃除しろって感じよね」
 血の後、飛び散った肉片らしきものが目に付く。
 それらがこのなんともいえない臭いの元だからだ。
「見るに耐えないくらいはしょうがないとしても、この臭いだけは慣れないわ……」
 だからできるだけ早く死体を腐らないようにし、できるだけ早く身元を調べ関係者に引き渡すのだ。
 愚痴でも言っていないとやっていられないわ……というライザにハンクは言う。
「今回ばかりは仕方がないだろう。民間人の被害が大きい。警察の介入もある。なるべく現場保存をして軍側に難癖付けさせないようにしたかったんじゃないか?」
「そんなこと、わかっていわよ。それでも言いたいの。言わなきゃ気が済まないのよ!」
「だったらなおのこと、ここでケリをつける」
「当たり前でしょう?」
 ふたりがそんなやとりをしている間に、少しずつ赤色の空に夜の帳が落ち、空を覆っていく。
 シンッ……とした車内に、ギシッとわずかな音がしたのはその時だった。
「来ます!」
 シャールが小さな声をあげた。
 直後、ミシッと車両が軋み、そして前の車両から隊員兵士の叫び声が響き渡った。
 叫び声が絶え間なく響き続けていると、次にきたのは車体ごと大きく揺らされているような振動だった。
「なにが起きているの!」
 ライザが悲痛な声をあげる。
「動き出したんだろう、アレが」
 ハンクは蔦が動き出したのだと言う。
「蔦? なんでそう思うの? 霧は出ていないわ。それに、わずかな音、私は気付かなかったけど、なんでシャールはわかったの? ハンクは気付いたの?」
「ライザ、あんたらしくないな。質問責めじゃないか」
「だって、こんな……あなたたち、こんな揺れと悲鳴を聞いたの? 昨晩も……」
「いや、揺れはなかったな。だが、蔦の攻撃を受けていた時はそれなりの振動もあったが、自分たちも動いていた分、体感は今の方がはっきりとしている」
「シャールは?」
「私も、ハンクさんと同じです。さっき気付いたのは気配のような、なんていえばいいのかわからないけれど、そういうのが咄嗟に……」
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