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赦されざる者たちは霧の中に

原作: その他 (原作:かつて神だった獣たちへ) 作者: 十五穀米
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ハンクの後悔

 ただ、課題もあった。
 なにをもってして理性を失っていると判断するか……だ。
 いずれ狂ってしまうのだから、擬神兵を見つけ次第殺処分というのもどうだろうか。
 戦争を勝利に導いたのは擬神兵の存在がかなり影響している。
 また擬神兵となる人材が出た集落にはそれなりの報奨金が与えられている。
 その者が適正し活躍したからこそのことなのだが、人の姿に戻れなくなった英雄を化け物扱いする。
 受け入れてもらえない憤りから、心を壊してしまうこともあるだろう。
 人を責めたところでそれが正しいのかはわからない。
 擬神兵を生み出した軍が責任を持ち保護していればよかったのだろうか。
 だが、それをするには遅すぎたのだ。
 駆けつけた時にはもう擬神兵は散り散りになり、作り出したエレインは行方不明、そしてもうひとり行方しれずだったケインは擬神兵を従えて新しい国家の建設をもくろんでいる。
 軍は悪化していく戦争を早く勝利で終わらせるためには、圧倒的な強さを見せつけるしかないと考え、擬神兵へとたどり着いたが、擬神兵のその後、終戦のあとの対応まで考えてはいなかった。
「シャール……セイレーンのことは、私にも少しだけ思うことはあるのよ。でもね、申し訳ないけれど、抹殺してしまえとまでは思わないけれど、それも仕方がないと思っているの。その、あなたのお父さんのことも含め……なんだけど」
「私は許せないという気持ちがありました。だってお父さんは狂ってなどいなかったし、あんな姿になって言葉が話せなくなっても、意志の疎通は出来ていました。私から見たら父は狂ってなどいない。でも、見る人によって感じ方が違うというのは、ハンクさんと旅をして知ることができました。擬神兵となった人は故郷に受け入れてほしくて頑張りすぎて、それが行き過ぎてしまうのですよね。力の使い方を間違えてしまっていた人もいましたけれど、根底にあるのは故郷愛だったんだと思います。セイレーンのことは……」
 シャールは今も、あの人は理性を保ちつつ、また故郷でもう一度歌手としてみんなに聞いてほしい、喜んでほしいと思っていた。
 なぜ、そうなるよう周りは動けなかったのだろう。
 なぜ殺す以外のことをできなかったのだろう。
 なぜ……なぜ……
 答えは今も出ていない。
「シャールはセイレーンの気持ちに寄り添っていたのよね。あなたは殺すだけが方法ではないと思っているでしょう? 私もできることなら、そうしてあげたい気持ちはあるわ。でも、ハンクの話を聞くと、それは無理なんだって思うの。擬神兵の生みの親であるエレインが無理と判断して、神殺しの弾丸を作ったでしょう? ただ、それを撃たれても生還してしまったハンクという事例があるから、絶対ではないと思う。ねえ、あなたに声をかけたのはセイレーンだと思う。私には聞こえないけれど、シャールには聞こえる。今度また聞こえたら、イメージして問い返してみない?」
「大丈夫でしょうか?」
「本来、セイレーンの歌は人を惑わすというけれど、最期、寄り添ってくれたシャールにはしないと思うわ。私が彼女の立場だったらしない。シャールも、でしょう?」
「ええ、それはもちろん」
「じゃあ、試してみましょうよ。なにかあった時は、私が必ず守るから」

※※※

「……歌、か?」
 ハンクは追っても追っても届きそうで届かないクロードの背中を追いかけていた。
 霧は晴れず、より視界を遮られているような感じだった。
 そんな中、さまようハンクの耳に、歌が聞こえる。
 その歌声はとても美しく、かすかに聞こえるだけでも耳を傾けてしまいたくなるものだった。
「懐かしいな、この気持ち。あの頃、よくベアトリスが歌っていたな……」
 ハンクの脳裏に、兵士の安息の時が思い出される。
「こんな時に、なんだって……そういえば、彼女の最期をシャールが付き添っていたんだったな……」
 せめて最期はこの手で……と、ハンクはわずかな後悔と謝罪を心の中で呟いた。
「ふっふふふ、隊長。あなたには後悔なんて、似合わないわ」
 歌が途切れ、歌声にとてもよく似た声で語りかけられた。
 話し方と声に覚えがある。
 トリスと呼ばれていたかつての仲間、擬神兵セイレーンとなり、歌で敵を倒していた……
「ベアトリス……トリス、おまえなのか?」
 彼女はもういない。
 聞こえるはずがないのに聞こえるのは幻聴という。
 幻影だけではなく幻聴も加わったのか……ハンクは気を研ぎ澄まし、目と耳を閉じた。
 見ようと思うから幻影を見させられ、聞こうとするから幻聴を聞かせられてしまう。
 心の目で感じ、心の耳で感じ取る。
「失礼ね、隊長は。そんなことだからデリカシーがないとシャールに言われてしまうのよ。私ね、擬神兵ニーズヘッグ……ジョン・ウィリアムの娘に会ったの。一度、彼に見せてもらった写真の女の子は素敵な女性になっていたわ。今は隊長と旅をしているのでしょう?」
「……!」
 幻聴がここまでリアリティのある話を聞かせるだろうか。
 そもそも幻聴は自身にとって都合がよかったり、誘惑のようなものだったり、もしくはそれらの真逆であることが多い。
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