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赦されざる者たちは霧の中に

原作: その他 (原作:かつて神だった獣たちへ) 作者: 十五穀米
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童話の中

「俺かシャールに道案内を任せ、出口かそれに準ずる場所に移動するということだな。これはどうする?」
 ハンクがクロードに視線を流す。
 ライザにはもうクロードの存在は感じるが霧が覆っていて見えないが、彼がなにを指しているのかはわかる。
「もちろん連れて行くわ。ただ、少佐は敵と戦っているのよね。どうにかできる?」
「多少手荒なことをしてもいいなら」
「いいわ」
 ライザが許可をするとすぐにクロードのうめき声がかすかに聞こえた。
「気絶をさせた。それで、ライザは俺とシャール、どっちに任せるつもりだ?」
「人選でいくならハンクなんだけど、ハンクは密林にいるのよね?」
「ああ」
「正直、密林って危険がいっぱいって先入観があるから、シャールの草原にするわ。ねえ、シャール。お願いできる?」
「構いませんけど、私とハンクさんでは見ているものが違うのに大丈夫なんですか?」
「たとえばの話だけど。これがなにかによるまやかしで、正解ではないものを見させられていると仮定する。それぞれに別々のものを見せられたとしても、元々ある地形などは偽れないはずなの。理論的にはね。見えているものは違っても進める場所は同じ……なはず。で、少佐には見える敵が私たちには見えなかったでしょう? ということは、ハンクが密林の中で猛獣と遭遇して悪戦苦闘しても、草原を歩いているシャールには見えないし戦ったり逃げたりする必要はない。仮に襲われたとしてもそれ事態は実体していないものだから……ハンクくらいなら無視もできると思ったのだけど」
「極力無視するよう努力する。だが、はぐれるわけにはいかないな」
「そうね。見えているものが違うから手繋ぎというのも難しいし、ハンクと手を繋ぐというのもね……縛るものがあればいいのだけど」
「それなら、俺の服を破いて繋げればいい」
 ハンクは言うなりコートの下に着ていた服を脱ぎ、ナイフで裂く。
 橋と橋を結び紐状にしたものをそれぞれの腰に巻き付けた。
 気絶をしているクロードはハンクが背負って移動するこになり、彼を落とさないよう、彼の腰にも巻き付けることにした。
 先頭がシャール、次ライザ、最後がハンクという列を作り移動を開始する。

 シャールが見ている草原は見晴らしがよく、そして空は青く雲ひとつない快晴。
 霧は完全に晴れ、夜になっていくはずだったのに昼間のように太陽が燦々としている。
 その昔、父が買ってくれた童話に出てくる世界のような場所にいる。
 あの頃は、戦争の足音がひしひしと近づきつつあり、辺境の地にあった故郷にも飛び火がくるのではないかと噂が出始めていた。
 戦況はよくないらしい、だからう時間もかからずに終わるのではないか、そんな淡い期待もあったが、買い物が思うようにできなくなり、食料が手に入りにくくなり、一日の食事の回数が減り分量が減り……そんな中で唯一の安らぎは、戦争という現実から逃避できる物語、つまり絵本や童話の世界に浸れることだった。
「ライザさん。話していてもいいですか?」
 草原の中にいるシャールにはすぐ後ろをあるくライザも最後尾にいるハンクも見えている。
 この列は密林にいるハンクにも同じように見えているが、霧に包まれているライザには見えない。
 ただ声と気配を感じるだけである。
「そうしてくれると助かるわ。もうなにも見えないのだもの。せめて声だけは聞いていたいわ。それで、どんな話を聞かせてくれるの?」
「そうですね。私が見ている草原です。この草原は昔読んだ童話に出てくる世界に似ているんです」
「それはいい情報よ、シャール。なにかが原因でシャールの記憶の中にある風景が見えているのね、きっと。でもなんで童話の世界なの? 白馬の王子様に憧れていたとか?」
「ライザさん……そういうわけじゃないです。あの頃……ちょうどよく読んでいた頃は、父が身よりのない子供たちを養っていた頃で、私自身もよく読んだけれど小さい子に読み聞かせもしていたから、だから根強く残っているのかもしれません」
「それは戦況が悪化した頃かしら?」
「はい、そうです。物資が減ってきて、現実ではない空想の世界を拠り所にしていました。現実は現実として受け入れてはいたんですけれどね、どうしても小さい子には理解できないこともあって。おなかいっぱいに食べられる世界、争いのない世界、両親に愛される世界……あけていったらきりがないんですけど、読んでいる間だけは空腹も我慢できたし、戦争の恐怖からも逃れられたんです」
「なんか、返す言葉もないわ……軍人が口にするのも変だけど、戦争なんてしたっていいことなんてないのよね」
「ライザさんが悪いわけでも、軍に怒りを覚えるわけでもないです。私が話したいのは、見ている草原が出てくる物語のことです」
「どういうこと? もしかして、聞かせてくれるの?」
「いえ、そういうつもりじゃなくて」
「じゃあ……」
「物語と同じなんじゃないかなと思ったんです」
「もしかして!」
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