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ハーミッシュ物語~ある架空世界の小史より~

ジャンル: ロー・ファンタジー 作者: バーグマン1981
目次

クレカラの町

「うわぁ・・・!」
馬上から町を見渡したミルズは、思わず感嘆の声を漏らした。
いつもより高い位置から眺める景色は、なんだか遠い土地の見知らぬ街へ訪れたかのように新鮮だった。
同時に、自分はこんなに美しい街に住んでいるのだと、誇らしい気持ちになる。
クレカラ市の地形は、北から南にかけて段々と傾斜を下ってゆく形をしている。
水捌けの良い分、地盤が軟弱であるため、先代の人々が土地を階段状に整備してその補強を行った。
北門の入口はその頂点になるため、ここからの景観は実に爽快、かつ明媚なものだった。
建ち並ぶ家々の屋根は、風に吹かれる草原の草のように波を立て、市の立つ中央広場では、町の目覚めに備えて、商人たちが天幕を張っているのが見える。
東門の方へ目を向けると、農家の人々が市に参加しようと城壁をくぐっていた。
彼らの引く台車には、まだ朝露の滴る採れたての野菜が満載だ。
西門から真っ直ぐ西へと延びている直線は、町の用水路、その辿りつく先は、クレカラ市の主要取水源となる、清らかな水を湛えたラサラム湖である。
南の正門から城壁の外へと目を転じれば、あとはもはや、ずっと南へ下って大河ベリテに突き当たるまで、広大なクラファナ平原が続くのみだ。
ベリテ川へと真っすぐに伸びる街道も、実際には馬が10頭分も横に並べるほど幅が広いのに、果てしなく広がるクラファナの野と対比するに、ただの線のように見えてしまうのも致し方ない。
広大な平原の先には、ベリテ川の守りであるマクアダの城塞と、その城下の町が見えた。
ミルズが通うことになる軍学校も、このマクアダの要塞の中に併設されているのだ。
ミルズは、大平原の先に望む城塞都市を眺めながら、期待と興奮に胸を躍らせるのだった。

「すごいなぁ、バナパル。お前の背に乗ると、こんなにも遠くまで見渡せるよ!」
すっかり感動したミルズが頭を撫でてやると、バナパルは嬉しそうに嘶き応えた。

ミルズは、別に馬に乗り慣れていない訳ではない。
むしろ、乗馬は幼い頃から訓練を受けているため、人並みよりも得意だった。
訓練用の自分の馬も所有している。
「でもあいつ足が短いし、体もてんで小さいから、全然乗ってる気がしないんです。
自分の足で立っていても変わらないんじゃないか、ってくらい」
無論、父が与えているのは、ミルズの体格に合わせた仔馬である。
こうして、成体の馬に乗る機会が、今までのミルズにはあまり無かった。
「ほらほら、そのように身を乗り出されては危のうございますよ」
興奮気味のミルズを優しく窘(たしな)めるリディスもまた、朝陽に輝く美しき町の情景を、しばし恍惚の体で眺めた。

クレカラ市は、大きく分けて四つの区域から成っている。
まず南と東の一般居住区、西の官公庁区、市の円の中心区域となる商業区、そして今リディス達が立っている、北の高等居住区、となる。

北部居住区の中央に見える、銀色にまばゆく輝く塔。
あれこそは、王のおわす宮城の物見の塔。
リディスが尖塔を眺めていると、塔の見張りが腰にぶら下げたラッパを掲げ、歌口(うたぐち)を口に当てた。
見れば、時を同じく、城壁の物見櫓(やぐら)に配備した兵たちも、同様にラッパを掲げている。
リディスは静かに目を閉じた。
「ほら、先生!あれ・・・」
何事か興味を惹かれたミルズが声を上げるが、リディスは静かに、と自分の口に人差し指を当てた。
―澄み渡る青い空に、高らかな音色が響き渡る―
伸びやかな管楽器のメロディーは、活気と自由あふれる一日を祝福するように、町中に降り注いだ。
ラッパの音は1分間ほどで鳴り止み、この音色を合図に、クレカラの町は動き出す。
家々の窓はめいめいに開かれ、ご近所同士、いつもと変わらぬ朝の挨拶を交わす。
旅籠(はたご)の女将さんは玄関口の埃をほうきで入念に掃き出し、先ほど天幕を設営していた商人たちは、いかに街行く人々の関心を惹けるか、あれこれと敷物の上の商品を並べ替えている。
リディスもミルズも、今朝はずいぶん早起きをしたので、感覚的にはもう昼前のような気がしたが、人々の今日は、これから始まるところだ。
さて、と、リディスはミルズの顔を見下ろす。
「これからお屋敷に向かえば、お父上との約束の時間に丁度良く着けます。
参りましょうか」
「はい、先生!」
すっかりとまばゆい朝を満喫したミルズは、元気良く頷いたのだった。

クレカラ北部の高等居住区の街路は、少々複雑に入り組んでいる。
その昔、ヴァルネアの父祖たちがこの地に住み始めた頃、王に仕える臣民たちは、主の盾となるべく、宮を取り巻くように自分たちの居宅を建てた。
敵が容易に攻め寄せられぬよう路を複雑にし、現代もその名残で、道路が行き着く末端の各所には、袋小路が残されている。
王族の宮廷を守るために整備されたこの地域には、現代においてもなお、王室より其れ相応の信用が示されなければ居を構えることは許されない。
高貴な血統を、あるいは栄えある功績を。
この地区に住まうのは、国の名有る人々ばかりであった。
よって、リディスにとっても、目指すハーミッシュ邸への行き先は分かるものの、道を誤れば、袋小路に迷い込んでしまいかねない一抹の不安があった。
この地区の住人であるミルズが同行しているとはいえ、知らぬ道へ迷い込んだ場合に、子供の土地勘がどこまで当てになるかを試してみる気など更々ない。
道の交差点に差し掛かる度に、注意深く辺りを確認するリディスの様相に、ミルズは黙って、バナパルのたてがみを手で梳(くしけず)っていた。
このような場合、育ちの良い子供は行儀を弁えていて助かるものだ。
わが診療所で、周りもはばからす大声で喚きながら走り回るガキ共とは躾が違う、とリディスは感心するのだった。
ほどなくして、見慣れた街路の景色が目に映ってきた。
「ああ、良かった。ミルズ様、間もなくご自宅に着きますよ」
そう声を掛けながら、リディスは少々だらしなく乱れかけた長髪を、今一度結わえ直したのだった。
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