ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

俺と彼女の退屈な日常

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 山科
目次

第9話

 俺は仕方ないな、と嘆息した後、村上をその場に放置して、飲み物を買いに中庭へと向かった。
「ってちょっと待って恭介! オレはどうすればいいんだよ!」
 知らない。そしてどうでもいい。興味がない。
「ふう……まったく」
 緑茶と紅茶とコーラ、それから、俺と、ついでに村上の分の飲み物を買って、それを胸に抱え、桐野たちが待つであろう旧校舎の三階へと向かおうとする。
「……ん? なんだ?」
 そうして中庭を歩いていると、どこからか強い視線を感じた。
 軽く周囲を見回す。すると、木陰にあるベンチに座りながら読書をしていた少女と、目が合った。
「…………」
 じー、っと俺の方を見つめてくる少女。
 それは俺の気のせいではなく、明らかに俺のことを見ていた。正確には俺の胸元にある物を、だったが。
「あ~……欲しいのか?」
 無視するわけにもいかず、少女に声をかける。
「べ、別に欲しくなんかないわ!」
 俺がそう訊ねると、少女は長い髪を揺らしながら、ぷい、とそっぽを向いてしまった。
「? そうか、それじゃ」
「あ……おい、待て!」
「ん?」
 俺が立ち去ろうとすると、少女はベンチから立ち上がり、俺を追いかけてきた。
 先ほどまでは木陰のベンチに座っていたから気付かなかったが、少女は、この世のものとは思えないほど、綺麗だった。
 腰の辺りまで伸びた金色の髪に、美しい碧眼、日本人離れした透き通るように綺麗な白い肌。
 それに、この学校の制服を着ていなかったら、「どこの小学生が迷い込んできたんだ?」と思ってしまうほどの低身長も相まって、さながら西洋人形のようだ。
「ど、どうしてもと言うなら、もらってやってもかまわんぞ?」
 そんな少女が、顔を少し赤らめながら、テンプレートなツンデレの台詞を言うもんだから、それはもう、ものすごく可愛かった。
「…………。……ああ、ほらよ」
 俺はそんな少女に少し見惚れてしまった後、村上にと買った紅茶を手渡す。
「うむ。大義であった」
 少女は、にぱーっとでも効果音が出そうな極上のスマイルを浮かべ、ペットボトルに口を付ける。
 ラッパ飲みでごくごくと喉を鳴らしながら紅茶を飲む姿は、やはり小学生に見えてしまう。
「うむ。自動販売機で売られている紅茶も、なかなかに美味いではないか」
「そか、そりゃよかった。そんじゃな」
 そのまま少女と話していたい気分になりかけていたが、そろそろ桐野たちが待ちくたびれている頃かもしれない。
 少女に軽く別れを告げ、旧校舎へと歩を進める。だが、
「ちょっと待て」
 くいっと制服の端を掴まれ、制止させられる。
「どうした? まだなにか用か?」
「貴様、名前は?」
 笑顔で腕を組み、八重歯を覗かせながら、少女は訊ねてきた。
 貴様と呼ばれるのは嫌だったけど、まあいい。
 これは、この娘とお近づきになれるチャンスかもしれないからな。
「一年五組の真白恭介だ」
「ワタシは、一年一組の仙堂院リア(せんどういんりあ)だ」
「ああ、よろしく。そんじゃな」
 今度こそ、この場を立ち去ろうとする。
「ま、待ていっ!」
「なんだよ?」
 しかし、少女……仙堂院リアは、またしても俺を呼び止めた。そして、とびっきりの笑顔でこう告げる。

「喜べ、真白恭介。貴様をワタシの奴隷一号にしてやろう」

 …………。…………。……はい?
「あ~……悪いな仙堂院。もう一度言ってくれるか?」
「なんだ、貴様は耳が悪いのか?」
 そう訊ねた後、仙堂院はもう一度笑顔で、俺が驚愕するのには充分すぎるほどの威力をひめた言葉を放つ。
「貴様を、ワタシの奴隷第一号にしてやろう、と言ったのだ」
「…………」
 何を言っているのだろう、この娘は。
 そんな俺の様子を気にも留めず、仙堂院は言葉を続ける。
「貴様はワタシに紅茶をくれたからな。その礼だ」
 全然お礼になってないんだが。
「どうした? もっと喜んでもいいんだぞ?」
 冗談でもなく、本気でそう言っている仙堂院に、俺は嘆息する。
 仙堂院はどう見ても日本人じゃなさそうだし、『お礼に、奴隷にしてあげる』というのは、仙堂院の故郷のどこかの国の文化なのだろうか?
 まあ、とにかくだ。俺にはどこぞの村上渉と違って、特殊な性癖なんぞ持っていない以上、奴隷にされて嬉しいことなど何一つない。
「悪いな仙堂院。そのお誘いは、丁重に断らせてもらうわ」
「なっ!? こ、断る……だと……っ!?」
「ああ。じゃあ、俺行くところがあるから」
「なっ! お、おい待てっ!」
 背後から聞こえてくる仙堂院の制止を無視して、俺は今度こそ旧校舎へと向かった。

「……ふ……ふふふ……許さんぞ、真白恭介! 必ず貴様を、ワタシの専属奴隷にしてやる……!」

 背後からそんな不吉な台詞が聞こえてきた気がしたけど、多分気のせいだろう。

目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。