この熱を逃がすには
「ふぅ……」
目を閉じ、ゆっくりと呼吸をする。
客席からとめどなく押し寄せてくる、沸き立つ歓声。
メンバーひとりひとりが奏でる音色。
ステージと観客が一体となり生み出される膨大な熱量。
それら全てが、私達の糧となり、動力となる。
ライブを終えた後はいつも、ステージ上で見た光景がフラッシュバックのように脳内で再生されていく。
それに伴い、一度冷めたはずの身体の熱も、また徐々に上昇していくのを感じる。
これが、高揚感と呼ばれるものなのでしょうね。
でも今日はそれだけじゃない。
客席に居た、日菜のキラキラと輝く瞳。
私が日菜の姿に気づき、目が合うと手をぶんぶん激しく振り、応えてくれた。
「あの子、今日は仕事で来れないかもって言ってたのに……」
きっと、日菜のことだから仕事が終わるやいなや、急いで駆けつけてくれたのでしょう。
私に会うために。
そのことを考えると、自然と頬が緩んでしまう。
こうして1人、静かにライブの余韻に浸っていると、メンバーから声をかけられた。
「さ〜よっ!おつかれーっ☆今日のライブも盛り上がったねぇ」
Roseliaのベーシスト兼ムードメーカーである今井さんだ。
「今井さんも、お疲れ様でした。これまでの練習の成果を出し切ることができましたし、非常に気分が良いですね」
「だね〜っ!アタシも今日はいつも以上に良い音出せた気がするよ〜。あっ、友希那もおつかれ〜!」
我らが歌姫、湊さんの姿を見つけるやいなや、今井さんはパタパタと足音を立てながら駆け寄っていってしまった。
「ふふっ、忙しい人ですね」
さて、私もそろそろ……。
もうすぐ帰宅する旨を日菜へ連絡するため、スマートフォンを操作すると「外で待ってるね」と、数秒で返事がきた。
「さーよっ、なにニヤニヤしてんの〜?もしかして可愛い妹のことでも考えてた?」
気がつくと、いつの間にかこちらへ戻ってきていた今井さんが私の顔をジッと覗き込んでいる。
「な、何でもありません!私、今日はそろそろ失礼させて頂きます」
「あははっ〜。照れちゃって可愛いなぁ。それじゃ、また明日ね」
ライブ会場から出て指定された場所へ向かうと、メガネとマスクを着用し、変装した日菜の姿を発見。
「あっ!おねーちゃん!」
「日菜、おまたせ」
「おねーちゃんも、お疲れさま!」
マスクを下へずらし、ニッコリと微笑む可愛い妹。
そして、この世界で1番大切な、私の恋人。
ーーー
帰宅した私達は他愛のない話をしながら一緒に夕食をとり、その後はそれぞれ思い思いの時間を過ごした。
私は自室にこもり、次のライブに向けて曲の練習に勤しむ。
日菜からは「今日くらい休めばいいのにーっ」と、不服そうな顔をされてしまったけれど、最高のパフォーマンスを発揮するためには1日でも多く練習するに越したことはない。
その日菜は、リビングでテレビ視聴をするとのこと。
ギターを鳴らしながら、私は今日のライブのことをまた思い出していた。
身体が熱を帯びてくる。
気がつくと、23時を過ぎていた。
明日は休みとは言え、そろそろ就寝しなくては。
コンコンーー
部屋のドアがノックされ「おねーちゃん、入っても良い?」と、ドアの外から声をかけられる。
「どうぞ」
「えへへ、おじゃましまーす。あれ、おねーちゃん、まだ練習してたの?あたしが居ても大丈夫?」
私のベッドへ腰掛けた日菜が、少し眉を下げながら言う。
その顔、可愛いからやめてほしいわ……。
「……ええ。でも、そろそろ終わりにしようと思っていたところだから、大丈夫よ」
「ほんとっ?よかったー」
日菜の表情が、くしゃっとした笑顔に変わった。
ギターを片付け、私も日菜の隣へと腰を下ろす。
すると、日菜が身体をぴっとりと寄せてきた。
どくん、と心臓が高鳴る。
「ね、おねーちゃん……」
ほんのりと顔を赤らめた日菜が、瞳を潤ませながら私のほうを見て言う。
「なに?」
その先に続く言葉が容易に想像できるため、私も頬が熱くなってきた。
「あの……今日、一緒に寝ても良い?あ、でもおねーちゃんライブの後だし、疲れてるからダメだよね、ごめんね」
断られるのかと思ったのか、早口気味にそう言い、不安そうな目をする日菜。
でも、本当は甘えたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。
「ダメじゃないわ」
日菜の顔に両手を添えながら、そっと唇を近づけ、目を閉じる。
唇と唇が重なり、そして離れる。
「えへへ……。おねーちゃんからチューしてくれるの、久しぶりだから嬉しい」
照れた日菜が言う。
「そう、だったかしら?」
自分からしておきながら、なんだか気恥ずかしくなってしまい、私は日菜から目を反らしてしまう。
ころころ変わる表情、私のことを気遣ってくれる優しさ、人の気持ちを理解しようと努力し、確実に成長している姿。
その全てが、愛おしい。
「最近は私のほうがライブ続きで、あまり一緒に過ごす時間がとれなくかったものね。寂しい思いをさせてしまって、ごめんなさい」
「ううん。それは仕方ないことだから、気にしないで大丈夫だよ。それに、ギターを弾いてるカッコイイおねーちゃんが大好きだから。でも……全然寂しくないって言ったらウソになるかな」
こんどは、日菜のほうからキスをされた。
ただでさえ、ライブの高揚感で身体が熱かったというのに、加えて日菜との触れ合いで更に体温が上昇していくのを感じる。
「日菜」
「なあに?」
「今日、しても良いかしら?」
「うん。嬉しい」
お互いの意思を確認し、私達は一緒にベッドへと潜り込んだ。
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