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てのひら怪談

ジャンル: ホラー 作者: 木葉
目次

揺れる影

数年前、大学時代同級生だった西村渡の彼女、花森美奈が急に引っ越すことになった。
その両者ともに顔見知りだった巽は、その時男手が欲しいと頼み込まれ引越し作業を手伝った。
現地に赴くと、急に転居が決まった割に小物の梱包はほとんど済んでおり、巽は主に西村と共に洋服ダンス等大物家具の運び出しを手伝うことになった。低予算に抑える為知り合いの軽トラックを借りて来て、それを運転出来る西村が新居に運び出すらしい。
引越し作業中花森はずっと何かに怯えている様子で、早く済ませてしまいたいという雰囲気を全く隠さずにいた。普段は丁寧でどちらかというと几帳面な性格なのだが、その時は荷物の梱包も雑で、新聞紙からはみ出した皿の青さが印象に残っている。
早朝から作業を始めたのだが、新居で家具や荷物の運び込みと、ある程度の荷解きを終えた頃には夕刻を回っていた。
簡単な昼食をとってはいたが、流石にこの時間まで来ると空腹を覚える。三人はキリのいいところで作業を終えて、新居近くにあったファミレスで早めの夕食を食べる事になった。
「そういえばさ、なんで急に引っ越すことになったんだ?」
料理が来るまでの間に、西村は何気なくそう彼女に訊ねた。どうやら彼も理由までは聞いていなかったらしい。
花森は一瞬悩んだが、向かいの彼氏と巽の様子を見て、なにか決意した様に話し始めた。
おかしくなったと思わないでね、嘘じゃないのと前置きして。

【揺れる影】

おかしくなったと思わないでね、嘘じゃないの。本当に、ほんとうのことなの。信じて。
……ありがとう、ちょっと落ち着いた。あの部屋から大分離れたし、今ならちゃんと話せる気がする。
あの部屋ね、渡は知ってると思うけど、つい三ヶ月前に引っ越したばっかりだったんだけどね。そう、なんていうか、立地の割に凄く家賃が安かったの。
一瞬疑ったよ?事故物件なんじゃないかって。でも、近くに昔から住んでた友達に聞いてみたけど、そんな話聞いた事ないって言われて……だから安心してあの部屋に決めた。ほら、窓も大きくて日当たり良かったし二階の角部屋なのに安いって貴重じゃない?でも、もう少し考えれば良かった……今更後悔しても遅いんだけど。
引っ越した当日、私隣の人に挨拶に行ったのね。やっぱ第一印象が肝心だと思って。……隣の人?いい人だったよ。私よりちょっと歳上の女の人だった。急に訪ねて行ったのにすっごい感じ良く対応してくれたし。引っ越しはその人が原因じゃないよ。
ただ、挨拶に行った時にその人、一番始めにまた変わったのって言ったんだ。その、家賃の事もあったし、ちょっと違和感覚えたからそれとなく聞いてみたんだけど……その人、一年くらい前からあそこのアパートに住み始めて、隣に引っ越してきた人は私で四人目だって言うの。
正直、あーやっちゃったかも……ってその時点で思った。ほら事故物件ってさ、次の人が一回借りちゃえばその次の人には知らせる義務無いし、無かったことになりますって感じじゃない?
でも引っ越したばっかりで部屋変えたいですなんて言う訳にもいかないし……実際に何か出た訳でもないし、とりあえずその時は普通にしてるしか無かった。前の住人全員に何か家庭の事情があった、とかの可能性だってあるし。
そんなこともあって住み始めて暫くは怖くてちょっとした音とかにもびっくりしたりしてたんだけど、あまりに何も無かったからそのうち段々と気にならなくなった。
でもそんな矢先だったの。あれを見ちゃったのは。
その日私は深夜に目が覚めた。ちょっと寒い日だったからかもしれない。とりあえずトイレに行ってから、何か飲んでベッドに戻ろうかなって半身起こした時、ベッドの隣にある窓に何か揺れるものがあったの。
薄らとしててよく分からなかったんだけど、それは風に揺れてる木の枝の影みたいに見えた。外に木があって、車のライトとかで照らしたら窓に影が写ったりするでしょ?そういう感じ。
その時は本当に、外の木が揺れてるだけだと思ってそのまま寝ちゃった。
でも起きて気が付いたの。窓の外に高い木なんて無いって。
これだけなら引っ越しなんてしなかったんだけど、それから暫くして、また深夜に目が覚めたの。その時は何だか、瞼越しに光がチラチラしてる様な気がして、落ち着かなかったのね。
目を覚まして一番に見えたのは、カーテン越しに映ってる影だった。植物にみたいに、影がにょっきり生えてたの……人間の手の形で。
肘から先くらいのそれはふわふわ揺れてた。手を開いたり閉じたりして、まるで何かをシッシッ……って追い払ってるみたいだった。
その次には私、必死に悲鳴を殺して布団を被って震えてた。その日は普通に朝になったんだけど、カーテンを触る気にもなれなかった。
この時から引っ越すべきかって思い始めたんだけど、決定打になったのはついこの間の夜、もっと怖い事に気が付いちゃったからなんだ。カーテンに写ってるうちはまだ良かったの。あくまで比較してってかんじだけど。
引っ越しの二週間前実は模様替えしてて、窓が見えにくい壁越しにベッドを移してたの。なのに、その日も瞼越しに何かがチラチラしてる気がして目を覚ました。
ベッドから降りて、水を飲もうと思って冷蔵庫の方に行った時、うっかり窓の方を見ちゃったの。
そうしたら、やっぱりあの手はまた窓越しにヒラヒラしてた。正直それには慣れ始めてたんだけど、問題はそう、その手が何をしてるのか分かっちゃったこと。

よく見たら私の部屋の中心に、黒い影があったの。

それは蓑虫みたいに、天井から下がってた。
それで、影の手がひらって動く度、振り子みたいに揺れる。
その内その影の揺れは大きくなっていった。手が揺れる度にギシギシ揺れて、壁につきそうなくらい大きく揺れて、急に上の部分が分離して影が床に落っこちた。
丸いボールみたいな影が、私の足元にコロコロ転がって来て……その時に私、その影が何で、あの手が何をしてたのか気付いちゃった。
あの手、何かを追い払ってるんじゃなくて、押してたんだよ。ブランコに乗ってる子の背中を押すみたいに。……押されてた影は多分……
その日は結局ベッドに戻れなくて、トイレに籠って震えてた。朝になって直ぐに引っ越しの準備を始めたの。夜はしばらく近くのネットカフェに泊まった。

引っ越す前にさ、やっぱちょっと悔しくて……大家さんにも確認してみたけど……まあ、結局首吊りがあったとかは、聞き出せなかったんだけどね。

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