ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

てのひら怪談

ジャンル: ホラー 作者: 木葉
目次

丸穴

巽と同じ工場で働く粕谷さんは、大人しくて静かな女性だ。
こちらも静かな巽との共通点はほとんど無かったのだが、彼女が休み時間に読んでいた小説に興味を持った巽が話し掛けたのをきっかけに、たまに好きな作者が新刊を出したり、巽が好きそうな本があると話し掛けてきてくれるようになった。
「私……こういう穴って苦手なんだよね」
その話が始まったのは、巽が工場の壁に空いてしまった穴の確認をしている時だった。
設備点検の一環で、こういった見回りをしているのだが、少し前に誰が台車をぶつけてしまったのか、壁より少し上の方にぼこりと空いてしまった黒い穴。粕谷さんはその穴を見て、そう零した。
設備点検を終えて仕事を終えて帰路に着いた時、道すがら同じになった粕谷さんは何気なく、先程の発言の理由を話し始めた。
何だか今考えてもよく分からない不気味な話なんだけどね、と前置きしてから。

【丸穴】

何だか今考えてもよく分からない不気味な話なんだけどね、うちの学校の壁にも、穴が空いてたの。
それは理科室の隣、廊下の突き当たりの壁辺りにあって、当時小学四年生だったけどたぶん、私の身長で言うと胸あたりの位置に空いてた。
子どもって活発だから、わんぱくな男子なんかが壁に何かぶっつけて空いちゃったのかな?とか子どもながらに思ってたんだけど、今思い出してみるとあの穴、それにしてはあんまりに空き方が綺麗だった気がする。
真ん丸なの、その穴。直径で言ったらそうだな……ボウリングのボールより、ちょっと小さいかなってくらい。まるでコンパスで書いたみたいにしっかりとした円。私が存在を知ったのがたぶん、四年生に上がったばっかりの頃だったけどそれより前からあったみたいなの。
普通さ、そんな穴空いてたら子どもがなんか入れたり手を入れたりしそうだからすぐ修理するじゃない?でも何故かその穴、三学期になってもそのままだったのね。なにか意味や役割があったのか……それも結局分からず終いだったけど。
案の定その穴、子ども達にとっては恰好の遊び道具になってた。
男子が度胸試しだって指入れたり、手を入れたり。点数の悪いテストを丸めて突っ込んだり、石投入れたりして。
でも不思議なんだけど、何を入れてもいっぱいにならないの。普通に壁の内側に繋がってるんなら、ゴミを入れたら溢れてきそうじゃない?でも、そうならなかった。そのうち子ども達の間では、あの穴は異世界に繋がってるんだ!とか二組の奴が覗いたら中から何かに覗き返された!とか変な噂がたつようになった。
そこでようやく、大人達の間でも埋めてしまいましょうって話になったみたいなんだけど。そうなると直されちゃう前にって、こっそり度胸試しをする子も増えていった。
私はそういうの興味なかったし、それに、何となく分かるかもしれないけど……当時クラスで浮いてて。人付き合い苦手だから、友達もいなくてその頃からよく本ばっかり読んでた。
でもそういう人と関わらない態度が気に入らない子もいたのね。静かに本なんか読んでて、頭良さそうアピールというか、大人ぶってて生意気だって見えたみたい。そんなふうに思ってた数人の男子に、あの日私はランドセルに吊るしてた、ウサギのマスコットを盗られちゃったの。
その子、結構お気に入りで……おばあちゃんに買ってもらったんだけど、触り心地が柔らかくて大好きだった。当然私は返してって、珍しくムキになってマスコットを盗った男子を追い掛けた。でも、何を思ったのかその男子、マスコットをあの丸穴に投げ入れちゃったの。
悔しくて泣いたよ。タダでさえ、入ったものが消えるって噂の穴。しかも近々埋められちゃうって決まってる。でもどうしても諦められなくて私、教室に戻って何か使えそうなものは無いか探して、机の中に入れっぱなしの三十センチ定規を見付けてこれを突っ込んでみようって思ったの。
定規を持って丸穴の所に戻ってみた。もう放課後だったから、廊下は夕焼け色でちょっと暗くて、丸穴の周りには誰も居なかった。
正直いざ中になにか入れるってなると緊張しちゃって、暫くただそこに立ってたんだけど、そのまま居たらいじめっ子が戻って来そうだし、他にも丸穴目当てで来る子が居そうだしで仕方なく、定規の先を中に差し込んでみた。
でもそれだけじゃ、絶対底には届かない。本当は怖かったけど、腕の関節くらいまで穴に差し込んで定規を掻き回してみたの。
そしたら、手応えがあった。自分のうさちゃんかな?と思って手を引いてみようとして……定規がビクともしないことに気がついた。
それどころか、ぐいって中から強い力で引かれたの。
佐藤さんは釣りが趣味なんだっけ?なら分かるかもしれないけど、自分とは反対側にいる相手に、予測もつかないような力で引っ張れるって感じ。本当に凄い力なの。そのままだと肩まで穴の中に入っちゃいそうで、凄く怖くてパニックになって、私はそのまま定規を手放して直ぐに穴から手を引き抜いた。
廊下に尻もちをついて、痛かったけどでも慌てて丸穴から這って距離をとった。あまりに怖くて、足腰立たなくなっちゃって。その途中で後ろから聞こえたの。

チッって誰かが舌打ちするみたいな音が。

それから一度も、その穴には近付かなかった。そうしてるうちに穴は埋められたけど、今でも壁に空いた穴を見ると、あの時のこと思い出しちゃって。
思い返してみると、定規を手放した時、普通なら聞こえそうな定規が落ちる音とかも全然聞こえなかったんだ。
……異世界に繋がってるって噂、あながち間違いでもなかったのかもしれないね。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。