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てのひら怪談

ジャンル: ホラー 作者: 木葉
目次

陸橋トンネル

「土手の近くにあるトンネルだよ……そう、川の近くにある、あのトンネル。お前はあそこ、通ったことあるか?」
バイト先の先輩である新庄からそんなことを言われたのは、その彼が新しい門出を迎えるということで開かれた送別会でのことだった。
今まで陽気な態度で皆からねぎらいの言葉を受け取っていた新庄は、妙に神妙な顔でそう切り出した。
宴も終盤に差し掛かった頃だったので殆どのメンバーはすっかり出来上がっていたため、その話を聞いているのは巽だけだった。
「彼処はヤバいぞ、なるべく通るな。……出るから」
直前に話していた話題は確か、正社員として勤める次の職場への通勤距離が少し遠いから面倒だとかそんな何処にでもある話だった気がする。そこから何故、こんな話に移ってしまったのか今考えてもよく分からない。


【陸橋トンネル】


土手の近くにあるトンネルだよ……そう、川の近くにある、あのトンネル。お前はあそこ、通ったことあるか?
彼処はヤバいぞ、なるべく通るな。……出るから。何がですかってお前、出るって言ったらアレだろ?幽霊だよ。
あの陸橋トンネルさ、少し前に工事されて綺麗になったじゃん?俺その前はよく通ってたんだよ彼処。うちの店から家に帰るのに結構近道になるんだ、あそこ通ると。だから良く使ってた。
今だから蛍光灯とか付いて壁も白く塗り替えられたから綺麗な感じになったけど、前は明かりとかもなーんもなくてヤンキーが描いたスプレーの落書きとかが薄汚れたコンクリート剥き出しの壁に描かれたまんま。チューハイの缶とかも転がりまくってて汚ぇのなんの。でもさ、バイト上がりとかだるいし疲れてんじゃん。汚ぇとか不気味とかより一刻も早くうちに帰りたかったわけ。
そんなだから、毎日通ってたんだ。……それで、気が付いたのかもしれない。
トンネルの中央くらいまで来るとさ、壁にシミがあったんだ。俺の肩くらいの高さで、黒っぽい感じのやつ。
球技の自主練習とかで壁打ちした時ついたやつっていうより、汚れた雑巾を壁にグリグリ押し付けたみたいなそんなんだった。始めはそんな気にしてなかったんだけどさ、急に気になったのは、それが段々濃くなってるように思えたからなんだ。
どうにも気持ち悪くなって、次の日からその染みが付いてる方とは逆側の壁寄りに歩くようにしたんだ。でもさその染み、いつの間にか逆側の壁にも付くようになったんだ。
それに気付いた時にもうその道通らなきゃ良かったんだよな。でもさ、近いうちに改装工事も決まったって聞いてたし、まあこの染みも塗りつぶされんだろうな暫くの辛抱だとか思ってたから無理矢理気にしないようにしてずっと使い続けた。その頃には染みは数自体が大分増えてて、壁に模様が描いてあるみたいだった。でも不思議なのはさ、その染み必ず俺の肩の高さあたりなんだよ。測ったみたいに同じで、まあそれも余計不気味に思えた訳だ。まさかあんな形で理由を知る事になるとは、その時の俺は思ってもみなかったけど。
で、その日はやって来た。お前覚えてる?二年前くらいに結婚して引越しするって辞めた金子さんの送別会、あの日だよ。あの日ってさ、この店よりうちの店側にある飲み屋予約して、結構長居したじゃん?だから普段バイトから帰るより、随分遅くにあの道を通る事になったんだ。多分二時くらいだったかな、酔ってたからそんなに覚えてないんだけど。まあ、その酔いも吹っ飛ぶ様な体験をその後そこでしたわけなんだが。
所謂、草木も眠る丑三つ時ってやつだけどその日は本当に静かでさ。普段聞こえてくる車の音だとかそういうのも何も聞こえないし、人の気配も全然しない。まあ元から人通りの少ない所だったけど特にその日はしなかった。
普段だったら俺、ちょっと尻込みして遠回りしてたかもしれねぇけど、ただでさえ不気味に思ってた場所だし。でも酔っ払いって怖い物ないよな。鼻歌なんか歌いながら、俺は上機嫌でトンネルに入って行った。
で、真ん中くらいに差し掛かった時、壁際に何か立ってるのが見えたんだ。薄暗いから近寄るまではっきり見えないけど、背広着てる背の高い男だってのは分かった。壁に向き合うみたいに立ってお辞儀するみたいに身体をくの字に曲げてたから、あー吐きそうな酔っ払いかな?とか思ってそのまま横を通り過ぎようと結構近付いてから、やっと気付いた。

顔が、壁を境にして半分無い。

そいつは顔面を壁にめり込ませるみたいに顔を壁に押し付けてたんだ。そして、顔面はもう既にそいつの耳くらいまで無くなっていた。
おかしいだろ?コンクリートの壁だぞ?枕とかじゃねぇんだし、人間の顔が沈み込む訳ないだろ。ってことはつまり、こいつ顔面が削れて完全に無くなってんだ。
気付いて事実を飲み込んだ瞬間、一気に顔から血が引いて軽く目眩がした。立ったまま死んでるのかと思ったけど、そいつはゆっくり動いてた。壁に割って入ろうとするみたいに、ドリルとかミキサーみたいにぐりぐり、無い顔面をコンクリートに押し付けてる。ごりっごりって鈍い音が、トンネル内を反響してきて、無理矢理俺の耳にまで侵入してきた。
もう先に進めるわけなくて、後ずさった拍子にカランって音を立てちまった。ポイ捨てされてた缶チューハイの空き缶に、踵が当たっちまったんだ。
ヤバいと思った。だってあいつまだ、耳は削れてないんだ。案の定男がゆっくり、こっちを振り返ろうとする。赤黒い何かが見えた瞬間、俺はそいつが居る逆側の口に逃げて、全力疾走でコンビニまで逃げた。顔の断面図とか死んでも見たくなかったし、明るくなるまで道を歩けなさそうだったから。俺が酷い顔色してたからか、コンビニの深夜バイトの兄ちゃんにも心配かけちまって、特別ですよってバックルームから持って来てもらった椅子に座って暫く店内で震えてた。流石に救急車呼びましょうかってのは断ったけど。
空が白んで来た頃に、やっとコンビニから出れて、陸橋トンネルをめちゃくちゃ迂回して家に帰ったわ。でも落ち着いて来ると、ひとつの考えが頭から離れなくなって、何日か後俺は明るいうちにその陸橋トンネルに行ってみたんだ。
……俺の考えた事は当たってたよ。そう、あの黒い染みがあった。あの男が顔面擦り付けてた位の場所に。それがわかってからは一切そこには近付かなかった……昨日までは。
え?なんでわざわざ行ったんだって?だって今日でバイト終わりじゃん。だからちょっと確かめてみたくなったんだ。そろそろ怖さも麻痺してきてたから。工事終わったって噂で聞いてたし、最後にあんなん夢でしたって自分で思いたかったんだ。
まあさ、この話をお前に聞かせてるってことはその目論見は潰れたんだって察しただろうけど。……そうなんだよ、やっぱあったんだなこれが。

新しい真っ白な壁に似つかわしくない、きったねぇ雑巾で擦ったみたいな、染みがさ。
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