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むじふく! ~記憶喪失な魔王様(違う)による復讐譚(無自覚)~

ジャンル: 異世界(恋愛) 作者: 百合カップルの部屋の天井
目次

幕開け②

――――魔界【死の大地・最果ての牙城】

 魔王城。王座の間にて、戦いが繰り広げられていた。

「はぁあああああああああああッ!!」

 腹の底から響く雄叫び。振るわれるのは白銀の鋭刃。剣を握るは金髪蒼眼の美丈夫。
 人族の彼は、豪奢な装飾のなされた全身鎧を身に着け、燐光を纏う両手剣を手に魔王へと切りかかる。
 そんな彼の傍らには、獣人。軽装備姿の双剣士。背後にはローブに身を包んだエルフの魔法使いと、錫杖を手にした人族の聖女が控えていた。
 彼らは、人界最強の四人組――『天星の英雄』。

「魔王よ、貴様の命運もここまでだ!」

 聖剣を手に、森羅万象を切り開く、『剣星の勇者』。レオン・ブレイブハート。

「オラァ!! 死に晒せェ!!」

 超速の世界を駆け、鋭利なる牙を突き立てる、『獣星の勇者』。ガルム・ランペイジ。

「滅べ、滅べ、滅べ! 貴様らに燃やされた森たちの怒りを食らうがいいッ!!」

 千の呪文を操り、万の魔法を従える、『術星の勇者』。レイティシア・ユミル・ユグドラシル。

「邪悪な邪悪な魔王。聖堂教会の聖女の名のもとに、貴方を浄化します。お覚悟を」

 いかなる傷をも癒し、万難を排す、『聖星の勇者』、メーリス・オラトリオ。
 人界屈指の実力者な彼らは、自らの力を思いっきり発揮して、魔王を打倒せんと戦いを繰り広げる。
 対する魔王。黒髪金眼。ともすれば少女と見間違うような可憐な顔立ちと、漆黒の衣装に包まれた華奢な肢体。王座に腰かけて、膝を抱えそこに顔を埋めている。
 けれど、その身から迸る魔力は絶大の一言。あまりの濃度に本来不可視なはずの魔力が紫紺に染まっていた。
 放たれる威圧感、無限に等しい魔力。そのどちらもが魔王と呼ばれるにふさわしいモノだったけど、彼にはあるものが圧倒的に足りていなかった。

「……かえって、ください」

 レオンが振るう聖剣。ガルムが突き立てる双剣。レイティシアの放つ魔法。メーリスの祈りによって生まれた浄化の光。
 それらはすべて、一人でに動いた魔王の魔力によって吹き飛ばされてしまった。

「「ぐあぁ!?」」

「くっ、またか……。いったいどうなっておるのだ!」

「魔力が宿主の意識と関係なしに動くなど……ありえない」

 眉間にしわを寄せて、紫紺の魔力を揺らめかせる魔王を睨むレイティシア。メーリスも、難しい表情を浮かべている。

「うぐぅ……魔王ッ! 真面目に戦わないかッ!」

「こンの腰抜けがァ!」

 魔王の魔力に吹っ飛ばされ、床を転がっていたレオンとガルムは、戦う意思を見せない魔王に怒りをこめた言葉をぶつける。

「……かえって、ください」

 けれど、魔王は一切反応しない。まったく同じ言葉を繰り返しながら、虚ろな視線を宙にさまよわせていた。
 魔王に足りないもの。それは、闘志。目の前の敵を倒してやろうとか、この戦いに勝利してやろうといった意欲がまるで感じられない。それどころか、レオンたちのことを認識しているかどうかも怪しかった。
 どんな攻撃を叩き込んでも、どんな厳しい言葉を投げかけても、魔王は何もしない。ただ放っておいてくれと、自分に関わらないでくれと塞ぎこんで、全てを拒絶する。

「魔王! お前は何故、人界を侵略しようとした! どうして何の罪もない人々を苦しめた!」

「……かえって、ください」

「気に入らねぇなクソが! 俺たちの相手なんかしてられるかってか!? それもだが、そんな力を持ってんのに、自分の手を汚そうとしねぇところが何より気にくわねぇ!!」

「……かえって、ください」

「仮にも王を名乗るモノが、なんだその体たらくは! 貴様には誇りというモノが存在せんのか! この軟弱者め!」

「……かえって、ください」

「あなたが命じた『人界侵略』……それによって、数多の無垢な魂が穢されてしまいました。もはやあなたを救おうとは思わない。その命、世界に捧げなさい」

「……かえって、ください」

 レオンたちの言葉に責め立てられるたび、魔王は小さく縮こまる。まるで、自分をこの世から消そうとするように。或いは、迷子の幼子のように。
 そのあと、魔王を倒そうとあらゆる手段を尽くす『天星の英雄』たちと、それら全てを無駄といわんばかりに一掃する魔王の、戦いとも言えないような戦いが続いた。
 それはまさしく千日手だった。一進一退どころか、ゼロのまま動かない戦闘。
 それに痺れを切らしたのは、レオンたちだった。
 彼らは、レオンの聖剣に全員の力を集めて、魔王の防御を突破しようとする。
 剣を構えるレオンの背後に三人が立ち、その背中に手を当てて力を注ぎこんでいく。仲間の力を受け取ったレオンは全身からオーラを立ち昇らせ、それを聖剣に纏わせるようにして圧縮する。膨大な力が渦巻き、空間が軋むような甲高い音があたりに響いた。
 四身一体。その言葉を体現するかのようなレオンたち。
 そんな彼らを、魔王の視線が一瞬だけ捉えた。
 虚ろで、何を映しているのかすら分からない漆黒の瞳に、僅かな感情が宿り、仄かな光が灯る。
 けれど、それは本当に一瞬の出来事。すぐに元の虚ろな瞳に戻る。
 そして、


「「「「はぁああああああああああああああああああああああッ!!!」」」」


 レオンたちの力を全て束ねた一撃が放たれ、魔王を直撃した。
 魔力の防御は何故か発動せず、聖剣から迸る閃光に飲み込まれる。
 そして、光が晴れた後には……何も残っていなかった。

 こうして、人界の希望と魔王との戦いは、レオンたちの勝利で幕を閉じたのだった。
 
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