ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
目次

第25話

「どういう意味?」
「この大地を空に――」
 詩的な響き。
 けど、その指し示している内容に、カヤを驚愕した。
「まさか――本気なの!? それって、つまり、国境とかの境界をなくそうということでしょ!?」
「はい」
「どうやって?」
「我らの力で」
 簡潔だが、自信に満ちあふれた答え。
「無理よ」
 カヤは言下に否定した。王国にあって、流浪の民にないもの。それゆえに個々の力ではまさる流浪の民が敗れ去ったのだ。
「組織力。そうおっしゃっていました」
 スーラ族の言葉に、カヤは驚き、弾かれたように相手の顔を見た。フードをのぞき込むような格好になったが、深いフードと曇り空のためよく見えなかった。
「そして、大事なのは王族だと」
「王族ね」カヤは頷いた。的確な解答だ。本当に敗戦の理由をさぐり、そして解答に辿り着いたのだ。
 流浪の民がエーヴィヒ王国に負けた理由――エーヴィヒ王国がどんどん国力を増強させた理由。
「つまり、流浪の民になくて王国にあるもの、それは『王』ということね?」
「はい」
「言いたいことはよくわかるわ。私も、以前の戦いの敗因は、仲間同士の小競り合いや足の引っ張り合いに問題があったと思うし」
 その上、言葉が一部の部族とは通じなかったり、習慣の違いからつまらない諍いが戦場だろうが作戦会議の席上だろうが起きたらしい。そんなことで王国の軍隊は揉めたりしない。王国の言語は一つで、習慣も一つだ。――それが良いか悪いかは別だが、人を非人間的に扱う戦争のなかで、王国のシステムはとても理に適っていた。
「百の力――けど、一が百個の流浪の民。対して、七十の力――けど、七十が一個で――場合によっては二つにも三つにも変幻自在に分けられる王国。…………まして流浪の民の百の力は、互いにつぶし合って消滅することさえあった」
 カヤの独白にスーラ族は頷く。
「でもいったい、誰を『王』にするっていうの? ――まさか」
 カヤは気づいた。スーラ族の族長ヌイの感極まった口調。
「お母さん……クララなの?」
 頷くスーラ族。
「けど、母は死んだわ」
「娘がいます」
「娘……――って、私!?」
「そうです。……けれど、他にも候補はいらっしゃいます。ヌイ様はご自分がその大役をお務めになるおつもりです。ヌイ様はクララ様の弟子の一人です。また、ヴァール様も同じお気持ちでしょう。彼も弟子でした」
「ヴァール。ヌイ。……彼らが王様候補なの?」
「はい。そして、あなたです。カヤ様」
「私はエーヴィヒの王族にはなりましたが、『王』になるつもりはありません」
「では、ヌイ様かヴァール様が王になられるでしょう。そして王である証を示す王冠のように、クララ様の血を引くあなた様は、次代の王になられるお方のものになる――つまり、娶られることになるでしょう」
「本気で言っているの? そんなこと……だって、エーヴィヒ王国の王族は私以外にも……」
 そこまで言って、カヤは駈け出した!
 自分のうかつさが呪われてならなかった。
 アンネローゼを一人にするべきじゃなかった。ヒルデを、シャルロットを、一人にするべきじゃなかった!
 この計画には邪魔な人間がいる。
 それはエーヴィヒ王国の王妃と王女たちだ。

 カヤは急いだ。
 アンネローゼたちが向かったとすれば王城――自分達の家だ。それしかない。
 そして、もう姿の見えないヌイたちスーラ族もおそらく王城に向かったはずだ。もしかしたらヴァールたちもいるかもしれない。
 さきほどのスーラ族の話が真実だとするなら……。
 門という門はすべて開放されていた。頑強な城壁などにはさすがにほとんど傷はない。しかし、中はひどい有様だった。
 特に王族の彫像と肖像は徹底的に破壊し尽くされていた。彫像は粉々。拳よりももっと小さく砕かれている。肖像は額しか残っていない。燃やされ、破られていた。
 この様子では、アンネローゼたちは無事ではないかもしれない。それに王妃の生存は絶望的だった。
 空のような広く澄んだ心をもつクララと暮らしていたからこそ、カヤはそれほど王族を憎んではいない。そんなカヤでさえ、まったく憎んでいないといえば、嘘になる。それほど深い憎悪が流浪の民にはある。
 カヤは自分が憎悪を甘く見ていたことを悟った。
 急ぎ玉座の間に駆けた。辿り着くまでにいくつもの部族に出会ったが、何も咎め立てされない。かえって不気味なほどだ。
 小娘のスーラ族が一人で走っている。
 不審に思うのが当然なのに、カヤに声をかける者もいない。
 玉座の間にいたのは、ピエロの格好をしたヴァールとスーラ族のヌイ。
 スーラ族のヌイの筒袖が赤く染まっていた。
 けれど、ヴァールは傷を負っていない。
 誰に負わされた傷か。
 カヤは二人を睨んだ。
「ヌイさん。他のスーラの方々は?」
「小用で外しております。ま、すぐに終わるでしょうが」
「その血は?」
「王国の兵士が隠れていましてね。突然襲われたのです」
「私の姉妹たちがいるはずです。どこです!」
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。